スキームは環を貼り合わせただけ!定義から代表例まで
スキームは、可換環 1 つから作った空間を貼り合わせたものです。
材料は環、貼り合わせ方は位相空間と同じ。それだけで、方程式の解の集合よりずっと広い対象が扱えるようになります。
以下ではまず環 1 つから空間を作り、点とは何かを決めます。そのあと貼り合わせの定義を書き、代表的な例を 8 つ並べる。
環 1 つから空間を作る
可換環 に対して、素イデアルの全体を と書きます。これが台となる集合です。
イデアル に対して、 を含む素イデアルの全体 を閉集合と定めます。この族が位相の公理をみたすことは、次の 2 つから出ます。
これをザリスキ位相といいます。開基は で、 が消えない場所です。
構造層は局所化で定めます。 とし、点 での茎は になります[5]。
大域切断はもとの環に戻ります。 です。
なぜ素イデアルを点と呼ぶのか
古典的な代数幾何では、点は座標の組でした。素イデアルを点と呼ぶ理由を確かめます。
を代数閉体、 とします。ヒルベルトの零点定理から、極大イデアルは の形に限られます。
つまり極大イデアルと の点が 1 対 1 に対応する。古典的な点は、極大イデアルとして全部入っています。
素イデアルのうち極大でないものは、既約な部分多様体に対応します。 なら放物線そのものです。
点が増えたのではなく、部分多様体まで点として数え直したことになります。
例: 直線の上の点を並べる
を具体的に描きましょう。 は代数閉体とします。
素イデアルは と です。後者が古典的な点、前者が余分に増えた点になります。

を生成点といいます。閉包が空間の全体になる点です。
閉包が全体になるのは、 を含む素イデアルがすべてだからです。図では 1 か所に置けないので、帯として描いてあります。
閉点は たちで、こちらは閉包が自分自身です。 になります。
定義: スキーム
材料がそろったので定義を書きます。
局所環付き空間 がスキームであるとは、どの点にもアフィンスキームと同型な開近傍があることをいいます[1]。
射はそのまま局所環付き空間の射です。茎で局所準同型になることまで込みで要求します[3]。
多様体の定義と形がそっくりです。局所的にユークリッド空間、の代わりに局所的にアフィンスキーム、と置き換えただけになっています。
例: アフィン空間と算術の直線
いちばん基本的な例を 2 つ挙げます。
です。代数閉体の上では、閉点が の点に対応します。生成点や、より低次元の部分多様体に対応する点も入っています。
の点は と各素数の です。 が閉点、 が生成点になります。 と同じ形をしていて、算術の直線と呼ばれます。
2 つが同じ形をしているところに、数論と幾何をつなぐ発想があります。素数を点として扱う、という読み替えです。
はスキームの圏の終対象です。どんな環にも から準同型がただ 1 つあるので、射がちょうど 1 本しか作れません[4]。
例: 射影直線を貼り合わせる
アフィンでない例を作ります。2 枚のアフィン直線を貼り合わせましょう。
、 とし、 と の部分を で同一視します。
貼り合わせてできる空間が射影直線 です。 に入らない点がちょうど 1 つあり、それが無限遠点になります。
上端の 1 点だけが から外れます。そこが無限遠点で、 の座標では にあたる。
下端の 1 点は から外れます。 の座標では の点です。
2 枚で覆えていて、重なりの上では でつながっている。これが貼り合わせの中身です。
はアフィンではありません[5]。大域切断が しかないので、もしアフィンなら 1 点になってしまうためです。
例: 平面から原点を抜く
アフィンでない例をもう 1 つ作ります。 を考えましょう。
は と という 2 枚のアフィン開集合で覆えます。だからスキームです。
ところが 自身はアフィンではありません[5]。大域切断を計算すると になるためです。
の上の正則関数は と の共通部分で、分母をもてません。原点だけを抜いても関数は増えない。
アフィンなら となるはずですが、点の個数が違うので同型になりません。
例: 冪零元をもつスキーム
方程式の解の集合では捉えられない例です。 を考えます。
素イデアルは ただ 1 つです。台は 1 点で、 と同相になります。
構造層は違います。大域切断が で 次元、 の 次元より大きい。
は でないのに 乗すると になります。「厚みをもった点」と読まれ、接ベクトルの情報を運ぶ対象になります[2]。
古典的な代数幾何では、 と の解集合は同じでした。スキームでは 2 つを区別できます。
例: 2 直線と、2 点だけの空間
