層(sheaf)は、空間上の「局所的なデータ」を、整合的に「大域的なデータ」として扱うための道具です。代数幾何学では、開集合ごとに関数や環を対応させ、それらの制限関係を通じて空間の構造を表現します。
1. 予層と層
位相空間 の上の予層(presheaf)とは、各開集合 に集合(あるいは群、環など) を対応させ、包含 に対して制限写像
を与えたものです。これらは次を満たします。
に対して恒等写像 が成り立つ
に対して が成り立つ
これが「局所的なデータを制限できる」構造です。
しかし予層の段階では、局所的なデータを貼り合わせて大域的なものにできるとは限りません。そこで登場するのが層(sheaf)です。
層とは、予層に次の貼り合わせ条件を課したものです。
開被覆 に対し、もし がすべての について を満たすなら、
各 が 上で一致していれば、それらを貼り合わせた が存在する
つまり、局所的なデータを整合的に貼り合わせることができる構造を「層」と呼びます。
2. 直感的な理解
層は「関数の集まり」を一般化した概念です。
例えば、開集合 における連続関数全体を とし、制限を通常の制限関数とすれば、これは層の典型例です。
小さな領域での関数を貼り合わせて大きな領域の関数をつくれるという性質が、層の公理に対応しています。
制限はできるが、貼り合わせが保証されていない。
局所的なデータを一貫して貼り合わせられる。
3. 代数幾何学での層
代数幾何学では、位相空間としてZariski 位相をもつ集合 (アフィンスキーム)を考えます。ここで、各開集合 に環 を対応させる層 を構造層(structure sheaf)と呼びます。
点 における茎(stalk) は、「 の近くで定義される局所的な関数」の同値類を集めたものです。これが環の局所化と一致することが、代数幾何学における重要な特徴です。
対象空間
構造層
茎
意味 点の近傍での局所的な情報
この構造層を通じて、スキームは「局所的にアフィン環のスペクトルに見える空間」として定義されます。
4. 層の役割
層は「局所から大域へ」の橋渡しを担います。代数幾何学の多くの概念──例えば正則関数、微分形式、コヒーレント層、層の共homology──はすべて層の言葉で統一的に表現されます。したがって層の理解は、スキームやコホモロジー理論を学ぶうえでの出発点となります。