アフィンスキームの基礎|Spec の構成から構造層・環準同型との対応までわかりやすく解説
可換環 の素イデアル全体に位相を入れ、その上に環の層を載せた組をアフィンスキームと呼びます。記号では と書きます。
古典的な代数幾何は、多項式の零点集合を空間と見ていました。スキーム論はこの向きを逆にして、環そのものを出発点に置きます。
環から空間を作るという発想のおかげで、体上の多項式環に限らず のような環からも幾何が立ち上がります。以下では の構成から始め、位相の性質、具体例、構造層、環準同型との対応を順に追います。
素イデアルを点とする
は の素イデアル全体の集合です。ここで極大イデアルではなく素イデアルを選ぶところに、スキーム論の要点があります。
理由は関手性にあります。環準同型 と の素イデアル に対して、逆像 はふたたび素イデアルになるからです。
一方、極大イデアルの逆像は極大とは限りません。包含 を考えると、 の極大イデアル の逆像は の であり、これは極大ではありません。
剰余環が体になるイデアル。素イデアルより強い条件で、環準同型による引き戻しでは保たれない。
素イデアルなら引き戻しが素イデアルに戻るので、環の射がそのまま空間の写像を与えます。極大イデアルだけを点にすると、この対応が壊れてしまうのです。
なお が零環のときは素イデアルが存在せず、 は空集合になります。逆に であれば極大イデアルが少なくとも 1 つ存在するので、空になることはありません。
Zariski 位相
のイデアル に対して、 を含む素イデアル全体を次のように定めます。
この形の部分集合を閉集合と宣言したものが Zariski 位相です。開集合を先に決めるのではなく、閉集合の族を与えて位相を定義する形になっています。
閉集合の族が位相の公理を満たすことは、次の 3 つの等式からわかります。
全体と空集合が閉であること、有限和で閉じること、任意個の共通部分で閉じることがこれでそろいます。3 番目の等式は添字集合が無限でも成り立ちます。
有限和で閉じることの証明
3 つの等式のうち、素イデアルであることを本質的に使うのは 2 番目です。ここだけ確かめておきます。
より が成り立ち、 についても同様なので、左辺は右辺に含まれます。
逆を示します。 かつ とすると、 かつ を満たす元 がとれます。
任意の に対して です。 は素で なので となり、 が従います。
ならば または 、という条件を使うのはこの箇所だけです。素イデアルの定義が位相の公理に直結している、と言い換えてもよいでしょう。
基本開集合
に対して、 を含まない素イデアル全体を と書き、基本開集合と呼びます。
任意の開集合は の形をしており、これは に一致します。したがって たちは開集合の基底をなします。
基本開集合どうしの共通部分もまた基本開集合になります。 が素であることから、 と「 かつ 」が同値になり、 が得られます。
が空になるのは がすべての素イデアルに入るときです。素イデアルの共通部分は冪零根基なので、これは が冪零元であることと同値になります。
反対に が全体になるのは、 がどの極大イデアルにも入らないとき、すなわち が単元のときです。
準コンパクト性
はつねに準コンパクトです。どんな開被覆からも有限部分被覆がとれます。
基底で考えれば十分なので、 としましょう。両辺の補集合をとると になります。
はどの素イデアルにも含まれない
と有限個で書ける
単位元 を表すのに使う項が有限個であることが、そのまま有限部分被覆を与えます。環の単位元がひとつしかないという当たり前の事実が、位相的な性質へ翻訳されるわけです。
ハウスドルフではないので、この性質は「コンパクト」ではなく「準コンパクト」と呼び分けます。
体のスペクトル
体 の素イデアルは だけです。したがって は 1 点からなる空間になります。
この 1 点における剰余体は 自身です。空間としては最小ですが、どの体から来たかという情報は構造層のほうが覚えています。
と は、位相空間としてはまったく区別できません。両者を分けるのは環のデータであり、この点がスキームと素朴な点集合との違いを端的に示しています。
整数環のスペクトル
の素イデアルは と、素数 による です。前者は 1 個、後者は素数の個数だけあります。
は極大イデアルなので閉点になります。剰余体は で、位数 の有限体です。
は極大ではないため閉点ではありません。 を含む閉集合は だけなので、 の閉包は空間全体になります。
