解析接続の基本をわかりやすく解説(複素解析)|一致の定理・リーマン面・モノドロミー
級数 は、 でしか収束しない。ところが、その和は であり、この関数は を除けば複素平面のどこでも定義できる。級数という「窓」からは半径 の円しか見えないのに、関数の正体はずっと広くまで生きている。この食い違いを埋め、狭い領域で定義された正則関数を、より広い領域の正則関数へと延ばす手続きが解析接続である。しかも後で見るように、その延ばし方はただ一通りに決まってしまう。ここに、複素解析のいちばん硬い骨格が現れる。
解析接続とは
まず言葉を定める。関数 が領域 で正則であるとする。別の領域 で正則な関数 が、空でない重なり の上で を満たすとき、 を の への解析接続という。要するに、もとの関数と重なる部分で完全に一致する正則関数を、外側に見つける作業である。
ふつうの連続関数なら、重なりで一致していても外での延ばし方はいくらでもある。正則関数はそうではない。複素微分可能という条件が非常に強く、値をごく一部で知るだけで残り全体が縛られてしまう。この硬さのおかげで、解析接続は意味をもつ。次の節から、実際に関数を延ばす例を積み重ねていく。
いちばん基本の例:等比級数
解析接続の原型は等比級数である。
この級数は で収束し、和は になる。左辺は半径 の円の内側でしか定義されないが、右辺の は 以外のすべての複素数で正則である。両者は で一致するので、 は級数の解析接続にほかならない。もとの関数を、たった一つの穴 を残して平面全体へ延ばしたことになる。
延ばした先では、級数そのものは意味を失っていることに注意したい。 を代入すると、級数 は発散する。それでも接続後の関数は という値をきちんともつ。
が直接見せてくれるのは の円の内側だけ。外では発散し、何も語らない。
は を除く全平面で正則。級数は、この関数の一部分を切り取った姿にすぎない。
有名な「あやしい等式」も、この見方で腑に落ちる。接続後の関数に を入れると である。級数の形に無理やり戻せば で、これが に「等しい」と言われるのは、発散級数に解析接続の値を割り当てているからにほかならない。
一致の定理:なぜ一意に決まるか
解析接続がただ一通りに決まる根拠が、一致の定理である。
領域 で正則な 2 つの関数 が、 の内部に集積点をもつ集合の上で を満たすなら、 全体で である。小さな円板や 1 本の曲線の上で一致するだけで、もう全体が一致してしまう。
もし がともに の同じ領域への解析接続なら、重なりで両者は に等しく、したがって互いに等しい。延ばし方は一意に定まる。
具体的に効く場面を挙げる。実数の上で定義された を複素数へ延ばすとき、 は無数にありうるだろうか。ないのである。実軸という集積点だらけの集合の上で と一致する正則関数は、一致の定理によってただ一つしかない。私たちの知る が、その唯一の答えである。実関数のテイラー級数を、そのまま複素変数に読み替えてよいのも、この一意性のおかげだ。
べき級数を渡り歩く(再展開)
一致の定理は「延ばせるなら一意」と保証するが、実際にどう延ばすかは別の問題である。古典的な方法が、べき級数の再展開だ。ある点で展開した級数の収束円の内側で、別の点を中心に展開し直すと、新しい収束円がもとの円からはみ出すことがある。これを繰り返して定義域を広げていく。
さきほどの で試そう。この級数は原点中心・半径 の円でしか収束しない。そこで中心を に移し、展開し直す。
この新しい級数は で収束する。中心 から見て、いちばん近い特異点 までの距離が だからだ。もとの円 より広く、たとえば のような、もとの級数では届かなかった点まで飲み込んでいる。
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<svg viewBox="0 0 400 280" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="再展開で収束円が広がる図">
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<circle cx="154" cy="140" r="92" fill="#cfe0fb" fill-opacity="0.55" stroke="#5b8def" stroke-width="1.5"/>
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<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12.5" text-anchor="middle" fill="#1b1d22" stroke="#fafbfc" stroke-width="3.5" paint-order="stroke">
<text x="112" y="42" fill="#3468d6">再展開 |z+1|<2</text>
<text x="206" y="108" fill="#b5651d">元の円 |z|<1</text>
<text x="200" y="162">0</text>
<text x="150" y="162">−1</text>
</g>
<text x="256" y="144" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12.5" text-anchor="start" fill="#c93c41" stroke="#fafbfc" stroke-width="3.5" paint-order="stroke">z = 1(特異点)</text>
</svg>
</div>.cont { margin: 0; text-align: center; }
