逆関数定理と陰関数定理とは?極座標・単位円・葉線などの計算例でざっくりわかりやすく解説
一つの写像や方程式を、目的の点のまわりだけで「解く」。逆関数定理と陰関数定理は、そのための二本柱です。どちらも非線型の問題を、線型近似であるヤコビ行列の可逆性へと還元します。微分が可逆なら、もとの写像も局所的に可逆になる。素朴に見えるこの原理が、多変数微分積分学のいちばん深いところで効いてきます。以下、二つの定理を、主張と直観、そしてたくさんの計算例で見ていきます。
逆関数定理
まず逆関数定理です。 を 級写像とし、点 でヤコビ行列 が正則(行列式が でない)だとします。このとき、 の近傍 と の近傍 がとれて、 は 級の逆写像 をもちます。しかも逆写像の微分は、もとの微分の逆行列で与えられます。
直観はこうです。 級の写像は、点 のごく近くでは線型写像 にそっくりです。その線型写像が可逆なら、近くの非線型写像も向きをつぶさず、重なりも作らず、一対一に写します。線型代数の可逆性が、そのまま非線型写像の局所的な可逆性へ持ち上がるのです。ただし保証されるのはあくまで「局所」で、この点はあとで強調します。
1 変数で見る逆関数定理
に落とすと、なじみのある話になります。 で ならば、 の近傍で は逆関数をもち、その微分は です。高校で習う逆関数の微分公式の、正体がこれです。
たとえば は、 がどこでも成り立ちます。だから全域で逆関数をもち、それが です。
いっぽう は なので、原点では定理が使えません。実際 は原点のどんな近傍でも と が同じ値をとる 対 の写像で、逆関数が定まりません。原点を外せば となり、そこでは という逆関数が現れます。
注意したいのは、 は十分条件であって必要条件ではないことです。 は ですが、全域で一対一で、逆関数 をちゃんともちます。ただしこの逆関数は原点で微分できません。定理が主張するのは「微分が可逆なら、なめらかな逆が存在する」であって、その逆向きは必ずしも成り立たないわけです。
例:極座標写像
多変数の最初の例に、極座標をとります。 を平面の点に移す写像を考えます。
ヤコビ行列と行列式を計算すると、次のようになります。
行列式は です。ですから のすべての点で、 は局所的に可逆になります。下の図は、 平面の格子が、 平面で同心円と放射状の直線に写る様子です。
<div class="polar">
<svg viewBox="0 0 440 230" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="極座標写像による格子の変形">
<rect x="0" y="0" width="440" height="230" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<g stroke="#9bb8e8" stroke-width="1.2">
<line x1="52" y1="56" x2="52" y2="152"/>
<line x1="84" y1="56" x2="84" y2="152"/>
<line x1="116" y1="56" x2="116" y2="152"/>
<line x1="148" y1="56" x2="148" y2="152"/>
<line x1="52" y1="56" x2="148" y2="56"/>
<line x1="52" y1="88" x2="148" y2="88"/>
<line x1="52" y1="120" x2="148" y2="120"/>
<line x1="52" y1="152" x2="148" y2="152"/>
</g>
<g stroke="#5b8def" stroke-width="1.3" fill="none">
<circle cx="335" cy="105" r="20"/>
<circle cx="335" cy="105" r="40"/>
<circle cx="335" cy="105" r="60"/>
<line x1="335" y1="105" x2="395" y2="105"/>
<line x1="335" y1="105" x2="365" y2="53"/>
<line x1="335" y1="105" x2="305" y2="53"/>
<line x1="335" y1="105" x2="275" y2="105"/>
<line x1="335" y1="105" x2="305" y2="157"/>
<line x1="335" y1="105" x2="365" y2="157"/>
</g>
<circle cx="335" cy="105" r="3.5" fill="#e5484d"/>
<line x1="170" y1="105" x2="252" y2="105" stroke="#8b9098" stroke-width="1.4"/>
<polygon points="258,105 248,100 248,110" fill="#8b9098"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12" fill="#33373d" text-anchor="middle">
<text x="100" y="40">(r, θ) 平面</text>
<text x="335" y="40">xy 平面</text>
<text x="211" y="97">F</text>
