リーマン計量の基本|定義から長さ・角度・体積・距離を理解する
リーマン計量は、多様体の各点における接空間に内積を与える構造です。これにより曲線の長さ、角度、面積といった幾何学的な量を定義できるようになります。
多様体そのものには、長さを測る仕組みが最初から備わっていません。座標の取り方によらない「ものさし」を各点に置く、というのがリーマン計量の役割です。
以下では定義と局所座標での表示から始め、長さ・角度・体積・距離を順に定義します。そのうえで具体的な計量を 1 つずつ節を分けて並べ、引き戻しや存在定理、擬リーマン計量までを見ていきます。
リーマン計量の定義
次元可微分多様体 上のリーマン計量とは、各点 において接空間 上の写像
を与える対応 であって、次の条件を満たすものです。
はじめの 3 条件をまとめると、 が 上の内積であるということです。最後の滑らかさは、その内積が点ごとにばらばらではなく、 上を滑らかに変化することを要求しています。
リーマン計量を備えた多様体 をリーマン多様体と呼びます。同じ多様体でも計量の入れ方は 1 通りではなく、あとで見るように無数にあります。
局所座標での表示
局所座標 をとると、各点での接空間の基底は で与えられます。計量はこの基底に関する成分で決まります。
行列 は対称かつ正定値で、計量テンソルと呼ばれます。対称性は の対称性から、正定値性は の正定値性から、そのまま移ります。
接ベクトル と の内積は、成分の計算に帰着します。以下ではアインシュタインの縮約規則を使い、同じ添字が上下に現れたら和をとるものとします。
テンソルとして書けば です。 の対称正定値行列を各点に滑らかに配る、というのが局所座標で見たリーマン計量の姿になります。
座標変換の規則
は座標に依存する量なので、座標を取り替えると成分が変わります。変わり方には決まった規則があります。
別の座標 をとると、基底の変換 から、成分は次のように移ります。
下付き添字が 2 つとも同じ形で変換されるので、 は 型テンソルです。成分は座標ごとに違っても、 という値そのものは座標によりません。
この不変性が本質です。長さや角度が座標の取り方に依存しないのは、 がテンソルだからです。以下で定義する量は、すべてこの不変性の上に立っています。
線素という書き方
計量は線素 を使って書かれることがよくあります。古典的な記法ですが、成分を読み取るには便利です。
は「微小な変位の長さの 2 乗」という気分を表しています。厳密には対称テンソル の略記で、 は対称積を意味します。
平面のデカルト座標なら です。この形を見れば で だと即座に読み取れます。計量を書き下すとき、実際にはこの記法が最もよく使われます。
曲線の長さ
計量があれば、まず曲線の長さが測れます。滑らかな曲線 の長さは、速度ベクトルの大きさを積分して定めます。
局所座標で の成分を と書けば、次の形になります。ユークリッド空間における弧長公式の一般化です。
長さはパラメータの取り替えによりません。 を に付け替えると被積分関数に が現れ、置換積分でちょうど打ち消し合うからです。長さが曲線という図形そのものの量になっている、ということです。
角度
内積があるので、接ベクトルのなす角も定まります。 でない に対し、角 を次で定めます。
右辺の絶対値が 以下になることは、内積に対する Cauchy–Schwarz の不等式から従います。したがって がただ 1 つ定まります。
<div class="rm-fig">
<svg viewBox="0 0 400 260" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="曲面 M 上の点 p における接平面と、2 つの接ベクトル X, Y のなす角 θ を示す図。">
<rect x="0" y="0" width="400" height="260" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<path d="M35,165 C110,120 200,115 275,138 C320,152 355,168 375,158 L375,218 C355,228 320,212 275,198 C200,175 110,180 35,225 Z" fill="#eaf1fd" stroke="#1b4fb8" stroke-width="1.5"/>
<polygon points="105,140 250,112 290,152 145,180" fill="#ede7f8" fill-opacity="0.92" stroke="#7a52c0" stroke-width="1.5"/>
<g stroke="#c93c41" stroke-width="2" fill="none" marker-end="url(#rma)">
<line x1="197" y1="146" x2="272" y2="128"/>
<line x1="197" y1="146" x2="232" y2="175"/>
</g>
<path d="M222,140 A26,26 0 0 1 217,163" fill="none" stroke="#c93c41" stroke-width="1.3"/>
<circle cx="197" cy="146" r="3.6" fill="#c93c41"/>
<defs>
<marker id="rma" markerWidth="9" markerHeight="9" refX="7" refY="3" orient="auto"><path d="M0,0 L7,3 L0,6 z" fill="#c93c41"/></marker>
