層とはなにか?局所を貼って大域を作るための約束ごと
層は、局所的なデータを貼り合わせて大域的なデータにするための約束ごとです。
開集合ごとにデータを置き、小さい開集合へ制限できるようにする。ここまでが前層です。
そこに 2 つの条件を足すと層になります。重なりで一致する局所データが、ただ 1 つの大域データに貼り合わさる、という条件です。
以下では前層から始め、層でない例を 3 つ作ります。茎・層化・構造層まで進み、大域切断がどこで足りなくなるかを見る。
前層
位相空間 の上の前層 とは、次の 2 つの組です[1]。
各開集合 に集合 を対応させ、包含 ごとに制限写像を与えます。
条件は 2 つです。 が恒等写像であること、 に対して が成り立つこと。
値は集合でも群でも環でもよく、その場合は制限写像も準同型にします。代数幾何では環や加群を使います。
の元を の上の切断といい、 という記法で制限を書きます。
2 つの公理
前層に次を足すと層になります[1]。
一意性は「局所的に同じなら同じ」、貼り合わせは「局所的に作れるなら作れる」と読めます。
2 つを合わせると、 が局所データから完全に決まります。大域を局所から復元できる、ということです。
関数の集まりはたいていこの条件をみたします。関数であることが局所的な性質だからです。
貼り合わせを絵にする
公理の中身を描いておきます。

上の 2 本が局所切断で、薄い四角が重なりです。そこで値が一致していれば、下の 1 本にまとまります。
一意性の公理は、まとまり方が 1 通りしかないと言っています。2 通りできてしまうと、大域データが決まりません。
例: 連続関数の層
いちばん素直な例です。 を 上の連続関数の全体とします。
制限は関数の制限です。前層の条件は明らかに成り立ちます。
一意性も成り立ちます。すべての で一致する関数は、点ごとに一致するためです。
貼り合わせも成り立ちます。連続性が局所的な性質なので、各 で連続なら 全体で連続です。
したがって は層です。同じ議論が滑らかな関数や正則関数にも通ります。
例: 層にならない前層
条件が破れる例を 3 つ作ります。
すべての開集合に同じ群 を対応させ、制限を恒等写像とします。 が 2 つの交わらない開集合に分かれるとき、それぞれで違う値をとる組が貼り合わせられません。層ではありません。
の上で、有界な連続関数だけを集めます。 は各有界開区間で有界ですが、貼り合わせると有界でなくなります。貼り合わせの公理が破れます。
各 に定数関数だけを置きます。 が連結でない場合、成分ごとに違う定数をとる関数が作れません。定数前層と同じ理由で層になりません。
いずれも「局所的でない条件」を課したせいで壊れています。有界性も定数であることも、局所的な性質ではありません。
局所的に確かめられる条件だけを課すと、自然に層になります。連続性や正則性がその例です。
茎と芽
点のまわりの情報だけをとり出す道具が茎です[1]。
を含む開集合の上の切断を集め、 の近くで一致するものを同一視します。この類を芽といいます。
芽は「点の近くでの姿」です。どんな近傍でとったかは忘れます。
連続関数の層なら、 は の近くで定義された連続関数の芽の全体です。
構造層なら茎が局所環になります。 の点 での茎は です[3]。
局所から大域を作る
貼り合わせのようすを動かします。
3 本の局所切断が、重なりの上で同じ値をとっています。だから 1 本につながります。
つながる先が 1 通りしかない、というのが一意性の公理です。図では上下にずらしてある 3 本が、ぴったり重なる位置へ落ちます。
重なりで値が違えば、貼り合わせられません。その場合は大域切断が作れず、障害として残ります。
層化
前層を層に直す操作があります[1]。
前層 に対して、普遍性をもつ層 が 1 つ決まります。 から層への射が、すべて を経由する形です。
作り方の 1 つは、茎を集めて局所的に切断らしいものを集める方法です。芽の族のうち、局所的に切断から来るものを切断とします。
定数前層を層化すると、局所定数関数の層になります。成分ごとに値を選べるようになる。
茎は変わりません。層化しても、点のまわりの情報は同じです。
構造層
代数幾何でいちばん使う層が構造層です[4]。
に対して、基本開集合 の上の切断を と定めます。茎は です[5]。
大域切断は そのものに戻ります。環から空間を作り、その上の層としてもとの環を復元している形です。
スキームは、局所的にこの形をした局所環付き空間として定義されます[2]。層があって初めて、貼り合わせが意味をもちます。
位相空間だけでは足りません。同じ位相空間に別の構造層が乗ることがあります。
射は茎で判定できる
層の射 とは、各開集合ごとの写像で制限と両立するものです。
が同型であることと、すべての点で茎の写像 が同型であることが同値になります[1]。
局所で確かめれば大域が決まる、という層らしい性質です。証明には貼り合わせの公理を使います。
全射性には注意が要ります。茎で全射でも、開集合ごとの写像が全射とは限りません。
この食い違いが、大域切断が足りなくなる原因になります。
大域切断は足りないことがある
層の射が茎で全射でも、大域切断で全射になるとは限りません。
局所的に持ち上げられても、貼り合わせで失敗することがあるためです。重なりの上でずれが残ります。
このずれを測る道具が層コホモロジーです。 が大域切断そのもので、 以上が貼り合わせの障害を表します。
層の言葉を用意しておくと、この障害を群として扱えます。局所と大域の差が、計算できる対象になります。
練習
の上で、各開集合に有界な連続関数の全体を対応させる前層があります。この前層が層にならない理由はどれですか。
- 制限写像が定義できない
- 貼り合わせの公理が破れる
- 一意性の公理が破れる
- 空集合での値が決まらない
局所的に確かめられる条件かどうか。そこを見れば層になるかが分かります。
よくある誤り
まとめます。
局所で確かめられるか、という問いを最初に立てると、判定がほとんど終わります。











f(x)=x を考えます。有界開区間 (−n,n) に制限すればどれも有界で、重なりの上で一致します。ところが貼り合わせた f は R 全体では有界でないので、F(R) に入りません。有界性が局所的な性質でないことが原因です。一意性のほうは成り立ちます。