固有空間の求め方|次元は階数から出る・幾何的重複度と直和分解
固有値 に属する固有ベクトルを全部集め、そこへ零ベクトルを加えたものが固有空間 です。
条件は と書き直せるので、 は行列 の核にほかなりません。核だと分かれば、次元は階数を数えるだけで出ます。
固有空間の定義
を 次正方行列、 をその固有値とします。 を満たすベクトルをすべて集めたものが です。
移項すれば、同次連立方程式の解空間という見慣れた形になります。
固有値であることの定義が でしたから、 は正則ではありません。核には零ベクトル以外の元が必ず入っています。
この次元を、固有値 の幾何的重複度といいます。 に属する一次独立な固有ベクトルが何本取れるか、という数です。
なぜ零ベクトルを入れるのか
固有ベクトルの定義では、零ベクトルは除かれています。 はどんな でも成り立ってしまい、固有値を決められないからです。
ところが固有空間には、その零ベクトルをわざわざ加えます。加えないと部分空間にならず、次元という言葉が使えなくなるためです。
定義を使い分けているのではなく、集合として扱うときだけ零ベクトルを足している、と読むのが正確です。
部分空間であることの確かめ
核はいつでも部分空間ですが、固有空間の言葉でも確かめておきます。 とします。
和については、 の線形性から次のようになります。
右端がふたたび 倍の形なので、和も に属します。スカラー倍も同じ計算です。
零ベクトルも含まれているので、 は部分空間です。同じ固有値の固有ベクトルは、足しても伸ばしても同じ仲間から出ません。
次元は階数から出る
が核だと分かった以上、次元定理がそのまま使えます。
固有ベクトルを 1 本も求めずに、次元だけ先に決まってしまう点が実用的です。 を掃き出して主成分を数えれば、それで済みます。
<svg viewBox="0 0 460 180" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="230" y="26" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">列の本数が、階数の分と固有空間の次元に分かれます</text>
<rect x="60" y="60" width="220" height="38" fill="#f5f5f5" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="280" y="60" width="120" height="38" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.15" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></rect>
<text x="170" y="84" font-size="12" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">階数の分</text>
<text x="340" y="84" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">固有空間</text>
<line x1="60" y1="112" x2="400" y2="112" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="60" y1="108" x2="60" y2="116" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="400" y1="108" x2="400" y2="116" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<text x="230" y="132" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">n(行列の列の本数)</text>
<text x="230" y="164" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">階数を数えれば、固有ベクトルを求めなくても次元が出ます</text>
</svg>階数が高いほど核は痩せます。固有空間が広いということは、 がそれだけ多くの方向を潰しているということです。
例:固有ベクトルを求めずに次元だけ出す
すべての成分が の行列に を足した形の行列を見ます。
が固有値かどうかを調べます。 は全成分が の行列です。
3 つの行がすべて等しいので階数は です。したがって となります。
でない次元が出た時点で、 が固有値であることも確定しました。固有多項式を作らずに済んでいます。
例:同じ固有多項式でも次元は違う
固有多項式が になる 3 次行列を 3 つ並べます。
どれも上三角で対角成分がすべて なので、固有多項式は共通です。ところが の次元は食い違います。
は零行列で階数 、 は か所だけ なので階数 、 は か所に が並ぶので階数 です。
固有多項式は固有空間の広さを教えてくれません。核の側を実際に見ないかぎり、この 3 つは区別できないということです。
幾何的重複度は 1 以上
が固有値である以上、 が零ベクトルだけになることはありません。
固有値の定義が であり、行列式が の行列は正則ではないからです。正則でなければ核に でない元が入ります。
固有値だと分かった瞬間に、対応する固有ベクトルが少なくとも 1 本は取れることが保証されています。
固有値 0 の固有空間は核そのもの
の場合を書き下すと、 なので次のようになります。
固有値 を持つことと、 が正則でないことは同じ主張です。 の次元は、そのまま が潰す方向の本数を表します。
正則な行列に固有値 が現れないのは、核が零ベクトルだけだからです。
例:射影行列の固有空間
を満たす行列では、固有空間が像と核そのものになります。次の行列で見ます。
2 乗すると各成分が になり、 に戻ります。固有値は と の 2 つです。
は を満たすベクトルの全体で、 が張る直線になります。 は核で、 が張る直線です。
一般に なら 、 が成り立ちます。 と分けると、前半が 、後半が に入るからです。
射影行列では、2 つの固有空間だけで空間全体が埋まります。像と核へまっすぐ分かれる、という射影の性質がそのまま出ています。
異なる固有値の固有空間は交わらない
とします。両方の固有空間に入るベクトル を考えます。
を 2 通りに書けるので、 です。移項すると次の形になります。
は でないので しかありません。共通部分は原点だけです。
同じベクトルが 2 つの倍率で伸ばされることはない、という当たり前の事実を式にしたものです。
固有空間の和は直和になる
2 つどころか、いくつ集めても事情は変わりません。相異なる固有値 の固有空間から を取ります。
これが成り立つのは全部が零ベクトルのときだけです。個数についての帰納法で示します。
両辺に を掛けます。 の項は消え、残りの項は に変わります。
項が 1 つ減った同じ形なので、帰納法の仮定から各項が零ベクトルです。 は でないので が で成り立ち、最初の式に戻せば も出ます。
