代数的閉体とは|定義・代数学の基本定理・代数閉包
代数的閉体とは、多項式の方程式がいつでも解ける体のことです。
体 の上の 次以上の多項式 が、どれも の中に根を持つとき、 を代数的閉体といいます。英語では algebraically closed field です。
以下では定義から始め、実数体や有限体がなぜ代数的閉体でないのかを確かめます。同値な言い換え、代数学の基本定理、代数閉包の存在と一意性まで、証明を付けて追います。
代数的閉体の定義
体 が代数的閉体であるとは、 をみたすどの にも、 となる が存在することをいいます。
定数多項式を外してあるのは、 でない定数には根がないからです。 に根を要求すると、どんな体も条件を満たせません。
根が の中にある、というところが要です。 の外まで探せば根は見つかるので、条件になりません。
直観: 方程式がいつでも解ける世界
方程式を解くとき、答えが体の外に出てしまうことがあります。 を有理数の範囲で解こうとすると、解が有理数でないので手が止まります。
そこで を付け加えて体を広げます。ところが今度は が解けません。付け加えては足りない、を繰り返すことになります。
この繰り返しが終わった状態が代数的閉体です。どんな方程式を持ってきても、解を探しに外へ出る必要がありません。
計算例: 実数体は代数的閉体ではない
を考えます。実数 に対して なので、次が成り立ちます。
は決して になりません。 なのに根がないので、 は代数的閉体ではありません。
計算例: 有理数体は代数的閉体ではない
に有理数の根があったとします。既約分数 と書けて です。
右辺は偶数なので も偶数、したがって も偶数です。 と置くと 、すなわち になります。
同じ理由で も偶数です。 と がともに偶数となり、既約分数だという仮定に反します。
よって は有理数の根を持たず、 は代数的閉体ではありません。
計算例: 有限体は代数的閉体ではない
を有限体とし、その元をすべて並べて とします。次の多項式を作ります。
なので、 は定数ではありません。体には少なくとも と があるからです。
どの を入れても、積の部分に という因子が現れます。
のどの元も根になりません。したがって有限体は代数的閉体ではありません。
証明: 代数的閉体は無限体である
前の節でやったことが、そのまま証明になります。
を代数的閉体とし、有限体だと仮定します。元をすべて並べて とし、 を作ります。
は 次以上で、どの でも値が です。 の中に根がありません。
これは が代数的閉体だという仮定に反します。よって は無限体です。
標数は関係ありません。標数 でも なので、同じ議論が通ります。
同値な言い換え
代数的閉体であることは、次のどれとも同値です。どれか 1 つを示せば残りも従います。
以下の 3 節で、上から 4 つの同値性を証明します。5 つ目は計算例の節で扱います。
証明: 根を持つことと 次式の積に分かれること
まず、分解するなら根を持つことは明らかです。 次式 を因子に持つので、 が根になります。
逆を次数についての帰納法で示します。 なら 自身が 次式なので、主張は成り立ちます。
とします。仮定から根 が取れます。 を で割ると、余りは定数 です。
を代入すると となり、余りは です。したがって次のように書けます。
に帰納法の仮定を使えば 次式の積に分かれ、 も分かれます。
証明: 既約多項式が 次にかぎること
を代数的閉体、 を既約多項式とし、 と仮定します。
仮定から は根 を持ちます。前の節の割り算により と書け、 です。
どちらの因子も定数ではないので、これは が既約だという仮定に反します。よって です。
逆向きも見ておきます。既約多項式が 次だけだとしましょう。 は一意分解整域なので、 次以上の は既約多項式の積に分かれます。
その因子はすべて 次なので、 は 次式の積です。したがって根を持ちます。
証明: 真の代数拡大を持たないこと
を代数的閉体とし、 を の代数拡大とします。 を取ると、 の 上の最小多項式 が定まります。
は既約なので、前の節から です。 と書けて から となります。
のどの元も に入るので です。真の代数拡大はありません。
逆を示します。 に真の代数拡大がないとし、 次以上の を取ります。 の既約因子を とします。
は既約なので は極大イデアルで、剰余環 は体になります。この体は の代数拡大で、拡大次数は です。
仮定からこれは 自身なので です。よって は 次式を因子に持ち、根を持ちます。
極大イデアルと剰余体については極大イデアルの定義と性質を参照してください。
計算例: を 3 つの体で分解する
同じ多項式でも、どの体で見るかによって分解の細かさが変わります。
の上では次までしか分かれません。
の上でも同じです。 は実数の根を持たないので、これ以上は割れません。
の上では と分かれます。
次の多項式が 次式 個に分かれました。代数的閉体では、これがいつでも起きます。
計算例: 固有ベクトルがいつでも存在する
を代数的閉体、 を の元を成分とする 次正方行列とします()。
固有多項式 は について 次です。 なので、仮定から根 を持ちます。
ということは、行列 が正則でないという意味です。
したがって をみたす が存在します。これは と書けて、 が固有ベクトルになります。
の上では成り立ちません。 度の回転行列は実数の固有値を持たず、実の固有ベクトルもありません。
代数学の基本定理
代数的閉体のいちばん身近な例が複素数体です。
複素数係数の 次以上の多項式は、複素数の範囲で必ず根を持ちます。これを代数学の基本定理といいます。
言い換えると、 は代数的閉体です。名前に「代数学」とありますが、証明には解析が要ります。
証明: リウヴィルの定理を使う
を 次以上の複素係数多項式とし、根を持たないと仮定します。
は 全体で にならないので、 は 全体で正則です。
次に での様子を見ます。最高次の項が他を押さえるので、 を大きく取れば はいくらでも大きくなります。
