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English

距離空間の完備性|完備性が距離で決まり位相で決まらない理由

距離空間 が完備であるとは、 内の任意の Cauchy 列が の点に収束することをいう。数直線に穴が開いていない、という状況を一般の空間へ持ち出したものである。

完備性は解析学の土台になる。極限を先に知らなくても収束が判定でき、縮小写像の原理や微分方程式の解の存在がここから出てくる。

以下では定義と 3 つの直観から始め、21 個の例を 1 つずつ確かめる。完備性が距離の性質であって位相の性質ではない、という点を中心に据える。

Cauchy 列

点列 が Cauchy 列であるとは、任意の に対してある が存在し、 ならば となることをいう。

添字が十分大きくなると、項どうしがいくらでも近づくという条件である。極限の存在をどこにも仮定していない点が大事なところだ。

収束の定義が「ある 1 点 に近づく」だったのに対し、Cauchy 列の条件は列の中だけで書かれている。行き先を名指しせずに、列が落ち着いていく様子だけを述べている。

収束列は Cauchy 列である

に収束するとしよう。三角不等式から次が成り立つ。

右辺は が十分大きければいくらでも小さくなる。よって収束列はつねに Cauchy 列である。

逆は一般に成り立たない。Cauchy 列であっても、収束先が空間の中にあるとは限らないからだ。この差を埋めよと要求するのが完備性になる。

完備性の定義

距離空間 が完備であるとは、 の任意の Cauchy 列が の点に収束することをいう。

前節の含意の逆が成り立つ空間、と言い換えてもよい。収束列と Cauchy 列が一致する空間である。

完備なノルム空間を Banach 空間、完備な内積空間を Hilbert 空間と呼ぶ。関数解析の主要な対象はどれも完備性を前提にしている。

直観: 穴がない

Cauchy 列は行き先を指している。項どうしが際限なく近づくのだから、どこか 1 点に集まろうとしていることは間違いない。

完備とは、指された先に必ず点が用意されている、ということである。完備でない空間には、列が指しているのに点がない場所がある。それが穴だ。

有理数体の中で の位置がその例になる。 という有理数の列はCauchy 列だが、指した先の は有理数でない。

項どうしがいくらでも近づく列。収束先が空間内にあるかどうかは問わない。

穴という言い方は比喩ではあるが、完備化の構成を見ると文字どおりの意味を持つ。空いている場所に点を足していく操作が完備化になる。

直観: 極限を知らずに収束が言える

完備性の実用的な価値は、収束の判定に極限が要らない点にある。

列が収束することを定義から示すには、収束先 を先に手に入れて を確かめなければならない。ところが多くの場面で、極限そのものは求まらない。

完備な空間では、 さえ言えれば収束が保証される。極限を名指しせずに存在だけを結論できる。

級数の収束判定も、逐次近似法も、この構図に乗っている。存在を先に押さえてから正体を調べる、という順序が使えるようになる。

直観: 完備性は距離が決める

3 つ目の点がもっとも見落とされやすい。完備性は距離の性質であって、位相の性質ではない。

同じ位相を与える距離が 2 つあって、一方では完備、他方では完備でない、ということが起きる。開集合の族だけを見ても完備性は決まらない。

Cauchy 列の条件に が直接現れることを思い出せばよい。開集合の言葉だけでは「項どうしが近づく」を書き表せない。

この点はあとで の対で確かめる。位相だけを見る立場では、完備性は見えない量である。

例: 有理数体

に通常の距離を入れた空間は完備でない。 の小数展開を打ち切った列 は Cauchy 列だが、極限は有理数でない。

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<svg viewBox="0 0 700 250" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" style="max-width:100%;height:auto;display:block;margin:0 auto"><line x1="80" y1="86" x2="620" y2="86" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1"/><circle cx="160" cy="86" r="4" fill="#1f1f1f"/><circle cx="300" cy="86" r="4" fill="#1f1f1f"/><circle cx="390" cy="86" r="4" fill="#1f1f1f"/><circle cx="440" cy="86" r="4" fill="#1f1f1f"/><circle cx="468" cy="86" r="4" fill="#1f1f1f"/><circle cx="484" cy="86" r="3.5" fill="#1f1f1f"/><circle cx="500" cy="86" r="6" fill="#ffffff" stroke="#1b81e0" stroke-width="2"/><text x="500" y="66" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">ここに点がない</text><text x="646" y="90" font-size="13" fill="#1f1f1f">Q</text><line x1="80" y1="186" x2="620" y2="186" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1"/><circle cx="160" cy="186" r="4" fill="#8a8a8a"/><circle cx="300" cy="186" r="4" fill="#8a8a8a"/><circle cx="390" cy="186" r="4" fill="#8a8a8a"/><circle cx="440" cy="186" r="4" fill="#8a8a8a"/><circle cx="468" cy="186" r="4" fill="#8a8a8a"/><circle cx="484" cy="186" r="3.5" fill="#8a8a8a"/><circle cx="500" cy="186" r="6" fill="#1b81e0"/><text x="500" y="166" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">極限が存在する</text><text x="646" y="190" font-size="13" fill="#1f1f1f">R</text><text x="160" y="112" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">1</text><text x="300" y="112" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">1.4</text><text x="390" y="112" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">1.41</text><text x="460" y="112" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">1.414 ...</text><text x="350" y="230" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">同じ列が、Q では行き先を失い、R では行き先を持つ</text></svg>

