余接空間と dx - 双対基底が 1 形式を決める
は小さな量ではありません。接空間の上の線形形式、つまり関数です。
この一点をはっきりさせると、微分形式の記法がすべて筋の通ったものに見えてきます。出発点は線形代数の双対空間です。
双対空間の作り方
ベクトル空間 に対して、 から への線形写像の全体を と書きます。和とスカラー倍が自然に入るので、 もまたベクトル空間。
有限次元なら です。等しいだけで、同じものではありません。
証明は双対基底の構成そのものです。 の基底 を 1 組とると、次をみたす の基底がただ一つ決まります[3]。
が何をする写像かというと、入力ベクトルの第 成分を読み取ります。 を入れれば 。
双対基底は基底全体で決まる
ここに落とし穴があります。 は だけから決まるのではなく、 の選び方にも依存します。
という条件だけでは足りず、 以下の条件も同時に課しているためです。 を動かせば、 をそのままにしても が変わります。
濃い矢印も、水平の基底も動かしていません。もう 1 本の基底を回しただけで、1 番目の成分が変わります。
成分を読み取るという操作が、基底全体に依存している。この事実が、次の話につながります。
双対基底が基底になること
で定めた 個の写像が、本当に の基底になるかを確かめておきます。
まず張ること。任意の に対して と置き、 を作ります。
がすべての で成り立つので、基底の上で一致します。線形写像は基底での値で決まるため です。
次に一次独立。 を に作用させると が出ます。どの でも同じなので、係数はすべて 。
これで が言えました。有限次元だから成り立つ話で、無限次元では双対のほうが真に大きくなることがあります。
双対写像は転置になる
双対は写像にも作用します。線形写像 に対して、向きを逆にした写像 が決まります。
は 上の線形形式、 は のベクトルです。 を へ送ってから で測る、という順番。
双対基底で成分を書くと、 の行列は の転置になります。行列の転置という操作に、座標によらない意味が与えられたことになる。
向きが逆になる点が要です。ベクトルは写像と同じ向きに進み、余ベクトルは逆向きに戻る。この向きの違いが、あとで引き戻しという名前になります。
標準的な同型がない
なので、線形同型は必ず存在します。ただし、基底を選ばずに作れる同型はありません。
基底 を選んで と対応させれば同型ができます。しかしいま見たとおり、この対応は基底の選び方に依存する。別の基底で作れば別の同型になります。
対照的に、 から への対応は基底なしで作れます。 に対して、 という 上の線形形式を与えるだけ。
有限次元ならこれが同型になります。双対を 2 回とればもとに戻るのに、1 回では戻れない。この非対称が、以下の議論をずっと支配します。
余接空間
多様体に移ります。点 の接空間 の双対を、余接空間と呼びます[3]。
その元は 1 形式、あるいは余ベクトルと呼ばれます。作用は と書き、双対の括弧を使って とも書きます[3]。
バークレーの講義録は、余接空間の元を余ベクトル、余接ベクトル、1 形式のいずれの名でも呼ぶと述べています[1]。呼び名が多いのは、由来の違う分野が同じものに行き着いたためです。
の正体
座標 をとります。 は 上の関数なので、その微分 は から への線形写像、つまり 1 形式です[3]。
定義に従えば 、要するに を関数 に作用させた値。座標基底に食べさせると次のようになります[3]。
さきほどの双対基底の条件そのものです。よって は の双対基底になります[3]。ドイツの講義録も同じ主張を書いています[2]。
任意の 1 形式はこの基底で展開できます。成分は座標基底に食べさせた値です[3]。
を書き下す
関数 の微分も 1 形式です。基底で展開すると、成分はそのまま偏微分になります[2]。
解析で習う全微分の式と同じ形です。違うのは記号の意味で、 が小さな増分ではなく基底ベクトルの一つになっている点。
この読み替えは記法だけの話ではありません。 を 1 点ごとの線形写像として扱えるので、微分を代数の対象として操作できます。