そこで半径 を十分大きく取り、 で となるようにします。
閉円板 はコンパクトなので、連続関数 はそこで最小値を取ります。最小を与える点を とします。
では値が より大きいので、最小は円板の内部で取られています。よって は 全体での最小値です。
すると は 全体で をみたし、有界になります。
リウヴィルの定理から、有界な整関数は定数です。 が定数なら も定数で、 に反します。
したがって は根を持ちます。
純粋に代数的な証明はない
上の証明は複素解析を使いました。実は、まったく解析を使わない証明は知られていません。
代数的とされる証明でも、実数について次の 2 つを認める必要があります。
どちらも中間値の定理から出る事実で、実数の連続性に依存します。 や の構成そのものが解析的なので、これは避けられません。
代数閉包の定義
体 に対して、次の 2 つをみたす体 を の代数閉包といいます。
2 つ目の条件が効いています。 のどの元も 係数の多項式の根になっていて、余計なものが入りません。
記号は のほか とも書きます。
「最小の代数的閉体」という言い方
代数閉包を「 を含む最小の代数的閉体」と説明することがあります。意味は通りますが、そのままでは定義になりません。
正しくは次のとおりです。 を を含む代数的閉体とすると、 の中で 上代数的な元を集めた集合は の代数閉包になります。
つまり を含むどの代数的閉体も、 の代数閉包のコピーを内側に持ちます。この意味で最小だといえます。
言い換えを使うときは、代数拡大であるという条件が隠れていることを意識してください。
証明: 代数的な元の全体は体をなす
を の拡大体、 を 上代数的な元とします。, , も代数的であることを示します。
まず有限次拡大が代数拡大であることを見ます。 とし、 を取りましょう。
は 個の元で、 は 上 次元です。個数が次元を超えているので、これらは一次従属になります(一次独立と一次従属)。
自明でない関係 が取れるので、 は 係数の でない多項式の根です。よって は代数的です。
次に を見ます。 が代数的なので は有限、 は 上代数的だから 上でも代数的で も有限です。
拡大次数の積の公式から は有限になります。
, , はどれも の元です。有限次拡大は代数拡大なので、これらは代数的です。
したがって代数的な元の全体は体をなします。
直観: 根を全部足していく
代数閉包を作る気持ちは単純です。足りない根を付け加える、を止まるまで繰り返します。
から始めましょう。 の根を足して にします。今度は が解けないので、その根も足します。
ここで問題が起きます。付け加えるべき多項式が無限にあり、しかも付け加えるたびに新しい多項式が現れます。
素朴に 1 つずつ足していく方法では終わりません。全部いっぺんに足す仕掛けが要ります。それがアルティンの構成です。
存在: アルティンの構成
を体とし、 を の 次以上のモニック多項式全体とします。
各 に変数 を 1 つずつ用意し、それらすべてを添加した多項式環を とします。変数の個数は無限です。
のイデアル を、 たち( は を動く)が生成するものとします。「 を の根にせよ」という要求を一斉に書いた形です。
は真のイデアルです。 そうでなければ、有限個の関係で が書けます。
がすべて根を持つ有限次拡大 を取ります。 をその根へ、他の変数を へ送る準同型 を考えましょう。
右辺は各項が になるので に、左辺は に写ります。 は体なので であり、矛盾します。
真のイデアルは極大イデアルに含まれます(すべての環は極大イデアルをもつ)。 を取り、 と置きます。
は体で、 を含み、 のどの 次以上の多項式も に根を持ちます。 の像がその根です。
同じことを に対して繰り返し、 を作ります。合併 を取りましょう。
次以上の は係数が有限個なので、どれかの に入ります。すると は に根を持ち、それは の元です。
よって は代数的閉体です。最後に の中で 上代数的な元を集めれば、 の代数閉包が得られます。
直観: なぜ選択公理が要るのか
上の構成で選択公理を使ったのは、真のイデアルを極大イデアルに広げるところです。
変数が無限個あるので、極大イデアルを具体的に書き下せません。ツォルンの補題で「これ以上大きくできないもの」の存在だけを言っています。
有限次の拡大なら、多項式を 1 つずつ処理すれば足ります。無限に付け加える必要があるからこそ、非構成的な道具が要るのです。
代数閉包が「ある」ことは分かっても、その元を全部書き出す方法はない。そういう対象だと思ってください。
一意性: ツォルンの補題による
と を の代数閉包とします。 の元を動かさない同型が存在することを示します。
中間体と準同型の組 を考えます。 で、 は 上恒等なものです。
順序を ⟺ かつ が の延長、と定めます。鎖の合併が上界になるので、ツォルンの補題から極大元 が取れます。
です。 そうでなければ が取れます。
の 上の最小多項式を とし、係数を で写した多項式を とします。 は代数的閉体なので、 は根 を持ちます。
を使えば、 で を まで延ばせます。これは極大性に反します。
こうして が得られました。体の準同型なので単射です。
全射も従います。 像 は代数的閉体です。一方 は 上代数的なので、 上でも代数的です。
代数的閉体は真の代数拡大を持たないので、 です。よって は同型になります。
同型は一意ではありません。一意なのは「同型が存在すること」のほうです。
計算例: 代数的数の全体
の代数閉包 は、有理数係数の多項式の根をすべて集めた体です。その元を代数的数といいます。
は の根、 は の根なので、どちらも に入ります。
の根は , , の 3 つです( は の原始 乗根)。3 つとも代数的数になります。
なお を代数的数体と呼ぶ流儀もありますが、代数体といえば の有限次拡大を指すのがふつうです。混同を避けるなら、代数的数全体のなす体と呼ぶのが安全でしょう。