図の上下は同じ列である。違うのは、指された場所に点が置いてあるかどうかだけだ。

が完備でないことは、実数を構成する動機そのものになっている。穴を埋めた結果が である。

例: 開区間

開区間 も完備でない。 は Cauchy 列だが、極限 に属さない。

端点を落としたことで、そこに向かう列の行き先が消えた。穴が境界に開いている形である。

閉区間 なら完備になる。同じ距離でも、どこまでを空間に含めるかで結論が変わる。

例: 正の実数全体

も同じ理由で完備でない。 に向かうが、 は空間の外にある。

一方 は完備である。 の閉部分集合になっているからで、この理由はあとで一般の形にまとめる。

上に有界でないことは完備性と無関係だ。 は非有界だが完備で、 は有界だが完備でない。

例: 実数体とユークリッド空間

は完備である。実数の連続性、すなわち上限公理や Dedekind の切断から導かれる基本的な事実になる。

も完備だ。Cauchy 列であることは各座標が Cauchy 列であることと同値なので、 の完備性から成分ごとに結論できる。

複素数体 と同じものなので完備である。有限次元のノルム空間はすべて完備になる。

例: 離散距離空間と整数

集合 のとき と定めた離散距離空間は、 が何であれ完備である。

を取ると、ある 以降のすべての項が互いに距離 未満になる。距離の値は しかないので、 以降は同じ点の繰り返しになる。

定数列は当然その点に収束する。よって Cauchy 列はすべて収束する。

通常の距離を入れた整数全体 も同じ理屈で完備だ。相異なる整数の距離が 以上なので、Cauchy 列はいずれ止まる。

完備な部分集合は閉集合である

部分空間の完備性は、閉集合であることと結びつく。

完備な部分空間は閉である

距離空間 の部分集合 が完備なら、 で閉。 の点列が の点 に収束すればその列は Cauchy 列で、 の完備性から極限は の中にある

完備空間の閉部分集合は完備である

が完備で が閉なら、 の Cauchy 列は で収束し、 が閉だから極限は に属する

が完備な場合、この 2 つを合わせて「 が完備 が閉」となる。判定がぐっと楽になる。

が完備でないのは、 の中で閉でないからだと言い換えられる。 が完備なのは閉だからである。

例: 閉区間と閉部分集合

前節から、 の閉部分集合はすべて完備である。閉区間、閉球、超平面、Cantor 集合、どれも完備になる。

Cantor 集合は測度が で、いたるところ疎な集合である。それでも の閉部分集合なので完備だ。完備性と大きさは関係がない。

逆に、稠密な部分集合は閉でないかぎり完備にならない。 で稠密なのに完備でないのは、この一例である。

例: 連続関数の空間

上の連続関数全体 に、一様ノルム から定まる距離を入れる。この空間は完備である。

Cauchy 列 を取ると、各点 の Cauchy 列になり、極限 が定まる。収束は一様なので、 は連続になる。

一様収束が連続性を保つ、という定理がそのまま完備性の証明になっている。

例: 同じ空間に別のノルムを入れる

同じ ノルム を入れると、完備でなくなる。

に対し、 となる連続関数 を取る。

計算すると となり、 に向かう。よって は Cauchy 列である。

ところが の意味での極限は、 という階段関数になる。連続でないので の外に出てしまう。

ノルムを変えると完備性が変わる

前の 2 節は、台となる集合がまったく同じ である。違うのはノルムだけだ。

一様ノルム

。関数の値をどこでも同時に押さえるので、極限も連続になり空間の中に留まる。完備

L1 ノルム

。細い区間での大きなずれを平均で薄めてしまうので、極限が連続性を失う。完備でない

無限次元では、ノルムの取り替えが空間の性質を大きく変える。有限次元ならすべてのノルムが同値で完備性も一致するが、無限次元ではこの保証がない。

ノルムで完備化すると が得られる。空いていた場所に、連続でない可積分関数が入ってくる。

例: 有限台の数列

有限個の成分だけが でない数列全体を と書く。これに ノルムを入れると完備にならない。

に属する。第 項までで打ち切った に属し、 となる。

打ち切り列は Cauchy 列だが、極限 は無限個の成分が でないので に入らない。 の中で閉でないのである。

例: 多項式全体

上の多項式関数全体に一様ノルムを入れた空間も完備でない。

Weierstrass の近似定理により、多項式全体は で稠密である。一方で多項式でない連続関数はいくらでもあるので、多項式全体は の真の稠密部分集合になる。

稠密で真の部分集合なら閉でない。閉でなければ完備でない。たとえば に一様収束する多項式列は Cauchy 列だが、極限は多項式でない。

この空間の完備化が そのものになる。

例: 数列空間と関数空間

代表的な完備空間を挙げておく。

)は完備。 乗総和可能な数列全体
)は完備。Riesz–Fischer の定理として知られる
は一様ノルムで完備。有界連続関数の空間 も同様
有限次元ノルム空間はすべて完備

は完備な内積空間なので Hilbert 空間である。Fourier 級数の理論はこの完備性の上に成り立っている。

の完備性を示すには、可測関数の極限を扱う道具が要る。 の場合より格段に手数がかかる。