作用の中身
と を組み合わせると、成分の積和になります。上下の添字が 1 つずつ噛み合う形です。
計量はどこにも登場しません。長さも角度も使わず、線形代数だけで値が決まります。
の成分を に固定し、 だけを回しています。2 つの項が押し合いながら、合計を作ります。
座標変換の向き
座標を から へ換えると、成分の変換規則が出ます。接ベクトルとは向きが逆です[1]。
接ベクトルの側は が掛かりました。分子と分母が入れ替わっています。
古い流儀では、この規則に従う量を共変ベクトルと呼びました。余接ベクトルは共変ベクトルと同じものです[1]。
積和 が座標によらないのは、2 つの規則が互いに逆行列だからです。掛け合わせると単位行列になります。
余接束と 1 形式
各点の余接空間を全部集めた を余接束と呼びます。ドイツの講義録は、接束の双対ベクトル束として定義しています[2]。
の滑らかな切断、つまり各点に余接ベクトルをなめらかに割り当てたものが 1 形式です。座標では と書け、 が滑らかな関数になります。
点ごとの余接ベクトルと、多様体全体の 1 形式は別の概念です。ただし同じ記号で書くので、文脈で読み分けます。
外微分へつながる
という操作は、 形式から 形式への写像です。これを高い次数へ延ばしたものが外微分。
形式に対しては、次のように定めます。
楔積 は反対称なので、 です。この反対称性から が出ます。
2 階偏微分が対称なのに、楔積が反対称。掛け合わせて足すと打ち消し合います。 という等式は、この一致から生まれます。
計量を入れると矢印になる
余接ベクトルに矢印を対応させたいなら、内積が要ります。リーマン計量 があれば、成分の添字を上げ下げできます。
この 2 つの対応を音楽的同型と呼びます。下げるほうを 、上げるほうを と書く習わし。
大事なのは、対応が計量に依存することです。計量を取り替えると、同じ 1 形式に別の矢印が対応します。
水色の板が 1 形式、灰色の楕円が計量の単位球です。楕円を縦横に伸び縮みさせると、矢印が板に垂直な向きから外れていきます。
垂直になるのは楕円が真円のとき、つまり計量が標準的なときだけ。デカルト座標に慣れていると区別が見えないのは、そのためです。
なぜ と書くのか
記号の由来にも触れておきます。古典的には は の小さな増分でした。
いまの定義では、 は座標関数 の微分、つまり 1 形式です。小さくもなんともない、はっきりした大きさを持つ線形写像。
橋渡しは作用の値にあります。小さな接ベクトル を用意して を計算すると、古典的な小さな増分にあたる数が出ます。
記号を変えなかったのは、計算の見た目がそのまま通じるためです。 という式は、両方の読み方で正しく読めます。
積分でも同じ事情です。 の を 1 形式と読み替えると、変数変換の公式が引き戻しの言葉でそのまま書けます。
有限次元だから戻れる
と が自然に同型になる話は、有限次元に限った現象です。
無限次元では、双対をとるたびに空間が大きくなることがあります。代数的な双対を素朴にとると、次元が真に増えてしまう。
関数解析では、双対をとって戻ったときにもとに含まれる、という性質を反射性と呼び、特別な性質として扱います。有限次元ではそれが自動的に成り立つ。
多様体の各点の接空間は有限次元なので、この心配は要りません。ただし「双対は 2 回で戻る」という感覚が、どこでも通じるわけではない点は覚えておく価値があります。
テンソルへの入口
余接ベクトルを複数並べると、テンソルになります。 の元 個を受け取って数を返す多重線形写像が 型テンソル。
計量 もその一つです。ベクトルを 2 本受け取って数を返すので、 型テンソルにあたります。
添字を下げる操作は、この見方だと自然です。 にベクトルを 1 本だけ入れると、あと 1 本を待つ状態、つまり 1 形式が残ります。
微分形式は、ここから反対称なものだけを取り出した部分です。反対称にすると積分と相性がよくなり、外微分やストークスの定理が使えるようになります。