</defs>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="52" y="206" fill="#1b3a8a">M</text>
<text x="182" y="142" fill="#c93c41">p</text>
<text x="256" y="104" fill="#7a52c0">TₚM</text>
<text x="279" y="124" fill="#c93c41">X</text>
<text x="236" y="188" fill="#c93c41">Y</text>
<text x="233" y="159" fill="#c93c41" font-size="12">θ</text>
</g>
<text x="200" y="244" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" text-anchor="middle" fill="#1b3a8a">gₚ(X, Y) = |X| |Y| cos θ</text>
</svg>
</div>.rm-fig { margin: 0; text-align: center; }
.rm-fig svg { width: 100%; max-width: 420px; height: auto; }図のとおり、計量は各点の接空間に内積を置く構造です。長さも角度も、その点の接空間の中だけで決まる量として定義されます。明るい背景を前提に配色したので、暗色テーマでは見えにくくなる場合があります。
のとき と は直交するといいます。2 つの曲線が直交するかどうかも、交点での接ベクトルの直交性として定義されます。
体積要素
面積や体積も計量から決まります。向きづけられた 次元リーマン多様体には、体積要素と呼ばれる 形式がただ 1 つ定まります。
が正定値なので行列式は正で、平方根がとれます。座標を取り替えると はヤコビアンの分だけ変わり、 の変化とちょうど打ち消し合うので、 は座標によりません。
なら面積要素で、古典的な記法では と書かれるものです。領域 の体積は で計算されます。
球面 では、あとで見る計量から となります。これを全体で積分すれば表面積 が得られ、見慣れた公式が計量から出てきます。
距離関数と位相
長さを使うと、多様体に距離が入ります。 が連結のとき、2 点 の距離を曲線の長さの下限で定めます。
ここで下限は、 と を結ぶ区分的に滑らかな曲線 の全体にわたってとります。三角不等式は曲線をつなぐことから、対称性は向きを逆にすることから出ます。
のとき となる点はやや非自明で、局所的に計量がユークリッド計量と比較できることを使います。これが示せると は距離の公理をすべて満たします。
さらに強い事実として、距離空間 の距離位相は、もとの多様体の位相と一致します。リーマン計量は多様体に新しい位相を持ち込むのではなく、すでにある位相に「ものさし」を加えるものだと分かります。
下限が達成されるとは限りません。達成する曲線があればそれは測地線ですが、たとえば原点を除いた平面では、原点をはさんで向かい合う 2 点を結ぶ最短曲線が存在しません。
例: ユークリッド空間
最も基本的な例から見ます。 に標準的な計量を入れると、成分はクロネッカーのデルタになります。
これは通常のユークリッド内積に対応します。曲線の長さは見慣れた弧長公式に、角度は通常の内積による角に、体積要素は に一致します。
距離関数を計算すると となり、線分が最短を与えます。ユークリッド幾何がリーマン幾何の特別な場合として復元される、ということです。
例: 平面の極座標
同じ計量でも座標を変えれば成分は変わります。平面に極座標 を入れてみます。
と を に代入して整理すると、線素は次の形になります。
成分は 、、 です。 とは似ても似つかない形ですが、表しているのは同じユークリッド計量にほかなりません。
ここが計量テンソルの読み方の勘所です。成分に が現れるのは空間が曲がっているからではなく、座標が曲がっているからです。成分だけを見て曲がり具合は判断できないので、のちの理論では曲率という座標によらない量を作ることになります。
体積要素は となり、重積分でおなじみの が出てきます。
例: 球面
曲がった空間の代表例です。半径 の球面 には、 のユークリッド計量から誘導される計量が入ります。
球座標 で球面を と表し、これを の計量に代入して整理すると、線素が求まります。
<div class="rm-fig">
<svg viewBox="0 0 400 285" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="球面の緯線・子午線のグリッドと、微小な四辺形の 2 辺 R dθ と R sinθ dφ を示す図。">
<rect x="0" y="0" width="400" height="285" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<circle cx="200" cy="140" r="110" fill="#eaf1fd" stroke="#1b4fb8" stroke-width="1.6"/>
<g fill="none" stroke="#9db4dd" stroke-width="1">
<ellipse cx="200" cy="62" rx="78" ry="23"/>
<ellipse cx="200" cy="102" rx="103" ry="31"/>
<ellipse cx="200" cy="140" rx="110" ry="33"/>