</g>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="11" fill="#5b6169" text-anchor="middle">
<text x="100" y="170">r</text>
<text x="38" y="108">θ</text>
<text x="220" y="214">行列式 det = r。原点 (r = 0) 以外で局所的に逆写像がある</text>
</g>
</svg>
</div>.polar { margin: 0; text-align: center; }
.polar svg { width: 100%; max-width: 440px; height: auto; }原点 では となり、定理は使えません。実際、原点ではすべての が同じ一点につぶれてしまい、角度の情報が失われます。極座標が原点で特異になるのは、この行列式のゼロが正体です。
例:複素数の 2 乗
次の例は、複素数の 2 乗 に対応する写像です。 として なので、実写像として次を考えます。
ヤコビ行列と行列式は次のとおりです。
なら で、原点以外のどの点にも局所的な逆写像があります。これは、複素平面で が において局所的に可逆、つまり平方根が定義できることと同じです。原点だけが例外なのは、 の平方根で枝分かれが起きることの反映です。
局所的と大域的は違う
逆関数定理の「局所」という限定は、飾りではありません。行列式がどこでもゼロでないのに、大域的には逆をもたない写像があるのです。複素指数 に対応する写像を見ましょう。
行列式を計算すると、いたるところで正になります。
どの点でも局所的には逆写像があります。ところが を ずらした と は、まったく同じ点に写ります。ですから平面全体では無限回の重なりが生じ、大域的な逆写像は存在しません。逆関数定理が約束するのは、あくまで各点のまわりの小さな近傍での可逆性だけです。「局所的に可逆」と「大域的に可逆」は別物だ、というこの例は、定理を使うときつねに頭の隅に置くべきものです。
陰関数定理
もう一方の主役が陰関数定理です。 を 級とし、 を満たす点で、 に関するヤコビ行列 が正則だとします(、)。このとき、 の近傍で定義された 級関数 がただ一つ存在して、次を満たします。
言いかえると、方程式 を、 について の関数として局所的に解けるということです。
直観は「等位集合が局所的にグラフになる」ことです。 で定まる曲線や曲面を点のまわりで拡大すると、 のところでは 方向に立っておらず、 というグラフとして見えます。逆に だと等位集合が 方向に垂直になり、 を の関数として一意に表せなくなります。
二つの定理を見くらべる
ここまでで両方の主張が出そろいました。並べてみると、構造がよく似ていることがわかります。
写像 のヤコビ行列 が正則なら、 の近傍で に 級の逆写像ができます。「写像を反転できる」ことの定理です。
の点で が正則なら、近傍で と解けます。「方程式を解ける」ことの定理です。
どちらも「あるヤコビ行列が正則なら、局所的にうまくいく」という同じ骨格をもっています。この近さは偶然ではなく、あとで見るように両者は同値です。
陰関数の微分
陰関数 の式が求まらなくても、その微分は計算できます。 の両辺を で微分し、連鎖律を使うと、次の関係が出ます。
のもとでこれを解けば、有名な公式を得ます。
陰関数定理が を要求したのは、まさにこの割り算を可能にするためでもあります。以下の例では、この公式を繰り返し使います。
例:単位円
定番の例が単位円 です。 なので、 の点で と解けます。
まず点 を見ましょう。 なので定理が使え、近傍で と表せます。傾きは公式から で、確かに円の頂点で接線は水平です。
<div class="circ">
<svg viewBox="0 0 320 300" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="単位円と陰関数として解ける点・解けない点">
<rect x="0" y="0" width="320" height="300" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<line x1="48" y1="150" x2="272" y2="150" stroke="#dfe3e8" stroke-width="1"/>
<line x1="160" y1="42" x2="160" y2="258" stroke="#dfe3e8" stroke-width="1"/>
<circle cx="160" cy="150" r="100" fill="none" stroke="#5b8def" stroke-width="1.8"/>
<line x1="126" y1="50" x2="194" y2="50" stroke="#2f9e44" stroke-width="2.4"/>
<circle cx="160" cy="50" r="4.5" fill="#2f9e44"/>
<line x1="260" y1="112" x2="260" y2="188" stroke="#e5484d" stroke-width="2.2" stroke-dasharray="5 3"/>
<circle cx="260" cy="150" r="4.5" fill="#e5484d"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12" fill="#33373d" text-anchor="middle" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="160" y="36">(0, 1)</text>
