アフィン空間とアフィン接続(クリストッフェル記号・平行移動・捩れ)
アフィン空間は、原点を忘れたベクトル空間です。
ベクトル空間には という特別な点があり、どのベクトルもそこから伸びた矢印として書けます。アフィン空間はその特別扱いをやめる。点はどれも対等で、どこにも中心がありません。
かわりに残るのは点と点の差です。差だけがベクトルになり、点そのものはベクトルになりません。
定義は 2 行しかない
空でない集合 とベクトル空間 があり、点 とベクトル に対して点 を返す操作が決まっているとします。この操作が次の 2 つをみたすとき、 をアフィン空間と呼びます[1]。
のほうは方向空間と呼ばれます。点の集合と、その上を平行移動させるベクトルの集合という、2 階建ての構造。
1 番目は、ベクトルを続けて足すときに順序をまとめてよいという要求です。平行移動を 2 回続けたものが、合成した 1 回の平行移動と一致します。
要になるのは 2 番目の一意性のほうです。 をみたす唯一の を と書けば、点の引き算がはっきり決まります。
ここから 3 点 , , について が出ます。フランス語圏でシャルルの関係式と呼ばれる等式で、1 番目の公理から直ちに従うもの。
そして点 を一つ固定すると、 は から への全単射になります[1]。原点を選んだ瞬間に、アフィン空間はベクトル空間へ化ける。
選び方は無数にあり、どれが正しいということもありません。「原点を忘れた」という言い方はここから来ます。
薄い矢印は原点から見た と の位置で、原点が動けば向きも長さも変わります。濃い矢印が で、こちらは原点と無関係。
点は足せない
という式には意味がありません。原点をずらすと答えが変わってしまうためです。
原点を から へ移すと、点 の位置ベクトルは に変わります。2 点ぶん足すとこのずれが 2 回入る。差をとれば 2 回のずれが打ち消し合い、答えは動きません。
一般に係数 を掛けて足すと、入り込むずれは になります。
係数の和が のときだけ、ずれの量が 1 点ぶんとぴったり同じになります。すると結果は点として同じ場所を指し、原点の選び方によらなくなる。
これをアフィン結合といいます。中点 や三角形の重心 がその例で、要するに重み付き平均だけが生き残る仕組み。
係数の和が のときにも意味が出ます。このときはずれがまるごと消えるので、結果は点ではなくベクトルになる。 がまさにその場合です。
直線も平面も和が 1 で書ける
2 点 , に対して を について動かすと、 と を通る直線になります。 が から までなら線分、外へ出れば直線の残りの部分。
3 点なら平面が出ます。 という条件のもとで係数を動かすと、3 点が張るアフィン平面をちょうど埋め尽くします。
このときの を重心座標と呼びます。座標という名前でも原点は要らず、基準になるのは 3 つの点そのもの。
分割比もここから出ます。線分 上の点 は、 と を に分ける点です。長さを測らずに比だけが言える、という性質がアフィン幾何の守備範囲を示しています。
連立方程式の解もアフィン空間
例を一つ挙げます。線形写像 と について、方程式 の解の全体を考えます。
解が一つでもあれば、解集合は の形になります。特殊解を一つ選び、そこへ同次方程式の解を足したもの、という高校で習う形。
これはまさにアフィン部分空間です。方向空間は で、特殊解 の選び方には自由度がある。どの解を代表に選んでも、集合としては同じものが出ます。
解集合に が入るのは のときだけ。それ以外では原点を持たない集合になり、ベクトル空間にはなりません。
アフィン部分空間と平行
の部分集合 が、ある点 と の部分空間 を使って と書けるとき、 をアフィン部分空間と呼びます。
の選び方は のどの点でもよく、 のほうは から一意に決まります。この を の方向といいます。
2 つのアフィン部分空間が平行だという条件は、方向が一致すること。位置は問いません。平行という関係が、原点を持たない空間でもきちんと定義できます。
アフィン幾何が扱うのは、この平行や分割比のように、原点を選ばずに言える性質です。長さと角度はここには入りません。
アフィン写像
アフィン空間の間の写像 が、 から への線形写像 を伴って次をみたすとき、 をアフィン写像と呼びます。
は の線形部分です。点をどこへ運ぶかという情報と、方向をどう変えるかという情報に、写像がきれいに分かれます。
平行移動は が恒等写像の場合にあたります。線形写像のほうは原点を動かさない特別なアフィン写像で、アフィン写像はそれより広い集まり。
アフィン写像はアフィン結合を保ちます。 なら が成り立ち、重心は重心へ、中点は中点へ移る。
この「線形部分をとる」仕組みが、あとで出てくる接続の話にそのまま効いてきます。
各点にぶら下がる接空間
ここまでは平らな空間の話でした。多様体になると、同じ事情がもっと深いところで効いてきます。
多様体 の各点 には接空間 が付きます。 のまわりを 1 次で近似した平らな空間で、 が曲がっていても 自体はベクトル空間。
問題は のとき、 と の間に既定の対応がないことです。ドイツの講義録は、異なる 2 点の接空間のベクトルが等しいかどうかを問うこと自体に意味がない、と書いています[3]。