.cont svg { width: 100%; max-width: 380px; height: auto; }図の 2 つの円は、どちらも境界が特異点 に触れている。特異点があるかぎり、そこを収束円の中に取り込むことはできない。それでも中心をずらせば、 を避けながら別の方向へ円を張り出せる。この張り出しをつないでいけば、 という一点だけを除いた平面全体へ が広がっていく様子が見えてくる。
対数関数と枝
ここまでは穴が 1 点だけの穏やかな例だった。関数によっては、延ばした先で値が一意でなくなる。代表が対数関数 である。正の実数の対数 ()から出発しよう。複素数を ()と極形式で書き、偏角を に選べば、
と定義できる。これは負の実軸と原点を除いた複素平面で正則で、対数の主値と呼ばれる。
しかし偏角を に閉じ込める必然性はない。原点のまわりをぐるりと回れば、偏角は だけ増える。範囲を広げると、値の異なる「枝」が次々に現れる。
が 1 違えば値は だけずれる。実数の世界では一つに決まっていた対数が、複素数では無限に枝分かれする多価関数になるのだ。
リーマン面
多価のままでは扱いにくい。そこで発想を逆転し、関数を一価に保てるよう定義域のほうを作り変える。これがリーマン面である。 なら、複素平面を無限に積み重ねた螺旋階段のような曲面を考える。原点を一周するたびに一つ上の階へ移り、値は ずつ増えていく。同じ「見かけの点」 でも、どの階にいるかで対数の値が決まる。こうすれば は、この曲面の上では一価な正則関数として素直にふるまう。
実軸上の
主値 ()
すべての枝を束ねたリーマン面上の一価関数
平方根や一般のべき乗、逆三角関数など、多価になる関数はいずれも固有のリーマン面をもつ。多価関数の謎は平面が狭すぎたせいだった、というのがリーマン面の見立てである。
平方根とモノドロミー
多価関数を一周させたときの値の変化は、モノドロミーと呼ばれる。平方根 で見るのがわかりやすい。 に対して と定める。ここで原点を反時計回りに一周し、偏角を から まで増やすと、
となり、符号が反転する。出発点に戻ってきたのに、値が変わってしまうのだ。もう一周すればさらに符号が変わり、 に戻る。このように、閉じた経路を一周したとき値が別の枝へ移る現象がモノドロミーである。単連結でない領域、つまり穴のあいた領域では、解析接続の結果が経路の取り方に依存しうる、ということをこれは端的に示している。
原点は、 でも でも、まわりを回ると値がずれる特別な点で、分岐点と呼ばれる。モノドロミーは、この分岐点を経路がどう囲むかで決まる。
ゼータ関数:最も有名な解析接続
解析接続がもっとも劇的に働く例が、リーマンのゼータ関数だろう。
この級数は実部 でしか収束しない。ところがゼータ関数は、 の一点を除く複素平面全体へ解析接続できる。その第一歩は、符号を交互にしたディリクレのイータ関数でたどれる。
交代級数なので は で収束し、しかも簡単な計算で という関係が導ける。これを について解けば、
となり、右辺は ()で意味をもつ。収束域を から へ、たしかに広げられた。さらに接続を平面全体へ進めると、もとの級数からは想像もつかない値が現れる。とりわけ有名なのが、次の等式だ。
素朴に級数へ戻せば だが、これが に結びつくのは、発散級数そのものの和ではなく、解析接続されたゼータ関数が でとる値だからである。物理でこの数がしばしば顔を出すのも、背後で暗にゼータ関数の接続が使われているためだ。
ガンマ関数:階乗の拡張
もう一つ、積分で定義された関数を延ばす例を見よう。ガンマ関数は次の積分で定義され、これは で収束する。
正の整数では となり、階乗を実数・複素数へ広げた関数として知られる。部分積分から、次の関係式が出る。
これを と読み替えるのが接続の鍵だ。右辺は ()で意味をもつので、定義域が左へ 1 だけ広がる。同じ操作を繰り返せば 、 と次々に伸び、結局は複素平面全体へ接続できる。ただし では分母が になり、そこでガンマ関数は極(発散)をもつ。階乗が負の整数で定義されなかったことの名残が、極として残るわけである。この接続のおかげで、 のような、素朴な階乗の発想では出てこない値も意味をもつ。
広げられないこともある:自然境界
解析接続はいつでも成功するわけではない。行く手をふさぐのが特異点である。
まわりに他の特異点がなく、ぽつんと孤立した特異点。除去可能特異点・極・真性特異点の 3 種類があり、ローラン展開の負べきの項でどれかに分類できる。極は の のような発散点である。
特異点がある曲線上にびっしり並び、その曲線を一歩も越えられなくなることがある。この壁を自然境界と呼ぶ。もはや外側へ接続する道はない。
自然境界の実例が である。この級数は で正則な関数を定めるが、単位円 上のいたるところが特異点になり、円が丸ごと自然境界になってしまう。指数が と飛び飛びで、項がすかすかな級数ほど、こうした壁を作りやすい。すべての正則関数が平面全体へ延ばせるわけではない、という限界を、この例ははっきり示している。
理解の確認
を中心 でべき級数に展開し直すと、その収束半径はいくつになるか。
- 。もとの級数と変わらない
- 。どこでも収束する
一枚岩としての正則関数
一致の定理からわかるのは、正則関数が驚くほど「一枚岩」だということである。ごく小さな円板の上での値を知れば、接続の届くかぎりの全領域での値が、もう決まってしまう。断片から全体が復元される。この硬さこそが、解析接続という操作に意味と一意性を与えている。
その恩恵は複素解析の外にまで及ぶ。発散するはずの和 に という有限値を割り当てるゼータ正規化は、場の量子論のくりこみで実際に使われている。ゼータ関数を平面全体へ接続してはじめて意味をもつ零点の分布は、リーマン予想として、いまも数学最大の未解決問題であり続けている。狭い窓から覗いた関数の、その先に広がる本当の姿を見にいく。解析接続は、そのための最初の一歩である。










べき級数の収束半径は、中心からもっとも近い特異点までの距離に等しい。1−z1 の特異点は z=1 ただ一つで、中心 z=−1 からの距離は ∣1−(−1)∣=2 である。したがって収束半径は 2。もとの単位円 ∣z∣<1 より広く、外側の点まで届く。