証明: 代数的数は可算である
まず が可算であることを見ます。 次以下の多項式は係数の組 で決まります。
は可算なので も可算です。次数について合併を取ると、可算集合の可算合併なので は可算になります。
次に、 でない 次多項式の根は高々 個です。根 ごとに で割れるので、 個を超えると次数が足りません。
代数的数の全体は、 の各元の根を集めたものです。可算個の有限集合の合併なので可算になります。
で無限集合なので、 は可算無限です。
計算例: 代数閉包と複素数体は違う
は非可算です。カントールの対角線論法から、実数の全体がすでに非可算だからです。
一方 は可算でした。濃度が違うので、 は の真の部分体になります。
差にあたる元、つまり代数的でない複素数を超越数といいます。 と が有名な例です。
<svg viewBox="0 0 700 320" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" style="max-width:100%;height:auto;display:block;margin:0 auto"><rect x="60" y="50" width="580" height="230" rx="10" fill="none" stroke="#8a8a8a" stroke-width="1.5"/><text x="80" y="76" font-size="14" fill="#1f1f1f">C</text><text x="96" y="76" font-size="11" fill="#8a8a8a">(非可算)</text><ellipse cx="280" cy="175" rx="160" ry="85" fill="#ebf5ff" fill-opacity="0.55" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><ellipse cx="420" cy="175" rx="160" ry="85" fill="#ebf5ff" fill-opacity="0.55" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><ellipse cx="350" cy="175" rx="55" ry="38" fill="#ffffff" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><text x="160" y="130" font-size="14" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">R</text><text x="540" y="130" font-size="14" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">Q</text><line x1="533" y1="118" x2="547" y2="118" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><text x="562" y="130" font-size="11" fill="#8a8a8a">(可算)</text><text x="350" y="207" font-size="13" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">Q</text><text x="175" y="188" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">π</text><text x="525" y="188" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">i</text><text x="350" y="126" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">√2</text><text x="350" y="176" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">1/2</text><text x="350" y="302" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">Q の代数閉包は C の中にあり、超越数のぶんだけ小さくなります</text></svg>も も代数的閉体です。代数的閉体だからといって、大きさが決まるわけではありません。
計算例: 2 元体の上で分解しない多項式
の上で を考えます。
代入できるのは と の 2 つだけです。 で、 に注意すると になります。
どちらも ではないので、 は に根を持ちません。 次で根がないので は既約です。
そこで剰余環を取って体を広げます。
の像を と書くと です。 の 4 元からなり、 はここで と分かれます。
有限体の代数閉包
を作っても、そこにはまた根を持たない多項式があります。有限体である以上、これは避けられません。
そこで無限に上っていきます。 となるのは が を割り切るときなので、階乗を使うときれいな塔が作れます。
