2 つの系を合わせて、1 つの系として見ます。左の系の状態数を W_1、右の系の状態数を W_2 とします。左がどの状態にあっても、右はどの状態でもとれるので、全体の状態数は積の法則により W = W_1 W_2 です。
図の上に、左の系の W_1 = 3 個の状態と、右の系の W_2 = 4 個の状態を四角で並べています。下の格子は、その組み合わせ 12 通りをすべて並べたもので、行が左の系の状態、列が右の系の状態にあたります。色の付いた四角が、いま選んでいる組み合わせです。
いっぽう、熱力学にはエントロピーと呼ばれる量があります。温度 T の系に、温度がほとんど変わらないように少しずつ熱 Q を加えると、エントロピーは \dfrac{Q}{T} だけ増えます。また、外と何もやりとりしない孤立系では、エントロピーは減ることがありません。これを熱力学第二法則といいます。
エントロピーは、2 つの系を合わせると足し算になる量です。体積や物質量と同じで、同じ系を 2 つ合わせれば 2 倍になります。状態数 W は掛け算で、エントロピーは足し算と、合わせるときの計算が違うので、W をそのままエントロピーとすることはできません。掛け算を足し算に直す工夫が必要です。
掛け算を足し算に直すには、対数を使います。高校で習ったように \log (ab) = \log a + \log b なので、\log W = \log W_1 + \log W_2 となり、足し算になります。連続な関数で、掛け算を足し算に直すものは、対数とその定数倍しかありません。
図では、左の系の状態数を 400、右の系の状態数を 60 として、それぞれの対数を棒の高さで表しています。左の 2 本が \log W_1 と \log W_2 で、右の 1 本はその 2 本を積み重ねたものです。積み重ねた高さは、全体の状態数 400 \times 60 = 24000 の対数 \log W とちょうど同じです。
状態数そのものを足しても 400 + 60 = 460 にしかならず、24000 にはなりません。前の章では、W が大きすぎるので対数を使いました。ここでは、対数を取ったものがエントロピーと同じように足し算になる、というもう 1 つの理由が加わります。
そこで、エントロピー S を S = k \log W と決めます。これをボルツマンの関係式といいます。k はボルツマン定数と呼ばれる定数で、その意味は次の場面で説明します。
この式は、何かから導いたものではなく、エントロピーの定義です。足し算になる量がほしいことは前の場面でわかりましたが、そこから先は「エントロピーをこう決める」と約束しているだけです。それでも、この定義から、温度、圧力、自由エネルギーなど、熱力学で実験をもとに知られてきた関係がすべて導けます。
図は、ここまでの話を 1 行ずつ式で並べたものです。W = W_1 W_2 の対数を取って足し算に直し、両辺に k を掛けて S と呼ぶと、最後の行の S = S_1 + S_2 が得られます。ここで S_1 = k \log W_1、S_2 = k \log W_2 は、それぞれの系のエントロピーです。これが、初めにほしかった足し算の形です。
\log W はただの数で、単位を持ちません。いっぽう、熱力学のエントロピーの単位は、熱(ジュール)を温度(ケルビン)で割った \mathrm{J/K} です。ボルツマン定数 k \simeq 1.38 \times 10^{-23} \, \mathrm{J/K} は、この 2 つの単位をそろえるための定数です。
図の左の物差しが \log W、右の物差しが S です。左の 1 は単位がないことを、右の \mathrm{J/K} はエントロピーの単位を表しています。上下に動く点は左右で同じところを指していて、左の値に k を掛けると右の値になります。
このような定数が必要なのは、温度の単位を、統計力学より先に人が決めていたからです。温度の目盛は、水が凍る温度と沸く温度のあいだを 100 等分して決められました。もし温度をエネルギーの単位で測ることにすれば k = 1 となり、この定数はいらなくなります。
ボルツマン定数 k と温度 T を掛けた kT は、エネルギーの単位を持ちます。kT は、このあとの記事に何度も出てきます。
箱の左半分に気体を閉じこめておき、真ん中の仕切りを外します。気体は箱全体に広がり、自然に左半分へ戻ることはありません。このように、一方向にしか起こらない変化を不可逆変化といいます。
状態数がどれだけ変わるかを数えてみます。粒子 1 個が動ける場所が 2 倍になるので、粒子 1 個がとれる状態の数も 2 倍になります。粒子が N 個なら、状態数は 2^N 倍です。したがって \log W は \log 2^N = N \log 2 だけ増え、エントロピーは Nk \log 2 だけ増えます。
1 モルの気体なら、Nk は気体定数 R に物質量 1 モルを掛けたもの、つまり約 8.3 \, \mathrm{J/K} です。\log 2 \simeq 0.69 なので、エントロピーは約 5.8 \, \mathrm{J/K} 増えます。
図では、はじめに仕切りがあり、粒子は左半分だけを動いています。仕切りが消えると粒子は箱全体に広がり、下の棒は N \log 2 だけ伸びます。同じようすをくり返し見せるために、図ではしばらくすると仕切りを入れ直しています。
気体が左半分に戻らないのは、そうなることが物理の法則で禁じられているからではありません。すべての粒子が左半分に集まっている状態も、ミクロ状態の 1 つとして数に入っています。ただ、その割合は全体の \dfrac{1}{2^N} しかありません。最初の記事で見たように、N が 10^{23} ほどもあれば、それは起こらないのと同じです。
変化がエントロピーの増える向き、つまり状態数の多い向きにしか進まないのは、このためです。これが、熱力学第二法則を統計力学で説明したものです。