添字ではなく写像で考えるテンソル場、縮約と添字の上げ下げまで
テンソルを「添字がたくさん付いた量」と覚えると、どこまでが定義でどこからが表示なのかが見えなくなります。添字は座標を決めたあとに現れるもので、本体ではありません。
テンソルの本体は多重線型写像です。接ベクトルと余接ベクトルを何本か受けとって実数を返し、どの引数についても線型である、というだけの対象。
以下では定義から座標変換則を導き、縮約や添字の上げ下げがなぜ許されるのかを確かめ、最後に「テンソルかどうか」を判定する基準まで扱います[1]。
テンソルは添字の並びではない
物理の教科書では、座標変換でこう変わる量をテンソルと呼ぶ、という定義をよく見ます。この流儀でも中身は同じですが、順序が逆さまになる。
変換則は、多重線型写像を座標で書いたときに自動的に出てくる帰結です。定義に据えると、なぜその形なのかが説明されないまま残ります。
以下では多重線型写像を定義に採り、変換則は導かれるものとして扱います。どちらの流儀でも到達点は変わりません[4]。
多重線型写像としての定義
点 における 型テンソルとは、 個の余接ベクトルと 個の接ベクトルを引数にとる多重線型写像
のことです。多重線型とは、ほかの引数を固定したとき、残る 1 つについて線型になること。
を反変の階数、 を共変の階数といいます。合わせて が価数。
型テンソル全体は 上のベクトル空間になり、 と書きます。次元は です。
型 の読み方
引数の並びが型を決めます。余接ベクトルを食べる口が 個、接ベクトルを食べる口が 個。
ここで反変と共変の名前が逆に感じられることがあります。余接ベクトルを食べるほうが反変で、接ベクトルを食べるほうが共変。
名前は成分の変換のしかたから付いています。食べる相手ではなく、成分がどちらに動くかを見た呼び名[2]。
例:低い型を並べて確かめる
型が小さいものを書き出すと、見慣れた対象がそろって現れます。
余接ベクトル 1 本を食べて実数を返す。二重双対の同一視で接ベクトルそのものになります。
接ベクトル 1 本を食べて実数を返す。余接ベクトル、つまり 次微分形式です。
接ベクトル 2 本を食べる双線型形式。リーマン計量がこの型に入ります。
余接ベクトル 1 本と接ベクトル 1 本を食べる。線型写像 と同一視できます。
型は引数のない写像、つまり実数そのものです。関数はいちばん低い型のテンソル場。
テンソル場は束の切断
各点 に 型テンソルを滑らかに配ったものがテンソル場です。テンソル束 の滑らかな切断、という言い方をします[3]。
滑らかさは成分で判定します。どの座標近傍でも成分が滑らかな関数になっていればよい。
テンソル場の全体は 上の加群になります。関数を掛けても型が変わらないため。
微分形式は反対称なテンソル場の言い換えです。反対称性を課したぶん、外積という余分な構造が入ります。
成分と基底
局所座標 をとると、接空間の基底は 、余接空間の基底は です。
テンソル の成分を
で定めると、 は基底のテンソル積の一次結合として書けます。多重線型性から、基底での値がぜんぶを決める。
成分は 個の実数です。 次元の 型なら 個。
例:2 次元で成分を数える
とします。 型なら成分は 個で、行列 1 つぶん。
対称という条件を課すと独立成分は 個になります。反対称なら 個だけ。
次元の 次微分形式が本質的に 個の関数で書けるのは、この数え上げから。面積形式にスカラーを掛けたものしかありません。
座標変換則
座標を から へとり替えます。基底の変換は連鎖律から出ます。
2 本のヤコビ行列は互いに逆行列です。これを成分の定義に入れれば変換則が出ます。
上の添字にはヤコビ行列が、下の添字には逆行列が掛かります[2,5]。
反変と共変が逆に変換する理由
基底を大きくすれば、同じベクトルを表す成分は小さくなります。長さ の物差しを長さ にすれば、目盛りの数は半分になる。
