多様体の定義(座標近傍とアトラスで貼り合わせる)
多様体は、近くで見るとユークリッド空間に見える空間です。全体としてどんな形でも、小さく切りとれば平らな地図に写せる。
作るときも同じで、平らな地図を何枚も用意し、重なるところで座標のつなぎ方を決めます。
定義は 3 つの条件
位相空間 が次の 3 つをみたすとき、 次元位相多様体といいます。
3 つ目が中心にあり、残りの 2 つは病的な例を除くための条件です。
座標近傍と座標近傍系
局所ユークリッドという条件に、名前と記号をつけます。
の開集合 と同相写像 の組 を座標近傍といいます。チャートとも呼びます。 が の各点に座標を与える。
点 の座標は です。座標のつけ方は 1 通りではない。
座標近傍を集めた が 全体を覆うとき、これを座標近傍系、またはアトラスといいます。地図帳という意味の語。
円周の点を北極から見て、赤道の線の上へ落とす。これが立体射影で、北極の 1 点だけが写りません。
球面に 2 枚入れる
同じことを 次元でやります。北極 を除いた部分から への写像は、次の形になる。
逆写像も書けます。
両方とも連続なので同相になる。南極については分母を に替えればよく、逆写像は最後の成分の符号だけが変わります[1]。
2 枚で球面全体を覆えました。1 枚では足りない。球面はコンパクトで、 と同相にならないためです。
重なりでの座標変換
重なった部分では、同じ点に 2 組の座標がつく。 と について、次の合成を座標変換といいます。
これは の開集合のあいだの写像です。ここから先は解析の言葉で扱える。

2 枚の両立とは、座標変換が微分同相であることです。互いに で、逆写像も 。
どの 2 枚も両立している座標近傍系を滑らかな座標近傍系といいます。この条件をつけて初めて、微分という言葉が多様体の上で意味を持つ。
位相多様体のままなら、座標変換はただの同相写像です。座標から読めるのは位相の情報だけで、長さも角度も面積も測れず、微分も積分も定義できません[1]。
メルカトル図法と同じ事情です。この図法は角度を保ちますが、面積は保ちません。典型的なメルカトル図では、グリーンランドがアフリカより大きく見える。実際の面積は 220 万平方キロメートルと 3000 万平方キロメートル[1]。
座標変換に何を求めるかで、地図から読めるものが決まる。無限回微分できることを求めれば微分可能多様体、角度が保たれることを求めれば共形多様体です[1]。
滑らかな構造は極大な座標近傍系
同じ多様体に、座標近傍系はいくらでも書けます。球面なら立体射影の 2 枚でもよいし、経度と緯度で細かく割ってもよい。
2 つの座標近傍系の和集合がまた座標近傍系になるとき、その 2 つは同値だといいます。同値なものは同じ滑らかな構造を定める。
集められるだけ集めると、極大な座標近傍系がただ 1 つできます。滑らかな構造とは、この極大な座標近傍系のことだと考える。それが標準的な立場です[2]。
こう決めておけば、どの座標近傍を使うかで議論が変わりません。座標近傍は計算の道具であって、多様体そのものではない、という立場が保てます。
次元は座標の選び方によらない
座標近傍ごとに次元が違ってよいのか、という問いが残ります。重なりがあれば、答えは同じ次元。
滑らかな場合は短く済みます。 と が微分同相なら、その微分は線形同型になる。
と のあいだに線形同型があるので です[2]。
位相多様体では、この道が通りません。座標変換はただの同相写像で、微分できないため。
代わりに次元の不変性がいります。 の開集合と の開集合が同相なら 、という定理。証明には相対ホモロジーが必要になります[1]。
定義の見た目は素朴でも、次元が決まること自体は深いところにある。連結な多様体なら、次元は全体で 1 つに決まります。
滑らかな写像
多様体のあいだの写像も、座標近傍を通して定めます。 が滑らかだとは、座標で見た が になることです。
これは の開集合から への写像なので、解析の言葉で判定できる。
座標の選び方によらない点が肝心です。別の座標近傍に替えても、座標変換が なので合成はやはり 。両立という条件がここで効いてきます。
が全単射で、 と の両方が滑らかなとき、 を微分同相といいます。微分同相な 2 つの多様体は、多様体としては同じものと見なす。
部分多様体
大きな多様体の中に、小さな多様体が入っていることがあります。
の部分集合 が、 の座標でうまく見ると の形に見えるとき、 を部分多様体といいます。座標のうち後ろの 個が になる、という形。
例として多いのは方程式の解集合です。滑らかな関数の正則値の逆像は部分多様体になる。
球面 もその例で、 の値 での逆像です。 の微分は原点以外で消えないため、 は正則値。
このやり方なら、座標近傍系を手で書かずに済みます。方程式を 1 本立てれば、多様体が 1 つ決まる。
原点が 2 つある直線
ハウスドルフ性を外すと、直感に反する空間が現れます。
を 2 本用意し、 以外のすべての点を貼り合わせます。 だけが 2 つ残る、という空間。
どの点にも と同相な近傍があるので、局所ユークリッドです。ところが 2 つの原点は、交わらない近傍で分けられません。

数列 が 2 つの原点の両方に収束してしまい、極限が 1 つに決まらない。こうした空間を除くために、ハウスドルフ性を定義に入れます。
第二可算性と距離
第二可算性のほうは、大きすぎる空間を除きます。連結な多様体では、第二可算であることと距離が入れられることは同値です[2]。
この条件を定義に入れない流儀もあります。入れないままでも議論の大半はそのまま成り立ち、ホイットニーの埋め込み定理だけが通らなくなる[2]。
ふつうは、ハウスドルフで、パラコンパクトで、可算な基底を持つものだけを多様体と呼びます。この約束のもとでは距離も入ります[3]。
積とトーラス
同じ手順で、例はいくつも書けます。
と が多様体なら、直積 も多様体です[1]。座標近傍は両者の座標近傍の積をとればよい。
トーラスはこの構成で決まります。 と定めれば、球面の座標近傍系と直積だけで多様体になる[1]。
2 次元トーラスは、 の中の曲面としても書けます。
どちらの決め方でも、できあがる空間は同相です[1]。
原点で尖った曲線
すべての図形が多様体になるわけではありません。 の中で が定める集合を見ます。

尖って見えますが、多様体かどうかは位相だけの問題。見た目は関係ありません。
これは位相多様体です。 が からの同相写像を与える。 が へ近づけば も へ近づくので、逆向きも連続。
ところが の中の滑らかな部分多様体ではありません。滑らかな曲線なら、原点の近くは接線の向きのグラフになるはずです。
接線の向きは 軸。 の進む向きが 、つまり の向きで、 を へ近づけると 軸に近づくためです。
を 1 つ決めると の 2 点が対応する。 軸の上のグラフになっていないので、滑らかな曲線として書けません。
位相と滑らかさは別物
位相多様体に滑らかな構造が入るとは限りません。座標近傍系は書けるのに、座標変換をすべて にそろえられない。そういう位相多様体があります[1]。
逆に、1 つの位相空間にいくつも滑らかな構造が入ることもあります。 には、互いに微分同相でない滑らかな構造が 28 個ある[1,2]。
では非可算個です。 の では、滑らかな構造は 1 つに決まります[1]。
を 28 通りに分けているのは、点の集まりでも位相でもなく、座標変換のそろえ方です。









