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余接ベクトルを「等高線の束」として描く

余接ベクトルは矢印ではありません。ベクトルを 1 本受け取って数を 1 つ返す機械です。

矢印として描こうとすると、いくつも無理が出ます。等高線の束として描けば、その無理が消える。

双対空間から始める

ベクトル空間 に対して、 から実数への線形写像の全体を と書き、双対空間と呼びます[1]

多様体 の点 では、接空間 の双対を余接空間 といいます。その元が余接ベクトル、あるいは 1 形式です[1]

フランスの講義録も同じ言い方で、余接空間を接空間の双対とし、その元を線形形式または余ベクトルと呼んでいます[3]

次元は接空間と同じ です。同じ次元なので、うっかり同じものだと思いたくなる。そこが落とし穴になります。

成分の決め方

余接ベクトル の成分は、基底に食べさせて決めます[1]

逆に、座標関数 の微分 をベクトル に作用させると、 の第 成分がそのまま出てきます[1]

つまり の双対基底です[2]。ドイツの講義録もこの点をはっきり書いています。

作用の値は成分の単純な組み合わせになります。添字が上下で 1 つずつ噛み合う形。

計量はどこにも出てきません。長さも角度も使わずに数が決まる、という点が大切です。

は小さくない

いちばん身近な余接ベクトルが、関数の微分 です。ベクトル を入れると、 方向の方向微分を返します[1]

ここでつまずく人が多い、とバークレーの講義録は書いています[1] という記号に、微小量という手触りが染み付いているためです。

昔の書き方では の小さな増分でした。いまの意味では は演算子で、小さくもなんともない。

2 つの流儀の橋渡しはこうなります。小さな変位ベクトル を用意して、演算子 を作用させた値が、昔でいう小さな にあたります[1]

小さいのは のほうで、 は小さくありません。

座標の双対基底で書くと、成分は偏微分そのもの[2]

等高線として描く

では余接ベクトルはどう描けばよいか。答えは、平行な直線の束です。

は線形なので、 となる の全体は超平面になります。 となる集合、 となる集合も、それに平行な超平面。

こうして接空間が等間隔の平行な板に仕切られます。ベクトルを 1 本置いたとき、その矢印が横切る板の枚数が の値。

矢印が板と平行なとき、横切る枚数は です。板に垂直に近いほど枚数が増える。矢印を伸ばせば枚数も比例して増えます。

線形性がそのまま図に出ています。値が向きと長さの両方で決まり、しかも和について足し算になる。

濃さが大きさ

この描き方には、もう一つ良いところがあります。 を 2 倍すると、板の間隔が半分になる。

ベクトルは矢印の長さが大きさでした。余接ベクトルは板の詰み具合が大きさになります。長さではなく密度。

大きさの表し方が違うので、単位も逆向きに動きます。ベクトルがメートルなら、余接ベクトルは 1 メートルあたりの何か。掛け合わせると単位のない数になります。

関数の等高線が見せてくれる

の場合、板の正体は の等高線です。点 のまわりで の等高線を拡大すると、平行な直線の束に見えてきます。

その束がそのまま になります。 が急に変わるところでは等高線が詰み、 が大きい。

灰色の円が の等高線で、値を 1 ずつ上げて描いてあります。青い 3 本が、その点での局所的な板。

外側ほど円の間隔が狭くなります。 が 2 次で増えるので、遠いところでは少し動くだけで値が大きく変わる。

座標変換で逆に動く

ベクトルと余接ベクトルの違いが、いちばんはっきり出る場面は座標変換です。

ベクトルの成分は新しい座標の側の偏微分で変換されます。余接ベクトルの成分は、その逆です[1]

古い流儀では、ベクトルを反変ベクトル、余接ベクトルを共変ベクトルと呼びました[1]。フランスの講義録も、ベクトルは反変に、余ベクトルは共変に変換されると述べています[3]

具体例で見ます。長さの単位をメートルからセンチメートルへ変えると、基底ベクトルは 分の に縮みます。

同じ矢印を表すには、成分を 倍しなければなりません。いっぽう の側は、板の間隔が 分の になるので、成分は 分の

掛け合わせた は変わりません。逆向きに動くからこそ、組み合わせた値が座標によらない。

青い矢印と水色の板は動かしていません。動かしているのは基底の長さだけ。それでも 2 つの成分が逆向きに変わります。

引き戻しは無条件にできる

もう一つの非対称が、写像に沿った運び方です。滑らかな写像 があるとき、余接ベクトルは から へ自由に運べます。

定義は素直で、 の微分を通してから食べさせるだけ。

右辺は 側での作用です。 の接ベクトルなので、 へ送ってから に渡します。

ベクトルの側は同じようにいきません。 のベクトル場を へ送っても、 が単射でなければ行き先で値が競合します。全射でなければ、値の決まらない点が残る。

だから余接ベクトルは引き戻し、ベクトルは押し出しと呼び分けられます。引き戻しはいつでもでき、押し出しには条件が要る。

積分が 1 形式の言葉で書かれるのは、この使いやすさとも関係しています。変数変換が引き戻しとしてそのまま書ける。

束としてまとめる

各点の余接空間を全部集めると、余接束 になります。ドイツの講義録は、接束の双対として得られるベクトル束を余接束と呼んでいます[2]

