コーシー・リーマンの方程式とは?正則関数の条件、調和共役、等角写像について解説
複素関数 を、実 2 変数関数の組と見ることはいつでもできます。 と は本来、互いに無関係に選べるはずのものです。
ところが に複素微分可能性を課すと、この自由は消えます。 と は縛り合い、片方を決めればもう片方がほとんど決まってしまう。
その縛りを書き下したものが、コーシー・リーマンの方程式です。
コーシー・リーマンの方程式
2 本の偏微分方程式です。 の 方向の変化率が の 方向の変化率に等しく、 方向のほうは符号を変えて入れ替わります。
以下では偏微分を 、 のように略記し、この 2 式を CR 方程式と呼びます。
複素微分の定義
が点 で複素微分可能であるとは、次の極限が存在することをいいます。
式の見た目は実関数の微分と変わりません。決定的に違うのは が複素数だという点で、 への近づき方が平面上の無数の方向に広がります。
どの方向から近づいても同じ極限になれ、という要求。ここに CR 方程式の出どころがあります。
実 1 変数の微分との違い
の近づき方は左右の 2 通りだけ。両側の極限が一致すれば微分可能になる。
の近づき方は平面上の無限の方向。そのすべてで同じ極限を要求する。
方向の自由度が増えた分、条件は桁違いに強くなります。実 2 変数として全微分可能であることよりも、はるかに厳しい要求です。
2 方向から極限を取る
CR 方程式は、無数の方向のうち 2 つを比べるだけで出てきます。
差分商は となり、極限は 。
分母の が として掛かるため、極限は 。
虚軸方向では実部と虚部が入れ替わり、符号がひっくり返ります。ここが要点です。
2 つの表示が等しいとして、実部どうし・虚部どうしを比べます。 と 、すなわち CR 方程式が得られます。
導関数の表示も 2 通り手に入ります。 と は、CR のもとで同じものです。
例:
展開します。
、 です。偏微分は 、、、。
が第 1 式、 が第 2 式。全平面で CR が成り立ちます。
導関数は 。実数のときと同じ公式が出ました。
例:
もう一段上げます。
、 です。
、 で第 1 式は成立。、 なので も成り立ちます。
導関数は 。 の微分が になる様子が、偏微分の計算からも見えます。
例:
オイラーの公式から と書けます。、 です。
、 で第 1 式は成立。、 なので第 2 式も成り立ちます。
導関数は 。自分自身に戻る性質が、複素数の世界にそのまま持ち上がりました。
例:
三角関数は と分解されます。、。
、 で第 1 式は成立します。
、 なので 。全平面で CR を満たし、 となります。
例:
で分母を実数化します。
、 です。商の微分法で計算します。
第 1 式は成立。さらに 、 なので も成り立ちます。
原点を除いた全域で正則で、。 だけが極として残ります。
冪級数はまとめて正則
多項式が正則であることは、 や の計算を足し合わせれば済みます。収束冪級数 も、収束円の内側で項別に微分でき、CR を満たします。
や の正則性も、本当は級数から一息に従います。偏微分を 4 つ計算する作業は、CR の手触りを確かめるための練習だと思ってください。
例:
ここから、CR が破れる例に移ります。 なので 、。
に対して です。第 1 式 が、どの点でも成り立ちません。
は複素平面上のどこでも微分できません。実 2 変数の写像としては 1 次式でこれ以上なく滑らかなのに、複素微分の目から見ると失格になります。
例:
実部を取り出すだけの関数です。、。
、 なので第 1 式が破れます。、 で第 2 式のほうは成り立ちますが、片方が破れれば失格です。
もどこでも複素微分できません。 と書けることを思えば、この 2 つが同じ理由で落ちるのは自然でしょう。
例:
は実数値なので、、 です。
第 1 式は 、 より 、つまり でのみ成立。第 2 式は 、 より 、つまり でのみ成立します。
両方が同時に成り立つのは原点だけです。 は で複素微分可能で、 となります。
しかし正則とは「ある開集合の全体で微分可能」という意味です。原点のどんな近傍を取っても、そこには微分できない点が詰まっています。 は、どこにおいても正則ではありません。
例:
なので、、 です。