接ベクトルの成分はこう動くので、基底と逆向きに変わります。これが反変。
余接ベクトルは基底に対して双対に定義されているので、基底と同じ向きに変わります。こちらが共変[6]。

物差しの長さと目盛りの数が逆に動く、というだけの話です。反変という名前はここから来ています。
計量の成分は 型なので、逆行列が 2 回掛かります。基底を 2 倍にすれば は 4 倍。
例:極座標で計量の成分が変わる
平面のユークリッド計量は直交座標で です。成分は単位行列。
極座標へ移すと、さきに見た引き戻しの計算から
になります。成分は対角で と 。
計量そのものは変わっていません。変わったのは基底で、 が長さ を持つようになったところ。
変換則を定義に採用する流儀
物理では、変換則を満たす成分の組をテンソルと呼ぶ流儀が主流です。この立場でも、対象は同じものになります。
多重線型写像から変換則が出ることは上で見ました。逆に変換則を満たす成分の組があれば、基底での値を指定したことになり、多重線型写像が 1 つ決まる。
2 つの定義は同値です。座標を先に置くか、あとに置くかの違い。
テンソル積
型 と 型 に対し、テンソル積 を
で定めます。引数を前半と後半に分けて、それぞれに食わせて掛ける。
型は になります。成分で見れば、単に成分どうしの積[4]。
テンソル積は結合的ですが、可換ではありません。 と では引数の順が違う。
例: を作る
と はどちらも 型です。テンソル積は 型になる。
なので、成分は 成分だけが で残りが です。
と は違うテンソルです。差をとると反対称になり、 の定数倍。
縮約
型テンソルの上の添字 1 つと下の添字 1 つを選び、同じ文字にして和をとる操作を縮約といいます。
型は に落ちます。座標に依らない操作であることは、変換則で 2 本のヤコビ行列が逆行列どうしになって消えることから[5]。
上の添字どうし、下の添字どうしを縮約することはできません。計量がない限り、逆行列が現れないため。
例: 型の縮約はトレース
型テンソルは線型写像 と同じものでした。縮約すると が残ります。
これは行列のトレースです。基底をとり替えてもトレースが変わらない、という線型代数の事実が、縮約が座標に依らないことの言い換えになっている。
行列式のほうは縮約では出てきません。多重線型で反対称な形を使う別の構成が要ります。
例:リッチ曲率は縮約で出る
リーマン曲率テンソルは 型です。上の添字 1 つと下の添字 1 つを縮約すると 型が出ます。
これがリッチ曲率です。さらに計量で添字を上げてもう一度縮約すればスカラー曲率になる。
縮約の場所を変えると別のものが出ます。曲率テンソルの対称性のおかげで、実質的に意味のある縮約は 1 通りに定まる。
次元多様体上の 型テンソル場の独立な成分は何個か。
- 個
- 個
- 個
- 個
対称化と反対称化
同じ種類の添字について、入れ替えても変わらない部分と符号が変わる部分をとり出せます。
型なら が対称部分、 が反対称部分です。
と分解できます。 階のときだけは、この 2 つで全部[4]。
例:2 階テンソルを分解する
、、、 とします。
対称部分は で、対角はそのまま。反対称部分は 、 です。
対称部分は二次形式として、反対称部分は面積要素として働きます。役割の違う 2 つが 1 つのテンソルに同居している。
階以上では、対称でも反対称でもない成分が残ります。分解は 2 つでは終わりません。
計量による添字の上げ下げ
リーマン計量 とその逆行列 があると、添字を上げ下げできます。
型が から へ移ります。情報は落ちません。 なので、上げてから下げれば元に戻る[6]。
計量がない多様体では、この操作は使えません。上と下を行き来する橋が計量。
例: 型を 型へ
第二基本形式 に を掛けると が出ます。これが形状作用素で、線型写像として読める。
主曲率はこの 型の固有値です。 型のままでは固有値という言葉が使えません。線型写像でないと固有ベクトルが定義できないため。