同相でも完備性は違う

ここから完備性が位相の性質でないことを確かめる。 は同相である。

写像 から への同相写像を与える。連続な全単射で、逆写像も連続だ。

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<svg viewBox="0 0 700 262" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" style="max-width:100%;height:auto;display:block;margin:0 auto"><defs><marker id="cm-gray" viewBox="0 0 10 10" refX="9" refY="5" markerWidth="7" markerHeight="7" orient="auto"><path d="M 0 0 L 10 5 L 0 10 z" fill="#8a8a8a"/></marker></defs><line x1="150" y1="70" x2="510" y2="70" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1.5"/><circle cx="150" cy="70" r="5" fill="#ffffff" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1.5"/><circle cx="510" cy="70" r="5" fill="#ffffff" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1.5"/><circle cx="330" cy="70" r="3.5" fill="#1b81e0"/><circle cx="420" cy="70" r="3.5" fill="#1b81e0"/><circle cx="465" cy="70" r="3.5" fill="#1b81e0"/><circle cx="488" cy="70" r="3.5" fill="#1b81e0"/><circle cx="499" cy="70" r="3" fill="#1b81e0"/><text x="150" y="54" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">0</text><text x="510" y="54" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">1</text><text x="546" y="74" font-size="13" fill="#1f1f1f">(0, 1)</text><text x="330" y="98" font-size="12" fill="#1b81e0">x_n = 1 - 1/n は Cauchy 列。行き先の 1 が空間にない</text><line x1="90" y1="190" x2="630" y2="190" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1.5"/><circle cx="330" cy="190" r="3.5" fill="#1b81e0"/><circle cx="430" cy="190" r="3.5" fill="#1b81e0"/><circle cx="520" cy="190" r="3.5" fill="#1b81e0"/><circle cx="600" cy="190" r="3.5" fill="#1b81e0"/><text x="646" y="194" font-size="13" fill="#1f1f1f">R</text><line x1="330" y1="112" x2="330" y2="180" stroke="#8a8a8a" stroke-dasharray="4 4" marker-end="url(#cm-gray)"/><line x1="420" y1="112" x2="428" y2="180" stroke="#8a8a8a" stroke-dasharray="4 4" marker-end="url(#cm-gray)"/><line x1="465" y1="112" x2="516" y2="180" stroke="#8a8a8a" stroke-dasharray="4 4" marker-end="url(#cm-gray)"/><line x1="488" y1="112" x2="596" y2="180" stroke="#8a8a8a" stroke-dasharray="4 4" marker-end="url(#cm-gray)"/><text x="330" y="222" font-size="12" fill="#1b81e0">像は無限に遠ざかり、Cauchy 列ですらない</text><text x="120" y="152" font-size="12" fill="#8a8a8a">同相写像</text></svg>