このような点を一般点と呼びます。1 点でありながら空間全体に広がっているように振る舞う点で、古典的な図形の感覚にはないものです。

図では閉点を粒として並べ、一般点は全体を覆う帯として描いています。 は素数が並ぶ 1 次元の対象であり、曲線に似た構造を持ちます。
直線のスペクトル
を代数閉体とし、1 変数多項式環 を考えます。 は単項イデアル整域なので、素イデアルは と既約多項式が生成するイデアルに限られます。
代数閉体の上では既約多項式は 1 次式だけです。よって素イデアルは と ()になります。
閉点 が の元と 1 対 1 に対応し、そこへ一般点 が 1 つ加わった形です。この空間をアフィン直線 と呼びます。
古典的なアフィン直線は そのものでした。スキームとしての直線には、そこに「曲線全体を代表する点」が付け加わっています。
実数体上の直線
代数閉でない体では様子が変わります。 の既約多項式には、1 次式のほかに判別式が負の 2 次式があるからです。
素イデアルは 、()、そして ()の 3 種類になります。それぞれの点で剰余体を計算すると、次のように分かれます。
つまり互いに共役な 2 つの複素数が、 ではひとつの点にまとまります。 に対応する点は、 の組をひとまとめにしたものです。
剰余体が点ごとに違うという状況は、古典的な多様体では起こりませんでした。点が持つ情報を空間の側に組み込んでしまう、というのがスキームの見方です。
平面のスペクトル
2 変数多項式環 ( は代数閉体)では、素イデアルが 3 つの層に分かれます。
極大イデアル は平面の点に対応する閉点です。既約多項式 が生成する は既約曲線に対応し、 は平面全体を代表する一般点になります。
包含関係 は、対応する図形の大小と逆向きに並びます。素イデアルが小さいほど、それが代表する図形は大きくなるのです。

矢印は特殊化と呼ばれる関係を表します。 のとき は の特殊化であり、 は の閉包に含まれます。
曲線 上の閉点をすべて集めても、 という一般点は得られません。曲線を代表する点は閉点とは別に用意されている、と考えるほうが正確です。
二重点
の素イデアルは ただ 1 つです。 は冪零なので、どの素イデアルにも含まれるからです。
したがって は 1 点からなり、位相空間としては と同じものになります。
しかし環のほうは違います。 は 上 2 次元のベクトル空間であり、 でない冪零元 を持っています。
台となる位相空間は 1 点。大域切断は で、冪零元を持たない
台となる位相空間はやはり 1 点。大域切断は で、 を満たす が残る
この差は接ベクトルの情報にあたります。 からの射は点だけでなく、その点における接方向まで指定するものになるのです。
位相空間だけを見ると失われてしまう情報が、構造層には残っています。アフィンスキームが空間と層の組として定義される理由がここにあります。
点の閉包と一般点
一般に、素イデアル の閉包は に等しくなります。
を含む閉集合 は を満たします。そのような のうち最大のものが 自身なので、 を含む最小の閉集合は になります。
この式から、 が閉点であることと が極大イデアルであることが同値だとわかります。 は、 を真に含む素イデアルがないことと同じだからです。
既約閉集合 に対して、 となる点 を の一般点と呼びます。 のとき が唯一の一般点になります。
既約性と素イデアル
閉集合 が既約であることと、 が素イデアルであることは同値です。
この対応により、 の既約閉集合全体と の素イデアル全体が 1 対 1 に対応します。図形の言葉と環の言葉が、ここで完全に翻訳されるわけです。
とくに 自身が既約になるのは、冪零根基 が素イデアルのときです。 が整域であれば なので、この条件は満たされます。
において、閉点でない点はどれですか。
閉点だけを集めた部分空間をとると、古典的な点の集合が戻ってきます。ただしその操作では一般点が落ちるので、既約成分を扱う道具を手放すことになります。
分離公理
は 空間です。相異なる素イデアル は閉包が異なるので、一方だけを含む開集合が必ずとれます。
一方で とは限りません。 であることは、すべての点が閉であること、すなわちすべての素イデアルが極大であることと同値になります。
は が閉でないので ではありません。ハウスドルフ性を期待する場面ではないという点を、はじめに押さえておくと混乱が減ります。