<ellipse cx="200" cy="178" rx="103" ry="31"/>
<ellipse cx="200" cy="140" rx="37" ry="110"/>
<ellipse cx="200" cy="140" rx="75" ry="110"/>
<line x1="200" y1="30" x2="200" y2="250"/>
</g>
<polygon points="250,92 300,100 296,132 246,124" fill="#c93c41" fill-opacity="0.25" stroke="#c93c41" stroke-width="1.6"/>
<g stroke="#7a52c0" stroke-width="1.2" stroke-dasharray="4 3">
<line x1="200" y1="140" x2="200" y2="30"/>
<line x1="200" y1="140" x2="250" y2="92"/>
</g>
<path d="M200,95 A45,45 0 0 1 232,109" fill="none" stroke="#7a52c0" stroke-width="1.3"/>
<path d="M250,170 Q275,167 294,158" fill="none" stroke="#7a52c0" stroke-width="1.5" marker-end="url(#rmb)"/>
<defs>
<marker id="rmb" markerWidth="9" markerHeight="9" refX="7" refY="3" orient="auto"><path d="M0,0 L7,3 L0,6 z" fill="#7a52c0"/></marker>
</defs>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="220" y="93" fill="#7a52c0">θ</text>
<text x="266" y="188" fill="#7a52c0">φ</text>
<text x="275" y="84" fill="#c93c41" text-anchor="middle">R sinθ dφ</text>
<text x="240" y="113" fill="#c93c41" text-anchor="end">R dθ</text>
</g>
<text x="200" y="272" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" text-anchor="middle" fill="#1b3a8a">ds² = R²(dθ² + sin²θ dφ²)</text>
</svg>
</div>.rm-fig { margin: 0; text-align: center; }
.rm-fig svg { width: 100%; max-width: 420px; height: auto; }図が形の由来を説明しています。 を だけ動かすと子午線に沿って 進み、 を だけ動かすと緯線に沿って 進みます。両者は直交するので、三平方の定理から上の線素が出ます。
の因子が球面の特徴です。極に近づく()ほど緯線は短くなり、赤道()で最も長くなります。この非一様性が、球面が平面と等長でないことの現れです。
例: グラフと回転面
の中の曲面には、いつでも誘導計量が入ります。まず関数のグラフの場合を計算します。
のグラフを と表します。 を に代入すると、次を得ます。
成分は 、、 です。 が定数なら平面の計量に戻ります。
回転面も同様です。 平面の曲線 を 軸のまわりに回した曲面では、計算して整理すると次の線素になります。
、 とすれば となって球面の計量が再現されます。 と定数にとれば で、これは円柱の計量です。
例: 上半平面の双曲計量
正定値でありさえすればよいので、ユークリッド計量とはまったく違う計量も入れられます。上半平面 に次の計量を入れます。
成分は で です。 なので正定値になり、確かにリーマン計量の条件を満たします。
<div class="rm-fig">
<svg viewBox="0 0 400 240" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="上半平面の双曲計量。同じ見た目の長さの線分でも実軸に近いほど双曲長が大きくなることと、測地線が実軸に直交する半円と垂直半直線であることを示す図。">
<rect x="0" y="0" width="400" height="240" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<rect x="15" y="32" width="370" height="163" rx="6" fill="#eaf1fd" fill-opacity="0.65"/>
<g fill="none" stroke="#7a52c0" stroke-width="1.8">
<path d="M200,195 A70,70 0 0 1 340,195"/>
<path d="M295,195 A35,35 0 0 1 365,195"/>
<line x1="225" y1="195" x2="225" y2="62"/>
</g>
<g stroke="#8a9099" stroke-width="1">
<line x1="30" y1="195" x2="30" y2="60"/>
<line x1="26" y1="155" x2="34" y2="155"/>
