水に浮かべた小さな粒は、じっとしていません。1827 年にブラウンが顕微鏡で見たのがこれです。粒そのものが動こうとしているのではなく、見えない水分子がひっきりなしに当たっています。
図の大きな丸が見ている粒、小さな点が水分子です。分子は四方から当たります。1 回ぶんの押しはどれも小さく、向きもばらばらです。
完全に打ち消し合えば、粒は動きません。けれど当たる数は、右と左でそのつどわずかにずれます。そのずれが粒を押す。ここで効いているのは、前の項目と同じ「たくさんのわずかなずれ」です。
分子の当たりを 1 つずつ追うのはやめて、粒が受ける力を 2 つに分けます。粒が速く動いているときに、それを遅らせる向きへ働くぶん。そして、向きの決まっていないぶんです。
前が抵抗 -\gamma v、後ろがゆらぎの力 F(t) です。書き下すと m\dfrac{dv}{dt} = -\gamma v + F(t) になります。これをランジュバン方程式といいます。
2 つに分けましたが、もとは同じ分子の当たりです。抵抗もゆらぎも、出どころは 1 つしかありません。この 1 行が、最後の場面の答えをすでに決めています。
ゆらぎの力の向きが、そのつど前と無関係だとします。すると速度の記憶は \langle v(0)v(t) \rangle = \dfrac{kT}{m}e^{-\gamma t/m} で消えていきます。
図の曲線がそれです。t = 0 での高さ kT/m は等分配則そのもので、粒がどれだけ大きくても、平均の運動エネルギーは向き 1 つあたり kT/2 です。大きい粒ほど遅いだけで、持っているエネルギーは同じです。
記憶が消えるまでの時間は m/\gamma です。それより短い時間で見れば、粒はまっすぐ飛んでいるように見えます。長い時間で見れば、向きを何度も忘れたあとなので、でたらめな歩みに見えます。
短い時間では、粒はまだ向きを覚えています。まっすぐ進むので、広がりは \langle x^2 \rangle = (kT/m)t^2 と、時間の 2 乗で増えます。
長い時間では、向きはもう何度も忘れられています。前の項目の一歩ずつと同じことになり、\langle x^2 \rangle = 2Dt です。
図の濃い曲線がその 2 つをつないだもので、薄い 2 本が両端の形です。境目は m/\gamma で、水の中の小さな粒ならおよそ 10^{-7} 秒です。顕微鏡で見えるのは、いつも長いほうの側だけです。前の項目で置いた「一歩」は、この短い時間をまとめたものだったことになります。
長い時間の側で D を求めると D = \dfrac{kT}{\gamma} になります。アインシュタインの関係式です。図の直線がそれで、温度に比例します。
左辺は粒がどれだけ広がるか、右辺の \gamma は粒がどれだけ止められるかです。別々の量に見えて、出どころは同じ分子の当たりでした。押す側と止める側が同じものだから、その比が温度だけで決まります。これを揺動散逸定理といい、統計力学のいちばん広く効く定理の 1 つです。
球の粒なら \gamma = 6\pi\eta a と分かっているので、D を顕微鏡で測れば k が出ます。k が出れば、気体定数を割ってアボガドロ数が出ます。ペランがこれをやりました。ゆらぎを目で測ることが、分子を数えることになったわけです。