前の記事と同じように、真ん中で左右に分けた箱に N 個の粒子が入っているとします。粒子の一つひとつが左右のどちらにいるかをすべて決めたもの 1 つを、1 つの状態と呼びます。前の記事で「分かれ方」と呼んだものの一つひとつが、ここでいう状態です。
粒子は見分けて数えるので、粒子が N 個なら状態は全部で 2^N 個あります。「左に n 個いる」というのは、1 つの状態を指す言い方ではありません。この条件にあてはまる状態は、N 個の中から左にいる n 個を選ぶ組み合わせの数だけあります。このように、条件にあてはまる状態の数を状態数といい、W で表します。いまの場合は W = \binom{N}{n} です。
図は N = 6、n = 2 の場合です。箱には、左に 2 個いる状態が 1 つずつ順に出てきます。色の付いた粒子が左にいる 2 個です。下に並んだ 15 個の小さな四角が W = \binom{6}{2} = 15 個の状態にあたり、いま箱に出ている状態の四角だけに色が付きます。どれも「左に 2 個」ですが、左にいる粒子の組み合わせが違うので、別々の状態です。
ここで、どの状態も同じ確率で起こるとしてみます。すると、ある条件の起こりやすさは、その条件にあてはまる状態の数 W に比例します。前の記事で左右がほぼ半々になる場合がいちばん起こりやすかったのは、あてはまる状態の数がいちばん多いからです。
どの状態も同じ確率で起こるという考え方を等重率の原理といい、次の章でくわしく扱います。この記事では、それを認めたうえで、状態の数え方を見ていきます。
W は、N が増えるとすぐにとても大きな数になります。N = 100 で左右が半々のとき、W = \binom{100}{50} は 10^{29} を超えます。N = 10^{23} なら、W を書き表すだけで 3 \times 10^{22} 桁ほどの数字が必要です。
そこで、W のかわりに対数 \log W を使います。統計力学では、\log は底が e の自然対数を表します。W はおよそ 2^N のように N の指数関数で増えるので、\log W はおよそ N \log 2 のように N に比例して増え、ずっと扱いやすくなります。
図の左が W、右が \log W のグラフで、横軸はどちらも粒子の数 N です。W は左右が半々のときの状態数で、どちらのグラフも N = 60 での値を高さ 1 にそろえています。左の W は、N が小さいあいだは 0 の近くからほとんど離れず、右端の近くで急に大きくなります。右の \log W は、ほぼまっすぐな線です。
状態数 W = \binom{N}{n} = \dfrac{N!}{n!\,(N-n)!} には階乗が出てきます。階乗は整数に対してしか定義されていないので、このままでは n について微分できません。そこで、N が大きいときに成り立つ近似 \log N! \simeq N \log N - N を使います。これをスターリングの近似といい、\simeq はほぼ等しいことを表します。
N = 100 では、左辺が約 363.7、右辺が約 360.5 で、違いは 1\% に届きません。N が大きいほど、違いの割合は小さくなります。この近似を使うと、\log W は N \log N - n \log n から (N-n) \log (N-n) を引いたものにほぼ等しくなり、n について微分できるようになります。
ここからは、左に n 個いる状態数を W_n と書きます。左にいる個数は 0 個から N 個までのどれかなので、W_n をすべての n について足すと、状態の総数になります。式で書くと \displaystyle\sum_{n=0}^{N} W_n = 2^N です。
いちばん大きい項がどこにあるかは、微分で探せます。前の場面の \log W を n で微分すると \log \dfrac{N-n}{n} になります。これは n が \dfrac{N}{2} より小さいと正、大きいと負なので、\log W は n = \dfrac{N}{2} でいちばん大きくなります。左右が半々の W_{N/2} がいちばん大きい項です。
N が大きいとき、W_{N/2} は 2^N を \sqrt{\pi N / 2} で割ったものにほぼ等しくなります。つまり、全部の和 2^N は、いちばん大きい項の \sqrt{\pi N / 2} 倍ほどしかありません。
対数で比べると、この違いはほとんど見えなくなります。N = 10^{23} なら、\log 2^N = N \log 2 は約 6.9 \times 10^{22} です。これと \log W_{N/2} との違いは \log \sqrt{\pi N / 2}、つまり約 27 しかありません。\log で見るかぎり、和といちばん大きい項は同じだと考えてかまいません。