<line x1="26" y1="115" x2="34" y2="115"/>
<line x1="26" y1="75" x2="34" y2="75"/>
</g>
<g stroke="#c93c41" stroke-width="3.5">
<line x1="60" y1="75" x2="120" y2="75"/>
<line x1="60" y1="155" x2="120" y2="155"/>
</g>
<line x1="15" y1="195" x2="385" y2="195" stroke="#5a6270" stroke-width="2.4"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="11" fill="#5a6270">
<text x="16" y="159">1</text>
<text x="16" y="119">2</text>
<text x="16" y="79">3</text>
</g>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="11" text-anchor="middle" fill="#c93c41" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="90" y="66">双曲長 L/3</text>
<text x="90" y="146">双曲長 L</text>
</g>
<text x="302" y="100" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12" fill="#7a52c0" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">測地線</text>
<text x="360" y="211" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="11" fill="#5a6270">y = 0</text>
<text x="200" y="230" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" text-anchor="middle" fill="#1b3a8a">ds = √(dx² + dy²) / y</text>
</svg>
</div>.rm-fig { margin: 0; text-align: center; }
.rm-fig svg { width: 100%; max-width: 420px; height: auto; }図の 2 本の線分はユークリッド的には同じ長さ ですが、双曲的な長さは高さ で割った値になります。実軸に近づくといくらでも長くなるので、実軸は無限の彼方にあり、 の点としては存在しません。
この計量のガウス曲率は至るところ で、双曲幾何のモデルになります。測地線は実軸に直交する半円と、実軸に垂直な半直線です。平行線公準の成り立たない幾何が、リーマン計量ひとつで実現できるわけです。
例: 平坦トーラス
計量は多様体の形とは独立に選べます。トーラス に、 の計量から降りてくる計量を入れてみます。
平行移動はユークリッド計量を保つので、商にも計量が定まります。局所的には平面とまったく同じ、すなわちガウス曲率が至るところ の平坦なトーラスです。
一方、 の中にドーナツとして埋め込んだトーラスには、包含写像による誘導計量が入ります。こちらは外側で正、内側で負の曲率をもち、平坦ではありません。同じ多様体 に、まったく違う計量が入っている例です。
平坦トーラスは に 級では等長に埋め込めません。コンパクトな曲面は必ず正の曲率をもつ点をもつからです。ところが 級なら埋め込めることが知られており、最後に触れる Nash–Kuiper の定理の帰結になっています。
例: 直積計量
2 つのリーマン多様体から新しいものを作れます。 と の直積 に計量を入れます。
という自然な分解があるので、成分ごとに内積を入れて足せば計量になります。線素で書けば単純な和です。
円周 に弧長の計量を入れ、その直積 をとると平坦トーラスが得られます。 なら平坦な円柱です。
直積計量では 方向と 方向がつねに直交します。計量テンソルはブロック対角になり、行列式も各因子の行列式の積になります。
計量の引き戻し
写像を通じて計量を移す操作を見ます。滑らかな写像 があり、 にリーマン計量 が入っているとします。
微分 を使って、 上の双線型形式 を定めます。
<div class="rm-fig">
<svg viewBox="0 0 400 250" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="写像 f による計量の引き戻し。M の点 p の接ベクトル X, Y を微分 df で N に送り、N の内積で測る様子を示す図。">
<rect x="0" y="0" width="400" height="250" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<ellipse cx="95" cy="145" rx="78" ry="58" fill="#eaf1fd" stroke="#1b4fb8" stroke-width="1.5"/>
<ellipse cx="305" cy="145" rx="78" ry="58" fill="#ede7f8" stroke="#7a52c0" stroke-width="1.5"/>