<svg viewBox="0 0 700 200" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" style="max-width:100%;height:auto;display:block;margin:0 auto"><defs><marker id="ff-a" viewBox="0 0 10 10" refX="9" refY="5" markerWidth="7" markerHeight="7" orient="auto"><path d="M 0 0 L 10 5 L 0 10 z" fill="#1b81e0"/></marker></defs><rect x="50" y="70" width="95" height="46" rx="4" fill="#ebf5ff" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><text x="97" y="100" font-size="15" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">F<tspan font-size="10" dy="4">p</tspan></text><line x1="147" y1="93" x2="163" y2="93" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5" marker-end="url(#ff-a)"/><rect x="165" y="70" width="95" height="46" rx="4" fill="#ebf5ff" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><text x="212" y="100" font-size="15" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">F<tspan font-size="10" dy="4">p</tspan><tspan font-size="9" dy="-6">2</tspan></text><line x1="262" y1="93" x2="278" y2="93" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5" marker-end="url(#ff-a)"/><rect x="280" y="70" width="95" height="46" rx="4" fill="#ebf5ff" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><text x="327" y="100" font-size="15" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">F<tspan font-size="10" dy="4">p</tspan><tspan font-size="9" dy="-6">6</tspan></text><line x1="377" y1="93" x2="393" y2="93" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5" marker-end="url(#ff-a)"/><rect x="395" y="70" width="95" height="46" rx="4" fill="#ebf5ff" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><text x="442" y="100" font-size="15" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">F<tspan font-size="10" dy="4">p</tspan><tspan font-size="9" dy="-6">24</tspan></text><line x1="492" y1="93" x2="506" y2="93" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"/><text x="519" y="99" font-size="15" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">…</text><line x1="532" y1="93" x2="543" y2="93" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5" marker-end="url(#ff-a)"/><rect x="545" y="70" width="120" height="46" rx="4" fill="#ffffff" stroke="#1b81e0" stroke-width="2"/><text x="605" y="100" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">合併が代数閉包</text><text x="350" y="158" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">指数は 1!, 2!, 3!, 4!, … で、n! は (n+1)! を割り切るので本物の塔になります</text><text x="350" y="180" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">どの有限体 F(p^k) も k が k! を割るので、この塔のどこかに入ります</text></svg>合併を と置きます。 次以上の は係数が有限個なので、どれかの に入ります。
は有限次拡大 に根を持ちます。 と置けば は を割るので、この体は に含まれ、根は の元です。
よって は代数的閉体で、 の代数閉包になります。有限体の合併なので可算です。
よくある誤り
最後に、間違えやすい点を並べておきます。
どれも定義に戻れば防げます。 次以上のすべてが対象であること、代数拡大という条件があること、この 2 点を押さえてください。










