物理では、考える対象のことを系といいます。この章では、箱に閉じこめた気体のように、外とは熱をやりとりせず、粒子も出入りせず、体積も変わらない系を考えます。このような系を孤立系といいます。
孤立系では、エネルギー E、粒子の数 N、体積 V の 3 つが変わりません。エネルギーが変わらないのは、外とエネルギーをやりとりしないので、エネルギー保存の法則が成り立つからです。
図の太い枠は、熱も粒子も通さない壁を表しています。箱の中では粒子が飛び回っていますが、上に書いた E、N、V はどの瞬間も同じです。下の \mathrm{const.} は、一定という意味です。
いっぽう、粒子の一つひとつがどこにいて、どの向きにどれだけの速さで動いているかは、刻々と変わります。それをすべて決めたものをミクロ状態といいます。前の記事で状態と呼んだものです。これに対して、E、N、V や「左に n 個」のように、全体を少ない数の量だけで表したものをマクロ状態といいます。
ここで仮定を 1 つ置きます。「孤立系では、同じ E、N、V を持つミクロ状態は、どれも同じ確率で起こる」というものです。これを等重率の原理といいます。同じ E、N、V を持つミクロ状態が全部で W 個あれば、1 つあたりの確率は \dfrac{1}{W} です。
図の上に並んだ四角は、同じエネルギー E を持つミクロ状態です。枠の色が変わる四角が、そのとき系がいる状態で、どの四角にも同じ時間だけとどまります。下の棒はそれぞれの状態の確率で、どれも同じ高さの \dfrac{1}{W} です。
統計力学で基本となる仮定は、これだけです。あとは状態を数えていくと、温度も圧力もエントロピーも導けます。仮定はたった 1 つなのに、そこから多くの結果が出てくるところが、統計力学の大きな特徴です。
この仮定がいつでも正しいことは、実はまだ証明されていません。ただ、こう仮定するのが自然だと考えられる理由はあります。
孤立系を長い時間放っておくと、系は同じ E、N、V を持つミクロ状態のあいだを、次々に移り変わっていきます。どのミクロ状態にも同じ時間ずつとどまるとすると、長い時間をかけて取った平均は、すべてのミクロ状態を同じ重みで平均したものと等しくなります。
図の左は、1 つの系がミクロ状態を移り変わるようすです。輪に並んだ点がミクロ状態で、色の変わる点がそのとき系がいる状態です。このように 1 つの系を長い時間見て取った平均を時間平均といい、図では \langle \cdots \rangle_{t} と書いています。
図の右は、同じ E、N、V を持つ系をたくさん用意し、どのミクロ状態にも同じ数ずつ割り当てて並べたものです。このような系の集まりを集団(アンサンブル)といい、そこで取った平均を集団平均といいます。図では \langle \cdots \rangle と書いています。
実験で測るのは、1 つの系を長い時間見たときの値、つまり時間平均のほうです。等重率の原理を認めれば、それを計算しやすい集団平均で求めてかまいません。図の真ん中の等号は、2 つの平均が等しいことを表しています。
どのミクロ状態の確率も \dfrac{1}{W} なら、あるマクロ状態の確率は、それにあてはまるミクロ状態の数に \dfrac{1}{W} を掛けたものです。つまり、マクロ状態の確率は、あてはまるミクロ状態の数に比例します。前の章で「どの状態も同じ確率で起こる」と仮に置いたのは、この等重率の原理のことです。
図は、粒子 12 個を左右に分ける例です。上の棒は、左に n 個いるというマクロ状態ごとに、あてはまるミクロ状態の数を表していて、図では W と書いています。下の帯は、2^{12} = 4096 個のミクロ状態を n の順に 1 本につなげたもので、それぞれの n が帯の中で占める長さが、その確率 P になります。
色の違う真ん中の 3 つ(n = 5、6、7)だけで、帯の 6 割ほどを占めています。状態を数えることが、そのまま確率を求めることになりました。前の章で状態の数え方をひととおり見たのは、このためです。
孤立系を壁で 2 つに区切り、壁を通してエネルギーだけをやりとりできるようにします。全体のエネルギー E は一定なので、左のエネルギーを E_1 とすると、右は残りの E - E_1 です。
左の系のミクロ状態の数を W_1(E_1)、右の系のミクロ状態の数を W_2(E - E_1) と書きます。左がどのミクロ状態にあっても、右はどのミクロ状態でもとれるので、全体のミクロ状態の数は積 W_1(E_1) \, W_2(E - E_1) です。高校で習う積の法則と同じ考え方です。
図の上の 2 つの箱が左と右の系で、塗った高さがそれぞれのエネルギーです。いろいろな分け方を順に見せるため、図ではエネルギーの分け方を動かしています。下の曲線が積 W_1 W_2 で、曲線の上の点がいまの分け方にあたります。
図では、左の状態数が E_1^4 に、右の状態数が (E - E_1)^8 に比例するようにしてあります。前の記事で見たように、状態数の指数は粒子の数に比例するので、右は左の 2 倍の大きさの系です。積がいちばん大きくなるのは E_1 = \dfrac{E}{3} のところで、エネルギーは系の大きさに比例して 1 : 2 に分かれます。
最初の記事で見たように、粒子の数が多いとこの山はとても鋭くなり、頂上のごく近くの分け方しか実際には起こりません。この頂上にあたる分け方が、私たちが平衡と呼んでいる状態です。
平衡では、何かが系をそこに固定しているわけではありません。その分け方にあてはまるミクロ状態が圧倒的に多いので、系はほとんどいつもそこにいるのです。