固有値の重複度には、代数的重複度と幾何的重複度の 2 種類があります。この 2 つは固有値がどれだけ「重なっている」のかを異なる観点から測る指標です。
代数的重複度
代数的重複度(algebraic multiplicity)は、固有方程式における固有値の重複度です。 次正方行列 の固有方程式
を因数分解したとき、固有値 がいくつの因数として現れるかを示します。
行列 の固有方程式は となります。固有値 の代数的重複度は 2、 の代数的重複度は 1 です。
すべての固有値の代数的重複度を足し合わせると、必ず行列の次数 に一致します。これは固有方程式が 次方程式であることに由来します。
代数的重複度は固有多項式の構造だけから決まるため、計算が比較的容易です。
幾何的重複度
幾何的重複度(geometric multiplicity)は、固有値に対応する固有空間の次元です。固有値 の固有空間とは
で定義される部分空間であり、幾何的重複度は で表されます。言い換えれば、線形独立な固有ベクトルがいくつ存在するかを示します。
固有値 が決まったら、 を解きます。この解空間の基底ベクトルの個数が幾何的重複度です。
行列が対角化可能であるためには、すべての固有値について幾何的重複度と代数的重複度が一致する必要があります。幾何的重複度が小さいと、固有ベクトルが不足して対角化できません。
幾何的重複度は実際に固有空間を構成して調べる必要があるため、代数的重複度よりも計算に手間がかかります。
2 つの重複度の関係
代数的重複度を 、幾何的重複度を とすると、常に次の不等式が成り立ちます。
固有値が存在する
少なくとも 1 つの固有ベクトルが存在する
幾何的重複度は最低 1
幾何的重複度が代数的重複度より小さい場合、行列は対角化不可能となります。このような行列をジョルダン標準形で扱うことで、対角化できない構造を明示できます。
具体例による比較
次の 3 次行列を考えます。
固有方程式は となり、 の代数的重複度は 3 です。一方、 を解くと
から であり、 と は任意です。固有空間の基底は
となり、幾何的重複度は 2 です。
固有値 の代数的重複度は 3。固有方程式の因数 が 3 回現れる。
固有値 の幾何的重複度は 2。線形独立な固有ベクトルは 2 つしかない。
この例では となり、行列 は対角化できません。対角化には 3 つの線形独立な固有ベクトルが必要ですが、実際には 2 つしか得られないためです。
対角化との関連
行列 が対角化可能であるための必要十分条件は、すべての固有値 について
が成り立つことです。幾何的重複度が代数的重複度に一致すれば、固有ベクトルが十分に揃い、基底変換によって対角行列に変形できます。
行列 では、 の代数的重複度は 2、幾何的重複度も 2 です(固有ベクトルは , )。 の両重複度は 1 です。すべての固有値で一致するため、対角化可能です。
先ほどの行列 のように、幾何的重複度が代数的重複度より小さいと対角化できません。この場合、ジョルダン標準形を用いて準対角化を行います。
幾何的重複度が小さい原因は、 の階数が高く、核(固有空間)の次元が小さくなるためです。行列の構造によって固有ベクトルが制約され、対角化に必要な本数が揃わないのです。