1 形式とは、この束の滑らかな切断のこと。各点に余接ベクトルを 1 つずつ、なめらかに割り当てたものです。

点ごとの余接ベクトルと、多様体全体の 1 形式は別の概念です。ただし同じ記号を使うので、文脈で読み分けます。

計量がないと矢印にできない

は同じ次元なので、線形同型が存在します。ただし、自然な同型はありません。

基底を 1 組選べば同型が作れます。しかしその同型は基底の選び方に依存し、座標を換えると別のものに化けてしまう。

内積 があれば話が変わります。ベクトル に対して という余接ベクトルを対応させれば、基底によらない同型が決まります。

成分では添字の上げ下げになります。 という操作。

矢印にできるのは計量を入れたあとの話です。計量のない多様体では、余接ベクトルは矢印になれません。

接ベクトル

矢印。長さが大きさ。座標変換で反変にふるまう

余接ベクトル

板の束。密度が大きさ。座標変換で共変にふるまう

勾配は計量に依存する

この違いは勾配ではっきりします。 は別物です。

は計量なしで決まります。成分は偏微分 そのもの。

の添字を計量で上げたものです。

平面の極座標で試します。計量は なので、逆行列は です。

が付きました。 の成分をそのままベクトルの成分だと思って書くと、この係数を落とすことになる。

デカルト座標では計量が単位行列なので、両者の成分が一致します。だから区別が見えません。区別が見えるのは、座標を曲げたときと、計量を入れ替えたとき。

力は余接ベクトル

物理でも役割の違いが出ます。変位はベクトル、力は余接ベクトルと見るほうが自然です。

理由は掛け算の形にあります。力と変位を組み合わせると仕事になり、その値は座標のとり方によりません。

の添字が下にあるのは偶然ではありません。変位の成分と噛み合って、単位のない量を作るためです。

エネルギーの勾配として力を定義するなら、まさに という 1 形式が出てきます。ここでも矢印にするには計量が要る。

すべての 1 形式が ではない

の形に書ける 1 形式を完全形式と呼びます。書けないものもあります。

外微分をとって となる 1 形式を閉形式といいます[3]。完全なら必ず閉ですが、逆は成り立ちません。

有名な反例が、原点を抜いた平面の上の次の 1 形式です[3]

計算すると になります。それでも をみたす関数 は、平面全体では取れません。

角度 の微分がこれにあたるためです。原点のまわりを一周すると ずれるので、 が一価にならない[3]

閉であって完全でない量がどれだけあるかは、その領域の形で決まります。穴が空いているかどうかという位相の情報が、1 形式の言葉で測れる。

余接ベクトルを「関数の微分」とだけ思っていると、この違いを見落とします。 は 1 形式の一部にすぎません。

積分できるのは 1 形式のほう

もう一つの違いが積分です。曲線に沿って積分できるのは 1 形式で、ベクトル場ではありません。

右辺の被積分関数は数です。 が速度ベクトルを食べて数を返すので、そのまま足し上げられます。

ベクトル場を曲線に沿って積分しようとすると、別々の接空間のベクトルを足すことになり、意味を持ちません。計量を使って という数に直せば積分できますが、そのとき計量に頼っている。

微分形式が積分の言葉として使われるのは、この性質のためです。座標を換えても値が変わらない量が、はじめから積分の形に組まれています。

参考文献

*Notes 1: Lecture Notes on Manifolds, Tangent Vectors and Covectors*. Physics 222, University of California, Berkeley, 2004.
Wendt M. *Skript zur Vorlesung Analysis auf Mannigfaltigkeiten*. Bergische Universität Wuppertal, Sommersemester 2020.
*Champs de vecteurs et formes différentielles*. Cours de géométrie, Université Claude Bernard Lyon 1.
余接ベクトルはベクトルを 1 本受け取って数を返す機械で、矢印ではなく平行な板の束として描けます。矢印が横切った枚数が値になり、板の詰み具合が大きさを表す。df が微小量ではなく演算子であること、座標変換で成分が逆向きに動く理由、計量がないと矢印にできない事情、勾配との違い、引き戻しの自由さ、閉形式と完全形式の差までを扱います。