代わりに成り立つのが sober 性です。すべての既約閉集合がただ 1 つの一般点を持つという性質で、前節の対応がそれを保証しています。
層とは何か
位相空間 上の前層 とは、開集合 ごとに環 を与え、包含 ごとに制限写像 を与えるものです。制限写像は と を満たします。
前層が層であるとは、開被覆に関する次の 2 つの条件を満たすことをいいます。
開集合 の開被覆 と について、すべての で ならば である。切断は局所的な情報だけで決まる、という条件。
各 上の切断 が交わり の上でつねに一致するならば、すべての で を満たす が存在する。局所的な切断は貼り合わせられる、という条件。
2 つを合わせると「存在して一意」になります。局所性が一意性を、貼り合わせが存在を担当しており、片方だけでは層になりません。
貼り合わせが成り立たない前層の例としては、定数関数の前層があります。連結でない開集合の上で値の違う定数を貼ろうとすると、定数関数の枠からはみ出してしまうためです。
構造層の定義
上の構造層 は、まず基本開集合の上での値を局所化で定めます。
は の冪を分母に許した環です。 の上では がどの素イデアルにも入らないので、そこでは で割ってよい、という直観になります。
一般の開集合 に対する値は、 を基本開集合で覆って貼り合わせることで決まります。基底の上で層の条件を満たしていれば、全体の層がただ 1 つ定まるからです。
とすれば かつ なので、大域切断は そのものになります。環から空間を作り、その空間から環が完全に復元されるわけです。
定義がずれないこと
であっても と は別の元です。それでも と が同一視できることを確かめておきます。
は と同値で、これは と言い換えられます。すなわち を満たす自然数 と元 が存在します。
このとき の中で は単元になります。 が単元であり、 が成り立つからです。
局所化の普遍性から、環準同型 がただ 1 つ定まります。 なら両向きの射がとれ、一意性から互いに逆になるので が得られます。
制限写像もこの構成から自動的に決まります。 に対して定まる が、そのまま層の制限写像になるからです。
茎は局所環
点 における茎 は、 を含む開集合上の切断の帰納極限として定義されます。
基本開集合だけで極限をとれば十分なので、 を満たす にわたる の極限と同じものになります。
これは による局所化 に一致します。 は極大イデアル をただ 1 つ持つ局所環です。
すべての茎が局所環になるという性質は偶然ではありません。射を定義するときの鍵になる性質で、「局所環付き空間」という名前もここから来ています。
局所環付き空間
位相空間 と 上の環の層 の組を環付き空間と呼びます。さらにすべての茎 が局所環であるとき、局所環付き空間といいます。
射 は、連続写像 と層の射 の組として定義されます。
局所環付き空間の射では、さらに が誘導する茎の写像 が局所準同型であることを要求します。極大イデアルが極大イデアルの中へ送られる、という条件です。
この追加条件は飾りではありません。次に見るように、これがないと環準同型との対応が崩れてしまいます。
環準同型との対応
環準同型 は、写像 を で与えます。
これは連続です。イデアル に対して が成り立ち、閉集合の逆像が閉集合になるからです。
逆向きも成り立ちます。局所環付き空間の射 は、必ずある環準同型 から来ます。
正確には、環準同型の集合 と局所環付き空間の射の集合 が自然に 1 対 1 対応します。可換環の圏とアフィンスキームの圏が、向きを逆にして同値になるということです。
「局所」という条件を落とすと、この対応は成り立ちません。離散付値環 とその商体 に対して、 の唯一の点を の閉点へ送る環付き空間の射が作れますが、これは から来る射とは別物です。
商環と閉埋め込み
全射 が与える写像は、 から への単射になります。像はちょうど です。
の素イデアルが を含む の素イデアルと 1 対 1 に対応するからです。位相も一致するので、 は に同相になります。
これを閉埋め込みと呼びます。環の側で剰余をとる操作が、空間の側では閉部分集合を切り出す操作にあたるわけです。
と は同じ閉集合を与えますが、 と はスキームとしては別物です。前者は冪零元を持ちうるからで、この差がのちに重複度の情報になります。
局所化と開埋め込み
