前の章では、2 つの系を対等に扱いました。ここでは片方をうんと大きくします。大きいほうを熱浴と呼びます。図の外側の広い箱がそれで、中の小さい箱が相手にしたい系です。
熱浴が大きいというのは、少しくらいエネルギーを取られても温度が動かない、という意味です。海の水を茶碗 1 杯くんでも海面が下がらないのと同じことです。
このとき、小さい系のエネルギーはもう決まっていません。熱浴とやりとりしながら刻々と変わります。決まっているのは温度のほうです。エネルギーではなく温度が決まっている、この置き方をカノニカル分布といいます。
全体(系 + 熱浴)は孤立しています。ですから前の章の等重率がそのまま使えます。全体のミクロ状態はどれも同じ重みです。
系がある 1 つの状態にいて、そのエネルギーが E だとします。このとき熱浴に残っているのは E_{\mathrm{t}} - E で、それにあたる熱浴の状態数は W_{\mathrm{R}}(E_{\mathrm{t}} - E) です。全体としての場合の数はこれだけあるので、確率もこれに比例します。
図の曲線がその W_{\mathrm{R}} です。系が多くを取るほど熱浴の取り分が減り、熱浴の状態数はぐんと落ちます。前の記事で見たとおり、状態数はエネルギーに対して猛烈に増える量なので、減るほうも同じだけ急です。
急に落ちる曲線をそのまま扱うのは大変なので、対数を取ります。S_{\mathrm{R}} = k \log W_{\mathrm{R}} でした。こちらは素直な形をしていて、図のとおりほとんど直線に見えます。
系が取るぶん E は、熱浴の持っている全体に比べればごくわずかです。ですから E_{\mathrm{t}} のところの接線で置き換えて足ります。接線の傾きは \dfrac{\partial S_{\mathrm{R}}}{\partial E}、つまり \dfrac{1}{T} です。前の章で温度をそう定めました。
ここで \beta = \dfrac{1}{kT} と置きます。これから先、温度はほとんどいつもこの形で出てきます。対数から戻せば、確率は e^{-\beta E} に比例する、という形になります。
e^{-\beta E} をボルツマン因子といいます。エネルギーの高い状態ほど起こりにくい。その落ち方が指数だ、というのがこの因子の中身です。
図は温度を変えたときの落ち方です。温度が高いと \beta が小さくなり、曲線は寝て、高いところまで裾を引きます。温度が低いと立ち上がり、低いエネルギーのところへ張りつきます。
\dfrac{1}{\beta} = kT が、その裾の長さの目安です。エネルギーが kT くらいまでの状態はふつうに起こり、それを大きく超えたところは指数で切り落とされます。
エネルギーの準位が階段のように並んでいる系で見てみます。図の横棒が準位、右の棒がその準位に居る確率です。
温度を上げると kT が伸び、上の準位まで棒が届きます。下げると下の 1 つか 2 つに集まります。準位の間隔と kT の大小、それだけでどこまで使われるかが決まります。
これで、温度が決まっている系の扱い方がひととおり出そろいました。あとはこの因子を全部の状態について足し上げるだけです。その足し上げたものに名前が付いています。次の記事で扱う分配関数です。