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固有ベクトルが足りなくなるとき - 代数的重複度と幾何的重複度

固有値 が 3 重解でも、固有ベクトルが 3 本あるとは限らない。次の行列では 2 本しか出てこない。

方程式の側で数えた と、空間の側で数えた 。この 2 つの数え方を、代数的重複度と幾何的重複度という[1]

ずれが出た固有値では、固有ベクトルが足りない。対角化が止まるのはこの一点である。

代数的重複度

固有多項式 を因数分解したとき、 が何個現れるか。これが の代数的重複度である[1,3]

多項式の次数が なので、。すべての固有値ぶんを足すと、必ず行列の大きさになる。

複素数まで含めれば、 次方程式は重複を込めて 個の根を持つ。実数の範囲では足りない場合がある。

計算は固有多項式を出すだけで済む。根が求まれば、重なり方もそこで決まる。

幾何的重複度

固有値 に対する固有空間を、次で定める。

この空間の次元が幾何的重複度である[1]。一次独立な固有ベクトルが何本とれるか、という数え方になる。

次元定理を使うと、階数から出せる。

固有ベクトルを書き下さなくても、掃き出して段の数を数えるだけで分かる。

零ベクトルは固有ベクトルに数えないが、 には入っている。 が固有値である以上、 でない元が必ずあるので である。

幾何は代数を超えない

つねに次の不等式が成り立つ[1,3]

証明は基底の延長でできる。 とおき、 の基底 をとる。

これを全体の基底 へ延長する。この基底で の表現行列を書くと、次の形になる。

左上が になるのは、 がすべて を満たすからである。左下が になるのも同じ理由。

ブロック上三角なので、固有多項式は左上と右下の積に分かれる。

が因数に入った。 側にさらに が根として現れる場合もあるので、代数的重複度は 以上である。

表現行列は基底によって変わるが、固有多項式は変わらない。だから相似な行列で計算してよい。

例:3 次で両方を数える

冒頭の で数える。固有多項式は なので、 の代数的重複度は

階数は なので 。固有ベクトルは を解いて の 2 本になる。

でずれている。この固有値は欠けている、という言い方をする[1]

例:三角行列でない場合

固有多項式を計算すると になる[2] の代数的重複度は

を掃き出すと階数が になるので、 である。

はどちらも重複度 で、幾何的重複度も 。重複がなければ、2 つの数は必ず一致する[1]

固有ベクトルは全部で 本。 本に届かず、 は対角化できない。

合計で見ると分かりやすい

代数的重複度の合計は、必ず になる。幾何的重複度の合計は 以下で、等号のときだけ固有ベクトルが基底をなす。

すべての固有値で 2 つが一致すれば、左辺が に届く。1 つでもずれていれば届かない[3]

対角化できるかどうかの判定は、この一致を見る作業である。

代数的重複度

固有多項式から出る。合計は必ず で、行列の大きさに一致する

幾何的重複度

階数から出る。合計は 以下で、届いたときだけ対角化できる

ジョルダン細胞と対応する

ずれの正体は、ジョルダン標準形を見ると分かる。固有値 について、次の対応がある。

幾何的重複度は、 の細胞の個数に等しい。
代数的重複度は、細胞のサイズの合計に等しい。
細胞が全部 次なら、個数と合計が一致して対角化できる。
代数幾何 は、各細胞のサイズから を引いて足したものになる。

冒頭の なら、細胞は 次が 1 個と 次が 1 個。個数 が幾何的重複度、合計 が代数的重複度である。

の細胞は 次が 1 個だけ。個数 、合計 で、確かに数が合う。

一般固有空間まで広げると届く

では足りないが、指数を上げると広がる。

どこかで止まり、止まった先の次元が代数的重複度に一致する。これを一般固有空間と呼ぶ。

一般固有空間なら、どの行列でも空間全体を直和で埋められる。対角化が無理でも、ジョルダン標準形が作れるのはこのためだ。

固有空間では足りない

指数を上げて一般固有空間へ

次元が代数的重複度に届く

例:細胞の構成を読む

次で、固有値 の代数的重複度が 、幾何的重複度が とする。

細胞は 2 個で、サイズの合計は 。組み合わせは の 2 通りである。

区別するには を見る。 なら 2 乗で全部消え、 なら 1 本残る。

重複度 2 つだけでは細胞の形が決まらない場合がある。指数を上げた階数まで見て、はじめて分かる。

と並べると、増え方が細胞の形を決める

差を階差でとると、各サイズの細胞が何個あるかまで読める。重複度 2 つは、その列の最初と最後にあたる。

数値では壊れやすい

重複度は、成分を少し動かすと飛ぶ量である[3]

固有多項式は で、固有値は なら 2 つに分かれる。

でも、固有値の差は ある。 が丸め誤差の大きさでも、根号のせいで差はその平方根まで開く。

このとき代数的重複度は 、幾何的重複度も で、形の上では対角化できる。 の瞬間だけ、重複度 に飛ぶ。

数値計算で重複度を判定するのが難しいのは、この飛び方による。

次正方行列で、固有値 の代数的重複度が でした。幾何的重複度はいくらですか。

__RESULT__

です。代数的重複度の に届いていないので、この固有値は欠けており、行列は対角化できません。

不等式の向きも確かめる。

ある固有値で、幾何的重複度が 、代数的重複度が になることはありますか。

  • ある
  • ない
  • 行列が大きければある
__RESULT__

がつねに成り立ちます。固有空間の基底を全体の基底へ延長すると、固有多項式が で割り切れるので、代数的重複度は 以上になります。

整理

数え方が 2 つある。方程式の根としての重なりが代数的重複度、固有空間の次元が幾何的重複度である。

前者は固有多項式から、後者は階数から出る。関係は 幾何 代数 で、上限に届くかどうかが対角化の可否を決める。

差が出た固有値では、ジョルダン細胞が 次以上になっている。差の大きさが、細胞がどれだけ大きいかを表している。

固有値がいくつあるかではなく、固有ベクトルが何本とれるか。数えるべきはそちらである。

参考文献

Algebraic and geometric multiplicity of eigenvalues. StatLect.
J. McKinnon. *Algebraic Multiplicity and Geometric Multiplicity*. Math 106, University of Waterloo.
Peter Haïssinsky. *Diagonalisation des endomorphismes et des matrices*. Université Paul Sabatier.
固有値 $2$ が 3 重解でも、固有ベクトルが 3 本あるとは限りません。$(2,1,0;0,2,0;0,0,2)$ では 2 本しか出ない。方程式の根としての重なりが代数的重複度、固有空間の次元が幾何的重複度で、前者は固有多項式から、後者は $n - \operatorname{rank}(A - \lambda I)$ から出ます。$1 \leq$ 幾何 $\leq$ 代数 という不等式は、固有空間の基底を延長してブロック上三角にすれば証明できる。差が出た固有値ではジョルダン細胞が $2$ 次以上になっていて、細胞の個数が幾何的重複度、サイズの合計が代数的重複度にあたります。一般固有空間まで広げれば次元が届く話、$\varepsilon$ を足しただけで重複度が飛ぶ話まで。