局所化 が与える写像 は、像 への同相になります。
の素イデアルは、 を含まない の素イデアルと対応します。分母に を許すと が単元になり、 を含む素イデアルは残れないからです。
構造層も対応します。 に制限した は の構造層と一致するので、 自身がひとつのアフィンスキームになります。
基本開集合がふたたびアフィンスキームになるという事実は重要です。アフィンスキームを貼り合わせて一般のスキームを作るとき、この性質が土台になります。
古典的な代数多様体との対応
を代数閉体とし、 とします。Hilbert の零点定理により、 の極大イデアルは零点集合の点と 1 対 1 に対応します。
つまり古典的な代数多様体は、 の閉点全体としてとり出せます。スキームはそこへ、既約部分多様体を代表する一般点を付け加えたものです。
体 上の多様体を の部分集合として扱う。点は極大イデアルだけで、係数体は代数閉体に限られる
任意の可換環から空間を作り、素イデアルすべてを点とする。代数閉でない体も のような環も、同じ枠組みで扱える
零点定理はまた を与えます。閉点だけを見ていると と の区別がつかず、冪零元の情報が落ちてしまいます。
スキームの枠組みでは環をそのまま持ち歩くので、この情報が保存されます。何が得られたのかは、次の交点の例が最もはっきり示してくれます。
冪零元が見える例
放物線 と直線 の交わりを考えます。連立させると となり、原点で接していることがわかります。
スキームとしての交わりは、対応する 2 つのイデアルの和で剰余をとることで定義されます。
右辺は前に見た二重点です。位相空間としては原点 1 点ですが、環が なので 上の次元は 2 になります。
この次元 2 が交点の重複度にあたります。接している状況を「2 点が重なったもの」として数え上げられる、というのがスキームの利点です。
直線を にずらすと になります。標数が 2 でない代数閉体なら、 のとき相異なる 2 点に分かれ、 で 2 点が衝突する様子が環の言葉で追えます。
整数環の幾何
は可換環の圏の始対象です。したがって はスキームの圏の終対象になります。
どんなスキームも の上にある、という言い方ができます。体上の幾何は、その上でさらに を経由する場合にあたります。
は Krull 次元 1 の対象であり、有限体上の曲線とよく似た振る舞いを見せます。この類似が数論幾何の出発点になりました。
代数体 の整数環 についても同様です。素イデアルの分解が被覆の分岐に対応し、整数論の問題を幾何の言葉で扱えるようになります。
スキームが生まれるまで
環を先に置いて空間を作るという発想は、Grothendieck が突然持ち込んだものではありません。19 世紀末からの流れがあります。
代数曲線を関数体という環論的な対象から構成し、曲線の点をイデアルとして扱う手法を示した。
層とそのコホモロジーを代数幾何に持ち込み、解析的な手法を代数的に書き直す道を開いた。
任意の可換環に対して を定義し、スキームを幾何学の基本対象として据えた。
Serre の論文は Faisceaux algébriques cohérents として知られ、層の技法を代数幾何に定着させました。その 5 年後に Éléments de géométrie algébrique がスキームの体系を与えます。
現在の標準的な参照先としては、Stacks Project が全文を公開しています。定義の細部を確認したいときに便利です。
スキームへの拡張
一般のスキームは、局所的にアフィンスキームと同型な局所環付き空間として定義されます。多様体を座標近傍で覆うのと同じ発想です。
もっとも簡単な例が射影直線 になります。 と の 2 枚を、 という対応で貼り合わせて作ります。
貼り合わせる領域は と で、どちらも に同型です。局所化がふたたびアフィンスキームになるという性質が、ここで効いています。
自身はアフィンスキームではありません。大域切断が だけになるので、 をとると 1 点に潰れてしまい、元の空間に戻らないからです。
アフィンスキームは、こうした貼り合わせの部品として働きます。 の構成を押さえておけば、あとは局所的な情報をどう繋ぐかという問題に還元されます。










(0) は極大イデアルではないため閉点になりません。閉包は Spec(Z) 全体で、これが一般点です。残りの 3 つは素数が生成する極大イデアルなので、いずれも閉点になります。