したがって固有空間の和は直和です。それぞれから基底を取って並べれば、全体でも一次独立な組になります。
次元の和は n を超えない
直和になっているので、次元はそのまま足し算になります。全体の空間に収まる以上、和には上限があります。
等号が成り立つときは、固有ベクトルだけで空間全体の基底が作れます。それが対角化できる状況にほかなりません。
<svg viewBox="0 0 460 190" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="230" y="26" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">固有空間どうしは原点でしか交わらず、次元がそのまま足し算になります</text>
<text x="230" y="50" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">全体の空間</text>
<rect x="50" y="58" width="360" height="70" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="60" y="68" width="150" height="50" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.15" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></rect>
<rect x="220" y="68" width="75" height="50" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.15" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></rect>
<rect x="305" y="68" width="95" height="50" fill="#f5f5f5" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1" stroke-dasharray="4 3"></rect>
<text x="135" y="97" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">固有空間 1</text>
<text x="257" y="97" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">固有空間 2</text>
<text x="352" y="97" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">届かない分</text>
<text x="230" y="152" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">次元の和が全体に届けば、固有ベクトルだけで基底が作れます</text>
<text x="230" y="172" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">届かなければ、点線の分だけ固有ベクトルが足りません</text>
</svg>例:直和になっている様子を見る
先ほどの行列 に戻ります。固有値は と でした。
は が張る直線です。実際に掛けると各成分が になり、 倍されています。
のほうは、成分の和が になるベクトルの全体でした。 と が基底になります。
で、次元の和が空間全体に届きました。3 本を並べれば の基底です。
と、和が のベクトル。両者が重なるのは原点だけだと、成分の和を見るだけで納得できます。
幾何的重複度は代数的重複度を超えない
の次元が、固有多項式での重複度を超えることはありません。証明には基底の延長と表現行列を使います。
とし、 の基底 を取ります。これを全体の基底へ延長します。
この基底に関する表現行列を とします。最初の 本は 倍されるだけなので、 の左上には が現れ、その下は零になります。
は と同じ写像の別の基底での表現行列なので、 の形に書けます。行列式の積の性質から、固有多項式は一致します。
ブロックが上三角に並んでいるので、行列式は対角のブロックごとの積です。
が固有多項式を割り切りました。代数的重複度は 以上、つまり幾何的重複度以上です。
例:不等式が真になる行列
4 次の行列で、和が届かない様子を見ます。
上三角なので固有多項式は です。 の代数的重複度は になります。
を見ると、 成分の と 成分の が残り、階数は です。したがって です。
のほうは の階数が なので で、代数的重複度と一致しています。
次元の和は で、 に届きません。固有ベクトルが 1 本足りず、この行列は対角化できません。
固有空間は A で動かない
の元に を掛けても、 から出ません。 で、右辺は の定数倍だからです。
この性質を 不変といいます。空間全体をいくつかの固有空間に分けると、 はそれぞれの中で定数倍として振る舞います。
分けたあとは、各部屋の中で が何をしているかが一目で分かります。固有空間へ分解する目的の半分は、この見通しの良さにあります。
A と可換な行列でも動かない
を満たす行列 を取ります。このとき も を保ちます。
として を計算します。可換性を使って と を入れ替えます。
もまた 倍される、つまり の元です。可換な行列は、相手の固有空間を壊しません。
この事実は、複数の行列を同時に対角化できるかどうかを論じるときの出発点になります。
例:可換な行列が固有空間を保つ
先ほどの と、成分を巡回させる行列 を組み合わせます。
はベクトル を へ送ります。 は単位行列と全成分が の行列の和なので、 と可換です。
は成分の和が のベクトル全体でした。成分を巡回させても和は変わらないので、 は の元を の元へ送ります。
のほうは の定数倍で、巡回させても同じベクトルです。どちらの固有空間も で保たれています。
理解の確認
を 5 次の正方行列とし、固有値 について が分かりました。 の幾何的重複度はいくつでしょうか。
- 。階数がそのまま重複度になる
- 。階数を から引いた値になる
- この情報だけでは決まらない
他の話題とのつながり
2 つの重複度をどう比べるかは、代数的重複度と幾何的重複度の記事で扱っています。この記事の不等式は、そこでの比較の根拠にあたります。
すべての固有値で次元の和が に届くことが、対角化できるための条件です。対角化条件の記事がその主題になります。
届かない場合は、固有空間だけでは基底が作れません。 の核まで広げて足りない分を補うのがジョルダン標準形の考え方で、一般化固有空間と呼ばれます。
実対称行列では、固有空間どうしが直交し、次元の和がかならず に届きます。内積を入れた場合の特別な事情で、スペクトル分解の記事で扱います。












幾何的重複度は固有空間 E2=Ker(A−2I) の次元です。次元定理から 5−rank(A−2I)=5−3=2 になります。固有ベクトルを 1 本も求めずに、階数を数えるだけで出ました。なお代数的重複度のほうはこの情報では決まらず、2 以上とだけ言えます。