さらに 2 つ挙げます。
は 軸と 軸の和です。既約でないので、極小素イデアルが と の 2 つあります。原点は両方の成分に乗っていて、そこで局所環が整域でなくなります。
を離散付値環とすると は 2 点です。極大イデアルに対応する閉点と、 に対応する生成点からなります。曲線の 1 点とその近傍を、最小限まで削った形になっています。
どちらも点の個数が有限です。ザリスキ位相はとても粗いので、こういう小さな空間がふつうに出てきます。
開集合が少ないことの帰結
ザリスキ位相の開集合は、閉集合の補集合として作られます。 なら、閉集合は有限集合か全体だけです。
したがって空でない開集合は、有限個の点を抜いたものになります。どの 2 つも必ず交わる。
ハウスドルフではありません。分離公理は別の形で立て直され、分離射という相対的な概念になります。
連結性の判定は逆に楽になります。 が連結でないことと、 が でない 2 つの環の直積になることが同値です。
開部分スキームと閉部分スキーム
部分を切り出す方法が 2 通りあります。開いているほうは簡単です。
の開集合 に構造層を制限すると、それだけでスキームになります。 で なら です。
閉じているほうにはイデアルが要ります。イデアル をとると が閉部分スキームで、台は です。
台だけでは決まりません。 と は台がどちらも同じ直線ですが、閉部分スキームとしては別物です。
閉集合には根基イデアルが対応し、閉部分スキームにはイデアルそのものが対応する。この差が冪零元の情報になります。
例: 被約化
冪零元を捨てる操作もあります。 の冪零元全体は根基 というイデアルをなします。
とすると、 は と同相です。素イデアルは冪零元をすべて含むためです。
なら なので、被約化は になります。厚みをもった点が、ふつうの点に戻る。
台が同じで構造層だけが違う 2 つのうち、いちばん細いほうを選ぶ操作にあたります。古典的な代数幾何は、はじめから被約なものだけを見ていました。
点は環ごとに数える
スキームの点には、もう 1 つの数え方があります。行き先ではなく、出発点を変えて数える方法です。
環 に対して、 値点の集合を次で定めます。
がアフィンなら、この集合は環準同型の全体です[4]。方程式の解と直接つながります。
で試しましょう。 は をみたす の元の組の全体になります。
なら単位円、 なら有理点、 なら有限体の解。同じスキームから、係数環ごとに違う解集合が読めます。
方程式を 1 つ書いておけば、どの環で解くかはあとから選べる。これがスキームで解を扱うときの強みです。
例: 算術的な曲面
は 次元で、算術的な曲面と呼ばれます。
閉点は の形です。 が素数、 が 上既約な多項式の持ち上げになります。剰余体は有限体です。
高さ の素イデアルは 2 種類あります。 という縦の線と、 上既約な多項式が生成する横の曲線です。
が生成点で、鎖は のように 2 段まで伸びます。だから次元が になる。
素数の方向と変数の方向が、対等な 2 本の軸として並びます。数論の問題を曲面の幾何として扱う土台になっています。
用語が生まれるまで
理論が固まるまでの流れを並べておきます[2]。
シュヴァレー・セミナーで scheme という語が初めて使われた。ザリスキの考えを引き継ぐ文脈だった。
グロタンディークの Éléments de géométrie algébrique によって、理論が現在の形にまとまった。
続く Séminaire de géométrie algébrique の記録で、理論がさらに広げられた。
セールが層の言葉を代数幾何へ持ち込んだ仕事が、直前の段階にあたります。スペクトルを土台にする案もその流れで出てきました[2]。
環の理論をそのまま幾何として扱える。この言い換えが、スキーム論のいちばんの見返りです。
練習
について正しいものはどれですか。
- 素イデアルが 2 つあるので、点は 2 つである
- 台は 1 点だが、大域切断は 次元である
- とスキームとして同型である
- 既約でないので、成分が 2 つに分かれる
台と構造層を分けて考える癖がつくと、この種の問いで迷わなくなります。
よくある誤り
最後に並べます。
環から空間を作る手順を 1 度自分で書き下すと、どれも当たり前に見えてきます。










x は冪零なので、x を含む素イデアルしかありません。台は 1 点です。大域切断は k[x]/(x2) で 1 と x が基底になるので 2 次元あり、Speck とは同型になりません。台が同じでも構造層が違う、という例です。