で Cauchy 列だが収束しない。ところが像 へ発散し、 では Cauchy 列ですらない。

同相写像は Cauchy 列を Cauchy 列に写すとは限らない。完備性が同相で保たれない理由はここにある。

実数直線に別の距離を入れる

同じことを の上だけで起こしてみる。 と定める。

から への同相写像なので、 が定める位相は通常のものと一致する。開集合の族はまったく同じである。

ところが は完備でない。 を取ると なので について Cauchy 列だが、 のどの点にも収束しない。

台となる集合も位相も変えず、距離だけを取り替えて完備性を壊した。完備性が距離の性質だという主張の、もっとも直接的な確認になる。

完備距離化可能という性質

逆向きの操作もできる。 に、通常の位相を与える完備な距離を入れられる。

前々節の同相写像 を使い、 と定めればよい。 の完備性がそのまま移り、 について完備になる。

つまり「完備である」は距離ごとの性質だが、「完備な距離を入れられる」は位相の性質になる。後者を完備距離化可能という。

Alexandroff の定理によれば、完備距離空間の部分集合が完備距離化可能であることと 集合であることは同値である。 は開集合なので であり、条件を満たす。

に通常の距離を入れた空間について、正しいものはどれか。

  • 完備であり、完備距離化可能でもある
  • 通常の距離では完備でないが、完備な距離を入れ直すことはできる
  • 完備でなく、どんな距離を入れても完備にできない
  • 有界なので完備である
__RESULT__

が Cauchy 列で収束しないため、通常の距離では完備でない。一方 と同相なので、同相写像で距離を移せば完備になる。有界性と完備性は無関係である。

縮小写像の原理

完備性がもっともよく使われるのは、不動点の存在を示す場面である。

縮小写像の原理

を空でない完備距離空間、)を満たす写像とする。このとき は不動点をただ 1 つ持つ。

証明の骨組み

任意の から と定めると となり、等比級数の収束から は Cauchy 列。完備性で極限が存在し、 の連続性からそれが不動点になる。

完備性を落とすと結論は崩れる。 を取ると、 は縮小写像だが不動点 の外にある。

存在を保証しているのは完備性であり、一意性を保証しているのは縮小の条件である。役割が分かれている点を押さえておくとよい。

例: cos の反復

具体例で見る。 の上で考える。

で減少するので、像は となり に収まる。平均値の定理から である。

なので縮小写像であり、 は完備だから不動点がただ 1 つ存在する。

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<svg viewBox="0 0 700 300" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" style="max-width:100%;height:auto;display:block;margin:0 auto"><line x1="100" y1="250" x2="570" y2="250" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1"/><line x1="120" y1="30" x2="120" y2="272" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1"/><line x1="120" y1="250" x2="520" y2="50" stroke="#8a8a8a" stroke-width="1"/><path d="M 120 50 L 160 51 L 200 54 L 240 58.9 L 280 65.8 L 320 74.5 L 360 84.9 L 400 97 L 440 110.7 L 480 125.7 L 520 141.9" fill="none" stroke="#1f1f1f" stroke-width="1.5"/><path d="M 180 250 L 180 52.2 L 515.5 52.2 L 515.5 140.1 L 339.9 140.1 L 339.9 79.5 L 461.1 79.5 L 461.1 118.4 L 383.2 118.4 L 383.2 91.8 L 436.5 91.8 L 436.5 109.4 L 401.2 109.4 L 401.2 97.4 L 425.2 97.4" fill="none" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.2"/><circle cx="415.6" cy="102.2" r="4.5" fill="#1b81e0"/><text x="540" y="46" font-size="12" fill="#8a8a8a">y = x</text><text x="536" y="146" font-size="12" fill="#1f1f1f">y = cos x</text><text x="428" y="122" font-size="12" fill="#1b81e0">不動点 x* ≒ 0.739</text><text x="180" y="270" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">x_0</text><text x="112" y="270" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="end">0</text><text x="340" y="290" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">反復するほど y = x に巻きつき、1 点に収束する</text></svg>