図は N = 20 のときです。棒は W_n で、いちばん高い棒の高さを 1 にしてあり、色の違う棒がいちばん大きい項 W_{10} です。上を通る線は、左から順に W_n を足していった和で、全部を足した 2^N を高さ 1 にしています。線は左端から右へ伸びていき、右端まで行くと縮んで戻ります。真ん中の数本のところで大きく上がり、両端ではほとんど上がりません。
このように、和をいちばん大きい項で置き換えてよいという考え方を、最大項の方法といいます。たくさんの項を足すかわりに、いちばん大きい項を探せばよいので、計算がずっと楽になります。統計力学では、この先も何度も使います。
ここまでは、粒子が左か右かという、数えられる状態を考えてきました。しかし実際の粒子は、位置も速さも連続的に変わります。粒子の動きは、ある瞬間の位置と運動量(質量と速度の積)がわかれば、ニュートンの運動方程式で決まります。
そこで、横軸に位置 q、縦軸に運動量 p を取った平面を考えます。この平面を位相空間といいます。粒子が 1 つの方向にだけ動くなら、ある瞬間の状態は、この平面の 1 点で表されます。ところが、点はいくらでも細かく取れるので、このままでは数えられません。
そこで平面を小さな升目に区切り、升目 1 つを 1 つの状態と数えます。升目の面積には、プランク定数 h \simeq 6.6 \times 10^{-34} ジュール秒を使います。位置(メートル)と運動量(キログラム・メートル毎秒)の積の単位もジュール秒なので、面積を h で割ると、単位のない数になります。
図の楕円は、ばねにつながれたおもりが、決まったエネルギーで振動するときに通る道です。おもりが右にずれていると左向きに引き戻されて運動量が減るので、点は楕円の上を時計回りに回ります。楕円の内側に入る升目を数えれば、そのエネルギー以下の状態の数がわかります。色を塗った升目がその升目で、枠で囲んだ 1 つの面積が h です。
粒子 1 個が 3 次元の空間を動くなら、位置も運動量も 3 つずつあり、位相空間は 6 次元になります。位置を決めるのに必要な座標の数を自由度といい、自由度が f なら、位相空間は 2f 次元です。状態の数は、2f 次元の体積を h^f で割ったものになります。
h という大きさは量子力学から決まります。ここでは、連続な量を数えるには升目の大きさを決めておく必要がある、ということがわかっていれば十分です。
最後に、箱に閉じこめた理想気体の状態数を数えます。分子は N 個で、互いに力を及ぼし合わず、エネルギーは運動エネルギーだけだとします。条件は、エネルギーが E 以下であることです。
位置のほうは箱の中ならどこでもよいので、エネルギーとは関係しません。関係するのは運動量のほうです。分子 1 個が平面の上だけを動くとすると、運動エネルギーは \dfrac{p_x^2 + p_y^2}{2m} です。エネルギーが E 以下という条件は p_x^2 + p_y^2 \le 2mE となり、半径 \sqrt{2mE} の円の内側を表します。その面積 2\pi mE は E に比例します。
分子 1 個が空間を動くなら、運動量は 3 つになり、条件は半径 \sqrt{2mE} の球の内側になります。球の体積は半径の 3 乗に比例するので、E^{3/2} に比例します。分子が N 個なら運動量は 3N 個で、3N 次元の球の体積は半径の 3N 乗、つまり E^{3N/2} に比例します。したがって、状態数 W は E^{3N/2} に比例します。
N が 10^{23} ほどなら、指数の \dfrac{3N}{2} は 1.5 \times 10^{23} ほどです。E が 1\% 増えるだけで、W は 1.01 を 1.5 \times 10^{23} 回掛けた数の倍になります。これは 6 \times 10^{20} 桁を超える数です。
図は横軸に E、縦軸に W を取ったグラフです。本当の指数は 10^{23} ほどですが、それでは縦の線にしか見えないので、図では指数を 12 にして描いています。それでも、E が小さいあいだ W はほとんど 0 のままで、右のほうで急に大きくなります。
この増え方の速さが、温度と深く関係しています。あとの記事で、\log W を E で微分したものが \dfrac{1}{kT} になることを見ます。T は温度、k はボルツマン定数です。状態の数え方は、これでひととおりそろいました。