エルミート行列(Hermitian matrix)は、複素数を成分とする正方行列のうち、自分自身の共役転置に等しい行列です。つまり、行列 がエルミート行列であるとは、 が成り立つことを意味します。ここで は の共役転置(エルミート共役)を表します。
実数のみを成分とする行列の場合、エルミート行列は対称行列と一致します。エルミート行列は量子力学において観測可能な物理量を表す演算子として登場し、固有値が必ず実数になるという重要な性質を持ちます。
エルミート行列の定義
行列 の 成分を とすると、エルミート行列の条件は次のように書けます。
ここで は の複素共役を表します。つまり、対角成分に関して対称な位置にある成分同士が複素共役の関係にあります。
対角成分については が成り立つ必要があるため、対角成分は必ず実数です。
import numpy as np # エルミート行列の例 A = np.array([[2, 1+2j], [1-2j, 3]]) # 共役転置を計算 A_dagger = np.conj(A.T) # エルミート行列かどうか確認 is_hermitian = np.allclose(A, A_dagger) print(f"エルミート行列: {is_hermitian}")
エルミート行列の性質
固有値が実数であることは、量子力学において観測量が実数値を取ることの数学的根拠となっています。また、エルミート行列は常にユニタリ行列 を用いて対角化でき、( は対角行列)と書けます。
量子力学で頻繁に現れるパウリ行列 , , はすべてエルミート行列です。これらはスピン演算子を表現する際に用いられます。
量子状態を表す密度行列 もエルミート行列であり、さらにトレースが 1 で半正定値という条件を満たします。
実対称行列との関係
実数のみを成分とする行列においては、エルミート行列の条件 は対称行列の条件 と同じになります。したがって、実対称行列はエルミート行列の特殊な場合と見なせます。
成分がすべて実数で、 を満たす。スペクトル定理により直交行列で対角化可能。
成分が複素数で、 を満たす。スペクトル定理によりユニタリ行列で対角化可能。実対称行列を含むより一般的な概念。
実対称行列では直交行列による対角化が可能ですが、エルミート行列ではより一般的なユニタリ行列による対角化が保証されます。
エルミート行列の固有値がすべて実数であることの証明
をエルミート行列とし、 を の固有値、 を対応する固有ベクトルとします。つまり
が成り立ちます。
両辺に左から ( の共役転置)をかけると
ここで は正の実数です( なので)。
次に、左辺の共役を取ります。 より
一方、右辺の共役は
したがって
で割ると
これは が実数であることを意味します。
補足
複素行列 の共役転置 は、 の転置を取ってから各成分の複素共役を取った行列です。実数行列の場合、共役転置は単なる転置と一致します。
エルミート行列の固有ベクトルは互いに直交します。また、エルミート行列は必ず対角化可能です。
この証明から、実対称行列(実数のエルミート行列)の固有値もすべて実数であることが直ちにわかります。