図のクモの巣は から始めた反復である。 のあいだを往復しながら、交点へ巻きついていく。

電卓で を押し続けると に落ち着く、という現象がこれである。縮小写像の原理が、そのまま計算手続きになっている。

応用: 微分方程式の解の存在

初期値問題 , を積分形に直すと次のようになる。

右辺を に対応させる作用素 を考えると、解を求めることは の不動点を求めることに等しい。

についてリプシッツ連続なら、 の十分近くで は縮小写像になる。連続関数の空間が一様ノルムで完備なので、縮小写像の原理から不動点がただ 1 つ存在する。

これが Picard–Lindelöf の定理である。解の存在と一意性が、完備性と縮小性の 2 つだけから出ている。

応用: Baire のカテゴリー定理

完備距離空間では、稠密開集合の可算個の共通部分がふたたび稠密になる。これを Baire のカテゴリー定理という。

言い換えると、完備距離空間はいたるところ疎な集合の可算和では覆えない。空間が「薄い部分の寄せ集め」にはならない、という主張である。

関数解析の基本定理である一様有界性原理、開写像定理、閉グラフ定理は、いずれもこの定理を経由して証明される。完備性を仮定する理由がここにある。

では成り立たない。 は 1 点集合の可算和であり、各点はいたるところ疎だからである。完備でない空間では結論が崩れる。

全有界性とコンパクト性

完備性はコンパクト性の半分にあたる。距離空間について次が成り立つ。

がコンパクト

が点列コンパクト

が完備かつ全有界

全有界とは、任意の に対して有限個の半径 の球で覆えることをいう。有界より強い条件である。

は完備だが全有界でないのでコンパクトでない。 は全有界だが完備でないのでコンパクトでない。両方そろって初めてコンパクトになる。

で「有界閉集合ならコンパクト」が成り立つのは、そこで有界と全有界が一致するからである。無限次元ではこの一致が崩れる。

完備化とは何か

任意の距離空間 に対して、完備な距離空間 と等長な埋め込み が存在し、 で稠密になるようにできる。この の完備化という。

穴の空いている場所に点を足す操作である。足しすぎないという条件が、像が稠密であるという要求にあたる。

の完備化が であり、 ノルムを入れた の完備化が 、一様ノルムを入れた多項式全体の完備化が である。

完備化の構成

構成は Cauchy 列そのものを点とみなすやり方が標準的である。

の Cauchy 列全体に、 のとき という同値関係を入れる。同じ場所を指している列を同一視する、という意味になる。

同値類の集合に で距離を定める。この極限は の完備性から存在し、代表元の取り方によらない。

の点 を定数列の類に対応させると等長な埋め込みが得られ、像は稠密になる。Cantor による実数の構成は、 としたこの手続きそのものである。

完備化の一意性

完備化は等長同型を除いて一意に定まる。「同型」ではなく「等長同型」である点が大事だ。

がともに の完備化なら、 上で恒等写像となる等長全単射 がただ 1 つ存在する。稠密な部分での一致が全体へ延びるからである。

距離を保つ写像に限っている理由は、完備性が距離の性質だという事実に戻る。位相同型まで緩めると、一意性は言えなくなる。

例: 有理数の別の完備化

の完備化は だけではない。距離を変えれば別の完備化が得られる。

素数 を固定し、 でない有理数 で割れない)と書いて と定める。 で多く割れるほど小さい、という測り方である。

この p 進絶対値から定まる距離で を完備化したものが p 進数体 になる。

通常の絶対値完備化は
p 進絶対値完備化は
自明な絶対値完備化は 自身

同じ集合 から、距離の選び方だけで互いにまったく異なる空間が生まれる。完備性が距離に依存するという主張の、もっとも劇的な現れ方である。

Ostrowski の定理

の完備化がこれで尽きることも分かっている。

Ostrowski の定理によれば、 上の自明でない絶対値は、通常の絶対値か、ある素数 の p 進絶対値のいずれかと同値である。1916 年に示された。

したがって の完備化は と、各素数に対する で全部になる。有理数から作れる完備な数体系が、この形に分類されるということである。

数論では と全部の を同時に扱う。局所大域原理やアデールの理論は、完備化を並べて眺める立場から生まれている。

参考文献

Wikipedia: Complete metric space
Wikipedia: Cauchy sequence
Wikipedia: Totally bounded space
Wikipedia: p-adic number
Wikipedia: Banach fixed-point theorem
Wikipedia: Picard-Lindelof theorem
Wikipedia: Baire category theorem
Wikipedia: Ostrowski's theorem
Polish space(nLab)
Christopher Heil, Short review of metrics, norms, and convergence(Georgia Tech)
T. W. Korner, Metric and Topological Spaces(Cambridge)
距離空間の完備性を定義から解説する。3 つの直観、21 個の例、完備性が距離で決まり位相では決まらないこと、縮小写像の原理と Baire のカテゴリー定理、完備化の構成と Q の 2 種類の完備化までを扱う。