方程式の解集合はいつ多様体になるのか?正則値定理が答える
方程式を 1 本立てると、その解の集合はたいてい 1 次元下がった図形になります。 なら球面、 なら 。
たいてい、というところが要点です。 は 2 本の直線が交わった形になり、多様体になりません。
分かれ目を与えるのが正則値定理です。以下では正則値の定義から始め、なぜ逆像が多様体になるのかを沈め込みの標準形まで戻って確かめ、行列群の構成やサードの定理、横断性まで扱います[1]。
臨界点と正則点
滑らかな写像 をとります。点 で微分 が全射のとき、 を正則点といいます。
全射でなければ臨界点です。 なら全射になりようがないので、すべての点が臨界点になる。
判定は行列の階数です。ヤコビ行列の階数が に届いているかどうか[3]。
臨界値と正則値
値のほうにも名前が付きます。 の逆像 に含まれる点がすべて正則点のとき、 を正則値といいます。
1 点でも臨界点が混じっていれば臨界値です。逆像の全体を見て決める、というところが定義の癖。
正則点は の点、正則値は の点です。同じ形容詞が違う空間の点に付くので、混同しやすいところ。
定義域の点。そこで が全射になっている点です。
定義域の点。 の階数が に届いていない点。
値域の点。その逆像に臨界点が 1 つも入っていない点です。
値域の点。逆像に臨界点が少なくとも 1 つ入っている点。
4 つのうち、定理の仮定に現れるのは正則値だけです。ほかの 3 つは、正則値を説明するために要る言葉。
逆像が空でも正則値
が空集合なら、条件は自動的に満たされます。臨界点が 1 つも含まれないため。
したがって像の外側の点は、すべて正則値です。定義を素直に読むとそうなります[1]。
奇妙に見えますが、定理の主張が「空か、または多様体」という形をしているので、辻褄は合います。
正則値定理
が の正則値なら、 は空であるか、 次元の の部分多様体になります[1,3]。
次元の引き算が主張の中心です。方程式を 本立てたぶんだけ、自由度が減る。
逆像定理、沈め込みレベル集合定理といった呼び名もあります。指す内容は同じ。
接空間は微分の核になる
逆像の各点 で、接空間は微分の核に一致します。
核の次元は階数定理から で、部分多様体の次元と合います[3]。
曲線 が逆像の中を走れば が定数なので、微分して が出ます。逆向きの包含は次元を数えれば済む。
勾配と等高線の関係を絵にすると、核という言葉の中身が見えます。
赤い矢印の向きへ動くと値が変わり、緑の向きへ動いても値が変わりません。値が変わらない向きの全体が核。
が全射なら、核の次元は にちょうど落ちます。全射でなければ核が余分に太り、次元の引き算が合わなくなる。
等高線が値とともに変わる様子
の等高線を、値を動かしながら描きます。
では双曲線の 2 本組で、どこも 次元多様体です。 のときだけ原点で 2 本が交わります。
原点では が零になります。臨界点が逆像に混じるのが のときだけ、というのが図に出ている形。
例:球面を方程式で作る
を とします。微分は で、 なら全射。
したがって 以外のすべての値が正則値です。 は 次元多様体になります[3]。
は原点 1 点で、 次元多様体としては通ります。ただし は臨界値なので、定理の保証の外。
例:円錐は多様体にならない
を考えます。 は原点を頂点とする 2 つの錐面。
は原点で零なので、 は臨界値です。定理は何も言いません。
実際、頂点のどんな近傍をとっても とは同相になりません。頂点を除けば 次元多様体。
例:トーラスを高さで切る
トーラスを立てて置き、高さ関数 をとります。臨界点は 4 つで、最下点、最上点、内側の鞍点 2 つ。
臨界値は 4 つの高さです。それ以外の高さでの逆像は、円が 1 本または 2 本。
臨界値をまたぐと本数が変わります。 本から 本へ、また 本へ。位相が変わる瞬間が臨界値。
証明は沈め込みの標準形から
正則値定理の証明は、局所の話に落とせば終わります。 の近くで が沈め込みなら、標準形がとれる。
で が全射
沈め込みの標準形がとれる
逆像が座標平面として書ける
部分多様体の定義を満たす