平らな では気づきません。どの点の接空間も そのものだと思えるので、離れた 2 点のベクトルを平気で引き算していました。
曲面ではその足場がありません。ベクトル場 を微分しようとしても、 と は別々の部屋にいるので差が書けない。
と は別の空間にいる
差 が書けない
微分の定義がそのままでは通らない
だから対応のつけ方を外から一つ決めます。それが接続です。
接続の定義
を 上の滑らかなベクトル場の全体とします。接続、あるいは共変微分とは、次の写像のことです[3]。
みたすべき性質は 3 つあります。
1 番目と 3 番目の非対称が肝心です。 についてはテンソル的なので、 は という 1 本のベクトルだけで決まります。方向を指すだけの役なので、それで足ります。
についてはそうなりません。 を知っただけでは が決まらず、 の近くでの の様子が要ります。微分なので当然の話。
3 番目の項 は、ライプニッツ則が接続を「微分らしく」している部分です。この項があるおかげで、関数倍したベクトル場の変化率が積の微分と同じ形になります。
積の微分公式のこと。 を、ベクトル場に対して言い直したもの。
接続は一つに決まりません。ある接続 と 型テンソル があれば もまた接続で、逆にすべての接続がこの形で得られます[3]。
つまり接続の全体は、テンソルぶんだけ自由度を持つ集まり。どれを選ぶかは構造の選択であって、多様体そのものから自動的には出てきません。
同じ多様体に別の接続を入れれば、まっすぐの意味も平行の意味も変わります。曲がり方が変わるのではなく、比べ方の規約が変わるという話。
クリストッフェル記号
座標 をとると、接続は数値の並びに落ちます。座標基底どうしの共変微分を、また座標基底で展開するだけです。
この をクリストッフェル記号といいます。上に 1 つ、下に 2 つの添字が並ぶので、見た目は 型テンソルの成分そっくり。
ところがテンソルではありません。座標を から へ換えると、次の規則で変わります[2]。
第 1 項はテンソルの変換規則そのものです。余計なのは第 2 項のほうで、座標変換の 2 階微分が入っています。
この項があるせいで、ある座標で でも、別の座標では になる。逆にいえば が かどうかは、幾何ではなく座標の話です。
2 階微分の項は 2 つの接続の差をとると消えます。だから はきちんとテンソルになる。さきほどの がそれです。
極座標で計算してみる
平面という、曲がっていない空間で計算します。ここでも極座標をとれば は になりません。
デカルト座標 と極座標 を 、 で結びます。座標基底をデカルト成分で書くと次のとおり。
は長さ で外向き、 は長さ で反時計回りの向きです。点が動けば、この 2 本そのものが向きを変えます。
変化率を実際に出します。デカルト成分のまま偏微分して、また極座標基底で書き直すだけの計算です。
同じように と が出ます。 でない成分は 3 つだけ。
平面は曲がっていないのに が残りました。曲がっているのは空間ではなく座標のほうで、 が測っているのは基底の回り方です。
デカルト座標に戻せば全部 になります。この事実が、 をテンソルと呼べない理由をそのまま表している。
1 点でなら を消せる
変換規則の第 2 項は、じつは道具にもなります。2 階微分の項を都合よく選べば、指定した 1 点で を消せるためです。
点 の座標を として、新しい座標を次のように置きます。
このとき で は単位行列になり、2 階微分は に一致します。変換規則へ入れると第 1 項と第 2 項が打ち消し合い、 での新しい が になる。
ただし消せるのは 1 点だけです。 から離れれば はまた顔を出しますし、 の微分までは消せません。
消せない部分が本物の幾何にあたります。1 階微分から作った曲率テンソルが座標変換で消えないのは、そのためです。
なおこの構成には が要ります。上の式で使えるのは対称な部分だけなので、反対称な部分は残ってしまう。
曲面に埋め込んで見る
抽象的な公理だけでは手応えが薄いので、 の中の曲面 で見ます。ここでは共変微分に目に見える意味が付きます。
曲面上のベクトル場 を、曲面上の方向 で普通に微分します。出てきたベクトルは、たいてい接平面からはみ出す。
はみ出したぶんを捨て、接平面へ正射影したものが です。曲面の外へ出る成分は曲面の住人には観測できないので、切り落としてしまえばよい、という処方。
この作り方で定義した接続は、 から誘導される計量に対するレヴィ・チヴィタ接続と一致します[3]。3 つの公理も計量との両立も捩れなしも、射影という操作から自動的に出てくる。
平行移動の意味もはっきりします。曲面に沿ってベクトルを運びながら、接平面から出ないように最小限だけ倒し続ける、という運び方。
曲線に沿った微分
は についてテンソル的でした。おかげで、多様体全体にベクトル場が広がっていなくても意味が通ります。
曲線 の上だけで定義されたベクトル場 を考えます。 の役は速度 が務め、成分で書くと次の形になります。