<text x="248" y="176">(1, 0)</text>
</g>
<text x="160" y="282" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="11" fill="#2f9e44" text-anchor="middle">(0, 1):F_y ≠ 0 → y = g(x) と解ける(水平接線)</text>
<text x="160" y="296" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="11" fill="#c93c41" text-anchor="middle">(1, 0):F_y = 0 → 垂直接線で解けない</text>
</svg>
</div>.circ { margin: 0; text-align: center; }
.circ svg { width: 100%; max-width: 320px; height: auto; }対照的なのが点 です。ここでは となり、定理は使えません。図のとおり、この点で円の接線は垂直で、 を の関数として表そうとすると上半分と下半分の二値に割れてしまいます。ただし役割を入れかえれば話は別です。 なので、こんどは と、 を の関数として解けます。解けるかどうかは、どちらの変数で見るかにもよるのです。
例:デカルトの葉線
もう少し歯ごたえのある曲線として、デカルトの葉線 を調べます。偏微分は 、 です。陰関数の微分公式に入れると、傾きは次のようになります。
接線が水平になるのは、分子が 、つまり のときです。これを曲線の式に代入すると となり、 から、、 の点で水平接線をもつとわかります。
対称性から、接線が垂直になる(、つまり )のは、、 の点です。
原点 は特別です。ここでは がともに成り立ち、陰関数定理はどちらの変数についても使えません。実際、葉線は原点で自分自身と交わっており(結節点)、そこだけはなめらかな一本のグラフになりません。両方の偏微分が消える点は、曲線の特異点のありかを教えてくれます。
例:陽に解けない方程式
陰関数定理の真価は、 が式で書けないときに出ます。次の方程式を考えます。
について 5 次なので、根の公式では解けません。それでも はつねに正で、決して になりません。ですから陰関数定理により、すべての で がただ一つ定まり、しかも 級(実際にはなめらか)です。
式が書けなくても、微分は求まります。 なので、傾きは次のとおりです。
たとえば原点 では、 を代入して です。解の公式が存在しない関数についても、存在・一意性・なめらかさ・傾きがすべて手に入る。これが陰関数定理の威力です。
例:曲面を関数として解く
変数が増えても、話は同じ形で進みます。空間内の単位球面 を、 について解くことを考えます。 なので、 の点で と表せます。
北極に近い点、たとえば では なので、上半球 としてグラフになります。偏微分は、陰関数の微分を各変数に当てはめて、次のようになります。
では両方とも で、球面の頂点で接平面が水平なことと合致します。いっぽう赤道 では となり、 を の関数としては解けません。ここでは球面が縦に切り立っていて、上半球と下半球が分かれる境目になっています。
二つの定理は同値
逆関数定理と陰関数定理は、見かけは違いますが、じつは表裏一体です。片方からもう片方を導けます。鍵は、方程式を解くことを写像の反転に読みかえる一手です。
方程式 を について解きたい
補助写像 に逆関数定理を使う
逆写像から が読み取れる
のヤコビ行列は、ブロックの形から行列式が にちょうど一致します。ですから が正則なら に逆関数定理が使え、その逆写像の後半成分がまさに求める になります。陰関数定理は、逆関数定理を一段化粧直ししたものだ、と見ることができるわけです。逆向きの導出も可能で、両定理は本質的に同じ内容の言いかえになっています。
応用
この二つの定理は、解析学のあちこちで土台として働きます。
いずれの場面でも効いているのは、同じ一言です。ヤコビ行列が可逆なら、非線型の問題も局所的には可逆で、素直に解ける。この一点が、広い範囲を静かに支えています。
理解の確認
単位円 上の点 の近くで、 を の関数 として解けない理由は何でしょうか。
- だから
- となり、陰関数定理の条件が破れるから
- 円が 級でないから
微分は可逆か、という問い
逆関数定理と陰関数定理は、たった一つの問い ——「線型近似は可逆か」—— に、非線型の局所的な可解性をまるごと預けてしまいます。ヤコビ行列の行列式がゼロでないか。それだけを確かめれば、写像が反転し、方程式が解け、曲線や曲面がグラフになる。手に負えなく見える非線型の問題が、線型代数の一つの判定に化けるのです。
この視点は、多様体論の「局所的にユークリッド空間に見える」という定義や、ラグランジュの未定乗数法、力学系の標準形といった、現代の解析・幾何の広い範囲を下から支えています。新しい非線型の方程式や写像に出会ったら、まずヤコビ行列を書き、その行列式を見てみる。微分は可逆か。その問いに答えることが、非線型の世界を局所的に手なずける第一歩になります。











点 (1,0) では Fy=2y=0 なので、陰関数定理の「∂y∂F=0」という条件が満たされません。実際この点で接線は垂直になり、y を x の関数として一意に表せません。いっぽう Fx=2=0 なので、変数を入れかえて x=h(y) としてなら解けます。条件が破れるのは曲線が悪いからではなく、見る向きが悪いだけなのです。