<line x1="150" y1="66" x2="255" y2="66" stroke="#1b3a8a" stroke-width="1.6" fill="none" marker-end="url(#rmd)"/>
<line x1="178" y1="152" x2="222" y2="152" stroke="#1b3a8a" stroke-width="1.4" fill="none" stroke-dasharray="5 3" marker-end="url(#rmd)"/>
<defs>
<marker id="rmd" markerWidth="9" markerHeight="9" refX="7" refY="3" orient="auto"><path d="M0,0 L7,3 L0,6 z" fill="#1b3a8a"/></marker>
<marker id="rme" markerWidth="9" markerHeight="9" refX="7" refY="3" orient="auto"><path d="M0,0 L7,3 L0,6 z" fill="#c93c41"/></marker>
</defs>
<g stroke="#c93c41" stroke-width="1.8" fill="none" marker-end="url(#rme)">
<line x1="80" y1="150" x2="125" y2="122"/>
<line x1="80" y1="150" x2="118" y2="178"/>
<line x1="300" y1="150" x2="345" y2="128"/>
<line x1="300" y1="150" x2="336" y2="180"/>
</g>
<circle cx="80" cy="150" r="3.6" fill="#c93c41"/>
<circle cx="300" cy="150" r="3.6" fill="#c93c41"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="38" y="102" fill="#1b3a8a">M</text>
<text x="356" y="102" fill="#7a52c0">N</text>
<text x="66" y="146" fill="#c93c41" font-size="12">p</text>
<text x="306" y="140" fill="#c93c41" font-size="12">f(p)</text>
<text x="130" y="118" fill="#c93c41" font-size="12">X</text>
<text x="122" y="189" fill="#c93c41" font-size="12">Y</text>
<text x="350" y="124" fill="#c93c41" font-size="12">df X</text>
<text x="340" y="192" fill="#c93c41" font-size="12">df Y</text>
<text x="202" y="56" fill="#1b3a8a" text-anchor="middle" font-size="12">f</text>
<text x="200" y="144" fill="#1b3a8a" text-anchor="middle" font-size="12">dfₚ</text>
</g>
<text x="200" y="232" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" text-anchor="middle" fill="#1b3a8a">(f*h)(X, Y) = h(df X, df Y)</text>
</svg>
</div>.rm-fig { margin: 0; text-align: center; }
.rm-fig svg { width: 100%; max-width: 420px; height: auto; }対称性と双線型性は からそのまま受け継がれます。問題は正定値性で、 が になるのは のときに限ります。
したがって がリーマン計量になるのは、 が各点で単射のとき、すなわち がはめ込みのときに限ります。はめ込みでなければ、つぶれた方向の長さが になってしまいます。
誘導計量と第一基本形式
引き戻しの最も重要な使い道が、部分多様体への計量の誘導です。
を部分多様体とし、包含写像を とします。 ははめ込みなので、引き戻し は 上のリーマン計量になります。これを誘導計量と呼びます。
球面やグラフ、回転面の計量として先に計算したものは、すべてこの誘導計量です。曲面論では を第一基本形式といい、古典的には次のように書かれます。
、、 という対応です。ガウスの驚異の定理が「曲率は第一基本形式だけで決まる」と述べるとき、それは誘導計量だけから決まるという意味になります。
リーマン計量はいつでも存在する
どんな多様体にも計量が入るのか、という問いには肯定的な答えがあります。
すべての滑らかな多様体はリーマン計量をもちます。多様体が Hausdorff かつパラコンパクトであることから、1 の分割を使って構成できます。
作り方は被覆と 1 の分割の選び方に依存します。計量は多様体に付け加える構造であって、多様体から一意に決まるものではありません。
構成は素直です。座標近傍による被覆 をとり、各 上では座標を通してユークリッド計量を引き戻した計量 を置きます。これに従属する 1 の分割 を用いて和をとります。