第 1 項は成分をそのまま微分したもので、第 2 項が基底の変化ぶんの補正です。この 2 つを足して初めて、答えが座標によらないベクトルになります。
曲線に沿った微分が になる場合が平行、速度自身に対して になる場合が測地線。以下の話はどちらもこの式の読み替えです。
1 形式やテンソルへ延ばす
接続はベクトル場に対して定義しましたが、余接ベクトルやテンソルへも自然に延びます。使うのはライプニッツ則だけです。
1 形式 について、 は関数なので で微分できます。積の微分の形を要求すると、 の定義が 1 通りに決まります。
成分では符号が入れ替わり、 が引き算で入ります。上付き添字には 、下付き添字には という覚え方をされる規則です。
一般のテンソルでも同じ要領。添字 1 つにつき の項が 1 つ付き、上付きなら足し、下付きなら引きます。
関数については とします。添字がないので補正項も出ません。
平行移動
接続が決まると、曲線に沿ってベクトルを運ぶ規則が決まります。曲線 に沿って成分 が次をみたすとき、そのベクトル場は平行だといいます[2]。
これは線形の常微分方程式なので、初期ベクトルを決めれば解が一意に定まります。曲線の始点の接空間から終点の接空間への線形同型が、これで手に入る。
ようやく離れた 2 点のベクトルを比べられます。ただし比べ方は道に依存する。
球面で試すと、その依存がはっきり見えます。北極から赤道まで下り、赤道を四分の一だけ進み、また北極へ戻る。三角形を一周してきたベクトルは、出発時と 度ずれています。
一周してもとに戻らないずれをホロノミーと呼びます。ずれの量を無限小で測ったものが曲率テンソル[2]。
自体はテンソルでなくても、この組み合わせはテンソルになります。座標変換の 2 階微分の項が、差と積のところで打ち消し合うためです。
測地線
平行移動が決まれば、まっすぐの意味も決まります。自分の速度ベクトルを自分自身に沿って平行に運び続ける曲線が測地線です[2]。
さきほどの極座標の値を入れてみます。平面の直線が、極座標では次の 2 本の式になります。
原点を通らない直線を等速で走ると、 も も一定の割合では変わりません。その非一様さを が引き受けている、という読み方ができます。
長さを最短にする曲線として測地線を定義する流儀もあります。ただし最短性には計量が要るのに対し、いまの定義に必要なのは接続だけ。計量がない多様体でも、まっすぐという言葉が使えます。
捩れ
接続には曲率とは別の量がもう一つあります。 の下 2 つの添字を入れ替えた差です[2]。
座標によらない形で書くと次のようになります。 はベクトル場の括弧積。
のとき、その接続は捩れなしと呼ばれます。座標基底では なので、これは と同じ条件[3]。
捩れの意味は平行四辺形で見えます。点 で 2 本のベクトル , をとり、まず 方向へ測地線で進み、運んできた の向きへさらに進む。順番を入れ替えたもう 1 本の道も作ります。
平らな空間では 2 つの終点が一致します。一般の接続では一致せず、隔たりの大きさは にとどまる。捩れなしという条件は、この隔たりが まで小さくなることと同値です[3]。
平行四辺形を一周して戻ったときの、ベクトルの向きのずれを測る
平行四辺形そのものが閉じるかどうかを測る
計量が接続を一つに決める
リーマン計量 が入っている多様体では、事情が変わります。次の 2 つを足すと、接続がただ一つに決まってしまう[3]。
これがリーマン幾何学の基本補題で、決まる接続をレヴィ・チヴィタ接続と呼びます。両立するというのは、平行移動が内積を保つということ。運んでも長さと角度が変わりません。
証明の筋は素直です。1 番目の式を , , で巡回させて 3 本並べ、はじめの 2 本を足して 3 本目を引く。2 番目の条件を使うと 以外の項が消えます[3]。
コシュルの公式と呼ばれる等式です。右辺に が出てこないので、左辺はすべての に対して決まってしまう。存在も一意性も、この 1 本から出ます。
座標基底を入れると括弧積が消え、見慣れた形になります。
平面の極座標で確かめます。計量は 、 で、逆行列は 、。
さきほど基底の微分から求めた値と一致しました。基底の回り方から出しても、計量から出しても同じものが出てくる。
なぜ「アフィン」と呼ぶのか
ここでアフィン空間の話に戻ります。カルタンの見方では、多様体の各点 にアフィン空間 を 1 つずつ貼り付け、これを接空間 と同一視するところから始めます[2]。
接続が与えるのは、曲線に沿った どうしのアフィン写像です。運ばれるのはベクトルだけでなく、原点と基底を含むアフィン枠そのもの。
線形接続ならベクトルしか運べません。アフィン接続は点も運ぶので、曲線を平らなアフィン空間の上へ展開できます。測地線とは、展開すると直線になる曲線のことです[2]。
アフィンという語のもう一つの含みは、対応の付け方が勝手ではないという点にあります。接空間の線形構造と噛み合うように制限されていて、それが定義の 1 番目と 2 番目にあたる[3]。
原点を忘れた空間を各点に貼り、隣どうしをアフィンに結ぶ。アフィン接続という言葉は、この二段構えをそのまま名前にしたものです。









