等重率の原理の記事の最後と同じように、孤立系を壁で 2 つに区切ります。壁は粒子を通しませんが、エネルギーは熱として通します。全体は孤立しているので、左のエネルギー E_1 と右のエネルギー E_2 の和 E_1 + E_2 = E は一定です。
E_1 が決まれば E_2 = E - E_1 も決まるので、エネルギーの分け方は E_1 だけで表せます。図の 2 つの箱の塗った高さが E_1 と E_2 で、片方が増えるともう片方が同じだけ減ります。矢印は、エネルギーが移っている向きです。いろいろな分け方を見せるために、図では分け方を動かしています。
十分に時間がたつと、どの分け方になるでしょうか。等重率の原理の記事で見たように、答えは、ミクロ状態の数がいちばん多い分け方です。
分け方が E_1 のときのミクロ状態の数は、積 W_1(E_1) \, W_2(E - E_1) です。前の記事のボルツマンの関係式を使うと、この積の対数に k を掛けたものは S_1 + S_2 になります。対数は、もとの数が大きいほど大きいので、積がいちばん大きくなる E_1 を探すかわりに、エントロピーの和 S_1 + S_2 がいちばん大きくなる E_1 を探せばよいことになります。
図の横軸は、左の系のエネルギー E_1 です。上のグラフで右上がりの曲線が S_1、右下がりの曲線が S_2 です。E_1 が増えると、左の系はエネルギーを受け取って状態数が増え、右の系はエネルギーを渡して状態数が減ります。下のグラフは 2 本を足した S_1 + S_2 で、山の形になります。
図の 2 つの系は、等重率の原理の記事と同じく、左の状態数が E_1^4、右が E_2^8 に比例するようにしてあります。そのため山の頂上は真ん中ではなく、E_1 = \dfrac{E}{3} のところにあり、そこに点を置いてあります。左右に動く縦の線は、いまの分け方での 3 本の曲線の値を示しています。
和に山ができるのは、E_1 を増やしたときの S_1 の増え方と S_2 の減り方が、ちょうど等しくなるところがあるからです。そこより左では S_1 の増え方のほうが大きく、右では S_2 の減り方のほうが大きくなります。
山の頂上では、E_1 を少し動かしても S_1 + S_2 は変わりません。つまり、S_1 + S_2 を E_1 で微分したものが 0 になります。
E_1 が少し増えると、E_2 = E - E_1 は同じだけ減ります。そのため、この条件は \dfrac{\partial S_1}{\partial E_1} = \dfrac{\partial S_2}{\partial E_2} と書けます。左の系のエントロピーの傾きと、右の系のエントロピーの傾きが等しい、という意味です。\partial は偏微分の記号で、体積や粒子の数は変えずに、エネルギーだけを変えて微分することを表します。
図の左右は、それぞれの系のエントロピーをエネルギーの関数として描いたグラフと、いまの分け方での接線です。E_1 を動かすと 2 本の接線の傾きが変わり、ある 1 か所で同じになります。2 枚の目盛はそろえてあるので、傾きが等しいときは 2 本の接線が平行になり、色が変わって、あいだに平行の記号 \parallel が出ます。そこが山の頂上、つまり平衡です。
こうして、平衡になると 2 つの系で等しくなる量が見つかりました。中身も大きさも違う 2 つの系を触れさせておくと、やがて等しくなる量といえば、私たちが温度と呼んでいるものがそうです。
そこで、温度 T を \dfrac{1}{T} = \dfrac{\partial S}{\partial E} で決めます。系にエネルギーを少し加えたとき、エントロピーがどれだけ増えるかを表すのが傾き \dfrac{\partial S}{\partial E} で、その逆数が温度です。
この決め方は、熱力学のエントロピーと合っています。前の記事で、温度 T の系に熱 Q を加えると、エントロピーは \dfrac{Q}{T} だけ増えると書きました。エネルギーを Q 加えたときの増え方が \dfrac{Q}{T} ですから、傾きはちょうど \dfrac{1}{T} です。
図は、ある系のエントロピー S をエネルギー E の関数として描いたグラフと、点のところの接線です。小さな直角三角形は、横に進んだときに縦にどれだけ上がるか、つまり傾きを表しています。点が右へ進むほど、接線の傾きはゆるやかになります。エネルギーを多く持っている系ほど、さらにエネルギーを加えても、エントロピーはあまり増えないのです。傾きが小さいほど T は大きいので、エネルギーを多く持っている系ほど温度が高くなります。
状態数の記事で、理想気体の状態数は E^{3N/2} に比例することを見ました。このとき \dfrac{\partial S}{\partial E} = \dfrac{3Nk}{2E} となり、これを \dfrac{1}{T} とおくと E = \dfrac{3}{2} NkT が得られます。高校の物理で習う、単原子分子の理想気体の内部エネルギーの式です。
温度計で測っている温度は、もとをたどればこの傾きの逆数です。熱い、冷たいという感覚から始まった温度という量が、状態数の増え方で表せたことになります。
2 つの系の傾きが違うとき、つまり温度が違うときは、どうなるでしょうか。温度 T_1 の左の系から、温度 T_2 の右の系へ、少しのエネルギー Q が熱として移るとします。左のエントロピーは \dfrac{Q}{T_1} だけ減り、右のエントロピーは \dfrac{Q}{T_2} だけ増えるので、全体のエントロピーは \dfrac{Q}{T_2} - \dfrac{Q}{T_1} だけ変わります。
T_1 が T_2 より高ければ、この値は正です。系はミクロ状態の数が多いほう、つまりエントロピーが大きくなるほうへ変わっていくので、エネルギーは温度の高い系から低い系へ移ります。これが、熱が温度の高いほうから低いほうへ流れる理由です。
図では、はじめ左の系がエネルギーを多く持っていて、温度が高くなっています。箱の下の斜めの線は、それぞれの系のエントロピーの傾きを表しています。矢印の向きにエネルギー Q が移るにつれて 2 本の線の傾きは近づき、等しくなったところで移るのが止まります。同じようすをくり返し見せるために、図はしばらくすると始めの分け方に戻ります。
熱力学では実験から知られていた熱の流れる向きが、ここでは状態の数を比べるだけで導けました。次の章では、2 つの系のうち片方をとても大きくして、温度の決まった熱浴として扱います。