各点の近傍では和が有限個の項に収まるので、 は滑らかに定まります。正定値性も保たれます。 で各 が正定値、しかもどの点でも となる が少なくとも 1 つ存在するからです。
この構成はパラコンパクト性に依存しています。1 の分割が使えない病的な空間では、計量の存在は保証されません。
等長写像
計量を保つ写像が、リーマン幾何における同型です。
微分同相 が を満たすとき、 を等長写像といいます。定義から は曲線の長さ、角度、体積、距離をすべて保ちます。
各点の近傍で等長写像になっているとき、局所等長写像といいます。平面と円柱は局所等長ですが、大域的には等長ではありません。紙を丸めても長さが変わらない、という事実の言い換えです。
球面と平面は局所的にすら等長ではありません。ガウス曲率が等長不変量で、球面では正、平面では だからです。平面の世界地図に必ず歪みが生じるのは、この定理の帰結になっています。
共形変換
長さは変えるが角度は保つ、という変換もあります。
滑らかな関数 を使って と計量を取り替える操作を共形変換といいます。長さは点ごとに 倍されますが、角度の定義式では分子と分母に同じ因子が現れて打ち消し合います。
上半平面の双曲計量は、ユークリッド計量の共形変換 にあたります。双曲平面の図で角度が見た目どおりに読めるのはこのためで、Poincaré モデルが等角モデルと呼ばれる理由でもあります。
接空間と余接空間の同一視
計量があると、ベクトルと 1 形式を同一視できます。
に対して、 という 1 形式を対応させます。 が正定値なので、この対応 は同型になります。成分で見れば添字を下げる操作です。
ここで は の逆行列です。添字の上げ下げと呼ばれる操作で、計量がなければ と のあいだに自然な同型はありません。
この同一視はテンソルの型を移すのにも使われます。計量がベクトルと余ベクトルの翻訳装置として働く、というのがリーマン幾何の計算の基本になります。
勾配
添字の上げ下げの具体例が勾配です。関数の勾配は、計量がなければ定義できません。
滑らかな関数 の微分 は 1 形式で、これは計量なしに定まります。対応するベクトル場が勾配 で、次の関係で特徴づけられます。
成分で書くと です。ユークリッド計量なら なので、見慣れた偏微分の並びに戻ります。
極座標では 、 なので、勾配は となります。教科書に現れる の因子は、計量の逆行列から来ているわけです。
測地線
長さを最小にする曲線が測地線です。ここでは定義と位置づけだけを述べます。
2 点を結ぶ曲線の長さを最小にする変分問題を解くと、測地線の方程式が得られます。局所座標では、Christoffel 記号 を用いて次の形になります。
は とその 1 階微分だけから作られます。つまり測地線は計量だけで決まり、余分な構造は要りません。
ユークリッド空間では直線、球面では大円、上半平面では実軸に直交する半円が測地線です。測地線は局所的には最短ですが、大域的に最短とは限りません。球面の大円で長いほうの弧をとれば、最短でない測地線の例になります。
擬リーマン計量とローレンツ計量
正定値性を落とすと、別の幾何が現れます。
各点で正定値。長さが正の値として定まり、距離関数が作れて は距離空間になる。
正定値の代わりに非退化のみを課す。 が負にもなり、距離関数は作れない。
非退化とは、 がすべての で成り立つのは のときに限る、という条件です。符号数が の場合をローレンツ計量といい、 上の Minkowski 計量が典型例になります。
は負・零・正のいずれの値もとり、それぞれ時間的・光的・空間的な方向に対応します。一般相対性理論の時空は、この符号数のローレンツ多様体としてモデル化されます。
正定値性を落とすと距離関数が作れず、距離空間になるという性質は失われます。リーマン計量の正定値という条件が、幾何をどれだけ支えていたかが見えてきます。
Nash の埋め込み定理
最後に、抽象的なリーマン多様体とユークリッド空間の中の曲面との関係に触れます。
これまで見た球面やグラフ、回転面の計量は、いずれも からの誘導計量でした。逆に、抽象的に与えられたリーマン多様体は、必ずユークリッド空間の中に実現できるのか、という問いが立ちます。
Nash が 1956 年にこれを肯定的に解決しました。 次元リーマン多様体は、十分大きい をとれば に等長に埋め込めます。コンパクトなら 、非コンパクトでも で足ります。
等長に埋め込むとは、ユークリッド計量の引き戻しがもとの計量に一致することです。つまり抽象的なリーマン多様体も、原理的にはすべて の中の曲面として見られます。
級まで落とすと事情が変わります。Nash–Kuiper の定理により、 でも 級の等長埋め込みが作れます。平坦トーラスが に では等長に埋め込めるのに では不可能なのは、この滑らかさの差によるものです。
理解の確認
最後に 1 問。計量が多様体に対してどういう位置にあるかを思い出してください。
リーマン計量について正しいものはどれですか。
- 多様体が与えられれば、リーマン計量はただ 1 つに定まる
- 滑らかな多様体には必ずリーマン計量が入るが、標準的なものは定まらない
- 成分 が定数でなければ、その多様体は曲がっている
- 計量が定まるのは、多様体が の部分多様体であるときに限る










1 の分割を使えば、どんな滑らかな多様体にもリーマン計量が構成できます。ただし作り方は被覆と 1 の分割の選び方に依存するので、標準的な計量は定まりません。成分については、平坦な平面でも極座標なら ds2=dr2+r2dθ2 となるように、定数でなくても曲がっているとは限りません。また Nash の定理により抽象的な多様体も RN に等長に埋め込めるので、最後の選択肢も誤りです。