ランダムウォークと拡散

一歩ずつ、左か右か

ここまでの項目は、どれも時間を持ちませんでした。状態を数え、いちばん起こりやすい配置を選ぶ。それだけで温度も圧力も出ました。ここからは、そこへ至るまでの動きを見ます。

いちばん簡単な動きから始めます。1 歩ごとに、左か右かへ同じ確からしさで進む。それだけを決まりにします。図の折れ線がその 1 本で、横が歩数、縦が位置です。

1 本を見ているかぎり、何も決まっていません。同じ決まりで走らせても、行き先は毎回違います。それでも本数を増やすと決まることがある。この筋道は、粒子を 1 つずつ追わずに統計で語れる、というこれまでの話とまったく同じです。

何本も走らせる

同じ決まりで何本も走らせたのが図です。どれも原点から出て、ばらばらに散らばっていきます。

散らばり方には形があります。真ん中がいちばん濃く、外へ行くほど薄い。そして歩数が増えるほど、全体が広がっていきます。

ここで問うことは 2 つです。広がりはどれだけ速く増えるのか。そして、散らばりの形は何になるのか。どちらも数えれば出ます。

歩数の平方根で広がる

位置の平均は 0 のままです。左右が同じ確からしさなので、どちらへ行きやすいということがありません。動いているのに平均は動かない。だから広がりを見るには 2 乗を取ります。

1 歩ごとの向きは互いに独立なので、掛け合わせた項の平均は消えます。残るのは 1 歩ぶんの 2 乗を N 個足したものだけで、\langle x^2 \rangle = Na^2 です。

つまり広がりは \sqrt{N} に比例します。図の 2 本の曲線がその包み方で、経路はほとんどこの内側に収まります。歩数を 4 倍にしても、広がりは 2 倍にしかなりません。

形は正規分布へ寄る

N 歩のうち右へ n 回出た経路が何本あるかは、二項係数です。「粒子が多いだけで、結果は 1 つに決まる」で数えたものと、まったく同じ数え上げです。

図がその形です。N を増やしていくと山は滑らかになり、正規分布に寄っていきます。幅は \sqrt{N} で増えるので、山は低く広くなります。

粒子を箱の左右に分けるときも、歩数を左右に分けるときも、出てくる数え上げは同じでした。中身が違っても、数え方が同じなら結果の形も同じになる。ここが統計力学のいちばん強いところです。

拡散

1 歩に \tau かかるとすれば、t 秒のあいだの歩数は N = t/\tau です。これを \langle x^2 \rangle = Na^2 へ入れると \langle x^2 \rangle = 2Dt になります。D = a^2/2\tau が拡散係数です。

図は濃度の広がりです。時間が経つほど低く広くなりますが、曲線の下の面積は変わりません。粒子は増えも減りもしないからです。

時間の 1 乗ではなく、平方根で広がる。これが拡散の要点です。2 倍の距離を運ぶのに 4 倍の時間がかかるので、遠くへ運ぶのに拡散は向きません。次の項目では、この一歩ずつがどこから来るのかを見ます。

確率と多数
ミクロカノニカル分布
カノニカル分布
応用
相転移
量子統計
時間とゆらぎ