第 1 式は 、 より 、すなわち 。第 2 式は 、 より 、すなわち 。
やはり原点だけで微分可能です。微分可能な点が孤立していると、その点でさえ正則とは呼べません。
例:
微分可能な点が曲線をなす例も作れます。、 と置きましょう。
第 1 式は 、 より 。第 2 式は 、 よりどこでも成立します。
CR が成り立つのは直線 の上だけ。この直線の各点で複素微分可能ですが、直線には内点がないので、正則な点は 1 つもありません。
微分可能な点の集合は、1 点にも直線にもなりえます。正則性が「開集合で」という条件を含むことの意味が、ここに出ています。
CR だけでは足りない
CR 方程式は複素微分可能であるための必要条件です。逆は成り立ちません。
で 、 と定めた関数が反例になります。 なので、原点で連続であることは確かめられます。
実軸上では なので、、。虚軸上では なので、、。
原点での偏微分は 、、、。CR 方程式は成立しています。
ところが として差分商を作ると、
となります。近づく方向 ごとに値が変わり、極限は存在しません。CR を満たすのに複素微分可能ではないのです。
十分条件
穴を埋めるには、偏微分の存在より強い仮定が要ります。
、 の 4 つの偏導関数が の近傍で存在して連続であり、かつ CR 方程式を満たすなら、 は で複素微分可能です。
もう少し弱く、、 が実 2 変数関数として全微分可能で、CR 方程式を満たせば十分です。
さきほどの反例は、原点で 4 つの偏微分が存在するのに全微分可能ではない、という実解析の落とし穴に落ちていました。偏微分の存在は、関数が原点付近で 1 次式に近いことを保証しません。
逆に、領域で複素微分可能でありさえすれば導関数の連続性は自動的に従う、という グルサの定理 が知られています。
微分可能性だけから何度でも微分できることが出る、複素解析に固有の強さ。
極座標形式
と置き、 と書くと、CR 方程式は次の形になります。
導出は連鎖律です。、 から と を 、 で表し、直交座標の CR を代入すれば整理できます。
導関数は と書けます。原点まわりの関数を扱うときに便利な形です。
極座標の例:
主値を取り、()とします。、 です。
に対し で第 1 式が成立。、 なので第 2 式も成り立ちます。
導関数は 。おなじみの公式が極座標から出ました。
極座標の例:
なので、、 です。
、。第 1 式は成立します。
、。第 2 式も成立。
が負の整数でも同じ計算が通り、 で正則です。 とすれば の結果が再現されます。
ウィルティンガー微分
CR 方程式は、1 本の式に畳めます。次の 2 つの記号を導入しましょう。
に を当てて実部と虚部に整理すると、次のようになります。
これが になる条件は かつ 、すなわち CR 方程式そのものです。
と を独立な変数のように扱ってよい、というのがこの記法の効きどころです。
ウィルティンガーで判定する
計算例で試します。 を で微分すると 。
これが になるのは のみ。偏微分を 4 つ計算して得た「原点でのみ微分可能」という結論が、一行で再現されました。
なら で、原点以外では消えません。
なら となり、どこでも になりません。 の項が 1 つ混じるだけで正則性は壊れます。
が式に顔を出したら正則ではない、という判定法です。逆に のように だけで書けていれば、偏微分を計算するまでもなく正則だと分かります。
調和関数
CR 方程式を、もう一度微分します。 を で、 を で偏微分すると、
が得られます。偏微分の順序が交換できる()ので、辺々を足すと右辺が消えます。
同じ手順で も出ます。正則関数の実部と虚部は、ともにラプラス方程式を満たす調和関数です。
調和かどうかを判定する
例で確かめましょう。 は 、 で、和は 。調和です。
も 、 で和は 。こちらも調和になります。
一方 は 。調和ではありません。
したがって、どんな を選んでも が正則になることはない。 が正則でなかった事実の、別の言い方です。
調和共役を構成する
が調和なら、相方の を作って正則関数に仕立てられます。手順は CR 方程式を積分するだけです。
を で積分して の形を得る
積分定数として が残る
に代入して を決める
こうして得た を、 の調和共役と呼びます。残る自由度は定数 1 つだけです。
構成例:
まず調和性を確認します。、 で和は 。
を で積分して、 を得ます。
次に と を比べると、。したがって は定数です。
となり、。 の節で計算した 、 の組にぴたりと一致します。
構成例:
は確認済みです。 を で積分すると、。
と を比べて 。
よって 、 です。指数関数が復元されました。
共役が取れない例
は、原点を除いた平面で調和です。極座標では で、ラプラシアンは
となります。極座標形の CR から共役は 、すなわち 。
ところが は原点を一周するたびに 増え、一価な関数になりません。穴のあいた領域では、調和関数に一価の共役が取れるとは限らないのです。
が多価関数になる理由が、ここに現れています。領域が単連結なら、調和関数には必ず一価の共役が存在します。
等角性:ヤコビ行列で見る
を実 2 変数の写像 と見たときのヤコビ行列を書きます。
ここに CR 方程式 、 を代入します。、 と置くと、
という形になります。回転行列の定数倍、つまり回転と拡大の合成です。
一般の実写像は図形を方向ごとに違う割合で引き伸ばし、角度を壊します。正則写像は局所的に相似変換しかしないので、交わる 2 曲線のなす角が保たれる。 の点で等角写像と呼ばれる理由です。
直交する等高線
角度が保たれることの帰結として、 の等高線と の等高線は直交します。勾配の内積を CR で書き換えれば明らかです。
で見てみましょう。 の等高線も の等高線も直角双曲線で、互いに 度ずれた形をしています。
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<svg viewBox="0 0 360 300" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="z の 2 乗の実部と虚部の等高線が直交する図">
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<text x="12" y="42" fill="#b5651d">v = 2xy の等高線</text>
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</div>.cont { margin: 0; text-align: center; }
.cont svg { width: 100%; max-width: 360px; height: auto; }図の 2 つの曲線族は、交わるところで必ず直角をなしています。原点だけが例外で、そこでは となり、角度は保たれません。
流れとして読む
正則関数を複素ポテンシャルと呼ぶ流儀があります。 を速度ポテンシャル、 を流れ関数と読む見方です。
の等高線が等ポテンシャル線、 の等高線が流線になります。両者が直交するという事実は、流れが等ポテンシャル線に垂直に進むという物理そのものです。
なら一様な流れ、 なら原点からの湧き出し、 なら双極子。 の流線は直角双曲線で、直角の壁に沿う流れを表します。
ラプラス方程式は非圧縮・渦なしの条件にほかなりません。CR 方程式が物理でくり返し顔を出すのは、このためです。
理解の確認
が複素微分可能な点はどこか。
- 複素平面のすべての点
- 原点のみ
- どこにもない
を書かないという約束
CR 方程式は 2 本の偏微分方程式に見えます。ウィルティンガー微分を通せば、正体は という 1 行、すなわち「 は に依らない」という一言でした。
この一言から、驚くほど多くのものが芋づる式に出てきます。実部と虚部が調和であること、写像が等角であること、何度でも微分できること、冪級数に展開できること、閉曲線に沿う積分が消えること。
実 2 変数の言葉では、4 つの偏微分のあいだの関係式にすぎません。複素数の言葉に翻訳した途端、それはほとんど自明な要請に変わります。複素解析の異様な硬さは、この翻訳の落差から生まれています。











u=x2+y2、v=0 です。CR 方程式は ux=vy から 2x=0、uy=−vx から 2y=0 となり、原点でのみ両立します。原点では実際に微分可能で f′(0)=0。ただし原点のどんな近傍にも微分できない点があるため、∣z∣2 はどこにおいても正則ではありません。