有限生成アーベル群の基本定理は、代数学における最も重要な構造定理の一つである。この定理は、有限生成アーベル群がどのような形をしているかを完全に記述する。
定理の主張
有限生成アーベル群 は、巡回群の直和として一意的に表される。具体的には、
ここで は整数、 は を満たす 2 以上の整数である。この分解において、 を の階数(rank)、 を不変因子(invariant factors)と呼ぶ。
別の表現として、素数冪を用いた分解もある。
ここで は素数、 は正の整数である。この表現を基本因子分解(elementary divisor decomposition)と呼ぶ。
定理の意味
この定理は有限生成アーベル群の構造を完全に解明する。任意の有限生成アーベル群は、自由部分()とねじれ部分(有限巡回群の直和)に分解される。
の部分は群の「無限部分」を表す。この は群の階数と呼ばれ、群の本質的な大きさを測る不変量である。
の部分は有限位数の元からなる。これらは群の「有限性」を表現し、元の位数に関する情報を与える。
不変因子による分解と基本因子による分解は、同じ群を異なる視点から記述したものである。不変因子分解は可除性の関係を明示し、基本因子分解は素因数分解の構造を明示する。
具体例
位数 12 の有限アーベル群を考える。12 の素因数分解は である。
(巡回群)
(不変因子: 2, 6)
(基本因子: , 3)
(基本因子: 2, 2, 3)
これらは同型を除いて位数 12 のすべてのアーベル群である。基本定理により、有限アーベル群の分類問題は完全に解決される。
証明の概略
定理の証明は主に線形代数の技法、特に単因子論(theory of elementary divisors)に基づく。有限生成アーベル群は 加群と見なせるため、整数環上の加群論が適用できる。
有限生成アーベル群 を 加群と見なす
生成元の関係式から行列を構成する
Smith 標準形により行列を対角化する
対角成分から不変因子を読み取る
Smith 標準形は、整数行列を行と列の基本変形により対角行列に変形する手法である。この対角成分が群の不変因子に対応する。
応用と重要性
有限生成アーベル群の基本定理は、代数学の多くの分野で応用される。
ホモロジー群やコホモロジー群の計算において、この定理により群の構造を完全に決定できる。
イデアル類群の構造を調べる際、この定理が本質的な役割を果たす。類数の計算や単数群の解析に応用される。
ジョルダン標準形や単因子論など、行列の標準形理論との深い関連がある。