添字の上げ下げは、見た目を変えるだけの操作に見えて、使える道具を変えます。
音楽的同型
計量による上げ下げには記号が付いています。ベクトルを余ベクトルへ送る と、逆向きの です[6]。
と書きます。音楽記号のフラットが音を下げることと、添字を下げることを掛けた呼び名。
勾配ベクトル場は です。 は計量なしで定まりますが、勾配は計量に依存する。
テンソルかどうかを見分ける
添字が付いていればテンソル、というわけではありません。座標変換で正しく変わるかどうかが分かれ目です。
判定にはもっと使いやすい形があります。ベクトル場の組に値を返す写像が、関数倍について線型なら、その写像はテンソル場になる[1]。
が任意の で成り立てばよい。テンソル判定補題と呼ばれます。
線型性が効く理由
関数倍について線型なら、 の値は各点でのベクトルの値だけで決まります。近くでの振る舞いが結果に影響しない。
証明はバンプ関数を使います。2 組のベクトル場が 1 点で一致していれば、差をバンプ関数で潰して の値が等しいことを示す。
微分が入ると、この性質が崩れます。微分は近くの値を見るので、関数を外へ出すときにライプニッツ則の余分な項が出る。
例:クリストッフェル記号はテンソルでない
は つの添字を持ちますが、テンソルではありません。座標変換で余分な二階微分の項が出ます。
第 2 項が邪魔をします。テンソルなら第 1 項だけのはず。
この項があるおかげで、ある点でクリストッフェル記号を全部 にする座標がとれます。テンソルなら、1 点で なら全座標で になってしまう。
例:2 つの接続の差はテンソルになる
接続 と をとり、差 を考えます。
に関数を掛けると、両方に同じ の項が出て、引き算で消えます。残るのは だけ。
したがって は 型テンソル場です。個々はテンソルでなくても、差はテンソルになる。
接続の全体がアフィン空間になるのは、この事実の言い換えです。差がベクトル空間の元になる構造。
例:計量はテンソル、勾配はテンソルでない量を含む
計量 は関数倍を素通しします。 なのでテンソル。
いっぽう は について線型ではありません。 となり、余分な項が出る。
方向微分がテンソルにならないことが、共変微分と接続を導入する動機になります。
双線型形式を絵で見る
型で対称かつ正定値なテンソルは、各点で内積を定めます。単位円の行き先を見ると形が分かる。
成分が動くと、長さ の点の集まりが楕円として伸び縮みします。計量が変わるとは、この楕円が変わること。
非対角成分 が入ると楕円が傾きます。座標軸が直交しなくなった、という意味。
型の地図を描く
テンソル積は型を増やし、縮約は型を減らします。 を座標に置いて並べると、演算が動く向きが見えます。

右上へ行くほど成分の数が増えます。 次元なら 個。
縮約は左下へ 1 マス動く操作です。 から へ落ちればトレース、 から へ落ちればリッチ曲率。
例:テンソル積で計量を作る
形式 と からテンソル積で 型を組み立てます。
が平面の標準計量です。成分は単位行列。
係数を変えて とすれば、 方向だけ 2 倍に測る計量になります。楕円が横に潰れた形。
対称でない は計量になりません。 が破れるため。
対称テンソルと反対称テンソルの次元
次元で 型の対称テンソルの次元は です。反対称なら 。
では反対称テンソルが しかありません。 次元多様体に 次微分形式が存在しないのは、この数え上げから。
対称のほうは をいくら上げても になりません。多項式が何次でも作れることに対応しています。
テンソル場が使われる場面
同じ枠組みが、性格の違う量をまとめて扱います。
型と対称性を指定すれば、それぞれの対象が切り出されます。テンソル場は個々の量の上位概念[3]。










価数は 2+3=5 で、成分の数は 35=243 です。対称性を課していないので、これがそのまま独立成分の数になります。