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小さい標本ほど裾が伸びる、t 分布の定義と自由度の意味

自由度 10 の t 分布で、両側 5% を切りわける点は 2.228 です。正規分布なら 1.960[2]。

同じ 5% でも、t 分布のほうが遠くまで行かないと届きません。自由度 1 まで下がると 12.706 になる。

標本が小さいほど遠くへ行く。この伸び方が、t 分布の中身です。

定義

と が独立のとき、次の量は自由度 の t 分布に従います[1]。

記号は と書く。分子は標準正規、分母はカイ二乗を自由度で割って平方根をとったものです。

正規分布との違いは分母にあります。 を定数で割れば正規分布のままですが、ここでは割る相手も揺れている。

分母が揺れると、大きい値と小さい値の効き方が非対称になります。分母がたまたま小さく出た回に、 が大きく跳ねる。

を で割れば になり、 で割れば 。上への振れ幅のほうが大きい。

密度関数

密度は次の形になります[1]。

の入り方が だけなので、 について左右対称です。歪度は [2]。

正規分布の が指数の減り方なのに対し、こちらは の負べきです。減り方がゆるく、裾が下がりきらない。

裾の重さを数字で見る

自由度 3 の t 分布で となる確率は 0.0577 です。標準正規なら 0.0027。

同じ「 の外」でも 21 倍ちがう。正規分布の感覚で外れ値を判定すると、t 分布では引っかかりすぎます。

頂点の高さも下がります。自由度 10 で の密度は 0.3891、正規分布は 0.3989。この差が両端へまわっている。

モーメントは全部そろわない

対称なので奇数次のモーメントは です。ただし「存在すれば」という但し書きがつきます。

次のモーメントが存在するのは のときだけ[1]。自由度が小さいと、次数の高いところから順に落ちていく。

分散は で次の値です。

自由度 10 なら 1.25 で、標準正規の より大きい。尖度は で になります[2]。

自由度 1 はコーシー分布

を密度に入れると です。コーシー分布になります[2]。

この分布には平均がありません。 が発散するためです。

標本を何個集めても平均が落ち着かない。大数の法則が効かない分布が、t 分布の端に置かれています。

自由度が上がると正規分布に戻る

で です。前の係数も に近づく[1]。

近づき方は表で見ると早い。自由度 30 で、両側 5% の点はもう正規分布と 0.082 しか違いません。

自由度両側 5% の点正規との差
112.70610.746
52.5710.611
102.2280.268
302.0420.082
1001.9840.024

自由度 30 を超えたあたりで正規分布に置きかえてよい、という目安はここから来ます[2]。

標本平均を標準化すると出てくる

が からの無作為標本のとき、標本平均 と標本分散 を使った次の量が に従います[3]。

母分散 が式から消えているところが要点です。分子と分母の両方に入っていて、割り算で相殺される。

と が独立

3 つの部品がそろって初めて定義の形になります。どれか 1 つでも欠けると、この分布は出てきません。

例:5 個の測定から区間をつくる

測定値が 12.1、11.8、12.6、12.0、11.5 のとき、平均は 12.0 です。

偏差の平方和は なので、、。

標準誤差は です。自由度 4 の点は 2.776 なので、幅は 。

ここで正規分布の 1.960 を使うと になります。幅が 1.42 倍ちがう。母分散を知らないことの代償が、この差です。

ゴセットが 3000 枚のカードで確かめた

導いたのはギネスの醸造技師ウィリアム・シーリー・ゴセットです。小さい標本しかとれない現場から出た問題でした[3]。

1908
Biometrika への発表

「The Probable Error of a Mean」を Student の名で発表した。ゴセットが同誌に出した 14 本すべてがこの筆名による。

1912
フィッシャーによる厳密な導出

ケンブリッジの学生だったフィッシャーが、 次元の幾何を使った証明をゴセットへ送った。

1925
変換のかたちが変わる

いまの という置き方はフィッシャーが導入し、のちにゴセット自身も採用した。

筆名の理由は、企業秘密というより雇用の秘密でした。ホテリングの記録では、統計家を雇っていること自体を競争相手に知られたくなかった[3]。

検算の方法が変わっています。3000 人の身長と左中指の長さをカードに書き写し、よく切って 4 枚ずつ 750 組にとりわけ、組ごとに平均と標準偏差を出した。

統計学で最も早い時期のシミュレーションのひとつです[3]。

証明には穴があった

ゴセットは の分布を最初の 4 つのモーメントから推し量り、カイ二乗だろうと述べています。本人が「実際の証明はないが、そう仮定して進む」と書いた[3]。

この分布は 1876 年にヘルメルトがすでに導いていました。ドイツ語で出ていたため、イギリス側に伝わっていなかった。

と の独立性も、示せたのは無相関までです。共分散は なので、歪みがなければ になる[3]。

無相関と独立は別物です。ここが独立と同値になるのは正規分布に限る、という事実が後から確かめられました。

自由度 2 の t 分布について、正しいのはどれですか。

  • 平均も分散も存在する
  • 平均は存在するが分散は存在しない
  • 平均も分散も存在しない
__RESULT__

次のモーメントが存在するのは のときです。 では が成り立たないので分散は存在せず、1 次のモーメントは条件を満たすので平均は になります。両方とも存在しないのは のコーシー分布です。

母分散を知らないという一点だけで、正規分布の 1.960 が 2.228 に変わる。自由度は、その代償の大きさを表す数です。

参考文献

Student distribution. Encyclopedia of Mathematics.
t Distribution および Critical Values of the Student's t Distribution. NIST/SEMATECH e-Handbook of Statistical Methods.
S. L. Zabell, *On Student's 1908 Article "The Probable Error of a Mean"*. Journal of the American Statistical Association 103(481), 2008.
自由度 10 で両側 5% を切りわける点は 2.228、正規分布なら 1.960。自由度 1 まで下がると 12.706 まで伸びます。分子が標準正規で分母がカイ二乗、その分母も揺れることが裾の重さを生む。自由度 3 では $|T| > 3$ の確率が 0.0577 で、正規分布の 0.0027 の 21 倍になります。$2r$ 次のモーメントは $2r < n$ のときしか存在せず、自由度 1 のコーシー分布には平均すらない。母分散を知らない代償は、5 個の測定では信頼区間の幅が 1.42 倍になるという形で出ます。ギネスの技師ゴセットが 3000 枚のカードを切って確かめたこと、$S^2$ の分布とその独立性が当時まだ証明されていなかったことまで。