途中の 1 歩だけが定理らしい主張で、前後は定義の言い換えです。標準形が言えれば残りは自動。
標準形の証明には逆関数定理を使います。 の成分に独立な座標を足して同じ次元の写像を作り、その微分が同型になることを見る。
微分が同型なら局所的に微分同相になる、という定理。
足す座標は、核の方向に沿ってとります。核と像の方向を合わせて、全体で同型を作る仕組み。
沈め込みの局所標準形
が で沈め込みなら、 と の適当な座標で
と書けます[6]。前半の座標を残し、後半を捨てる射影の形。
この座標では が になります。残りの 個が自由に動く座標平面。
部分多様体の定義がまさにこの形なので、証明が終わります。標準形が言えれば結論はただちに出る。
例:射影は沈め込み
、 の微分はどこでも全射です。
すべての値が正則値で、逆像は 軸に平行な直線。 次元で、次元の引き算が合っています。
標準形の主張は、一般の沈め込みがこの形に座標変換で直せる、というものです[6]。
直交群を作る
を で定めます。値域を対称行列に絞るところが工夫。
微分は です。 が直交なら、任意の対称行列 に対して とおけば 。
したがって単位行列 は正則値で、 は多様体になります。
例: の次元を数える
定義域は 次元、値域の対称行列は 次元です。
引き算すると
になります。 なら 次元で、回転の自由度と一致する。
値域を のままにすると全射になりません。像が対称行列に入ってしまうため、正則値の条件が崩れる。
例: の次元
の微分は です。
なら をとって値が になり、全射。したがって は正則値です。
になります。 なら 次元。
例: は 3 次元球面
の元は で を満たす組で書けます。
これは の中の単位球面、つまり です。 次元。
球面が群になる場合は 、、 しかありません。この事実の背後にも、逆像として現れる構造がある。
接空間からリー代数が出る
の単位行列での接空間は です。 なので、核は交代行列の全体。
これが です。同じように ではトレース の行列が出て になる。
リー代数を「行列の条件」として書き下す手続きが、正則値定理の副産物として手に入ります[4]。
について、 はどうなるか。
- 多様体にならない
- 2 次元多様体になる
- 1 次元多様体になる
- 空集合になる
サードの定理
臨界値は少ししかありません。 が十分滑らかなら、臨界値の集合は測度 です[2]。
滑らかさの条件は で 。次元差が大きいほど、要求される階数も上がります。
の場合はモースが 1939 年に、一般の場合はサードが 1942 年に示しました[5]。
例:測度 0 でも臨界点は多い
定数写像を考えます。すべての点が臨界点で、臨界点の集合は全体。
いっぽう臨界値はただ 1 点なので、測度 です。定理が言うのは値のほうで、点のほうではありません。
臨界点が多くても臨界値が少ない、という状況はふつうに起こります。写像が潰れているぶん、像が細くなる。
正則値は稠密にある
測度 の補集合は稠密です。したがって正則値はいくらでも見つかります[5]。
方程式 の右辺を少し動かせば、解集合を多様体にできる。この「少し動かす」議論が微分位相幾何の常套手段になります。
多様体にならない場合は例外的である、と言い換えられます。ふつうに書いた方程式の解は、たいてい多様体。
横断性
正則値定理を、点ではなく部分多様体の逆像へ広げたものが横断性です。
と部分多様体 に対し、 となるすべての で
が成り立つとき、 は に横断的といいます[4]。
このとき は の部分多様体で、余次元は の での余次元に等しくなります。 が 1 点なら正則値の条件そのもの。
例:横断しない交わり
平面の中で、 軸と放物線 を考えます。原点で接しているので、接空間はどちらも 軸方向。
2 本の接空間を足しても平面全体になりません。横断的でない交わりです。
放物線を少し上げて とすれば交わりは消え、少し下げれば 2 点で横断的に交わります。接する状態は不安定。
上下に動かすと、交点は 点か 点です。 点になるのは接している一瞬だけ。
横断的な状態は少し動かしても保たれます。接している状態は、動かせばすぐ壊れる。
横断性定理
横断的であることは一般的な性質です。任意の滑らかな写像は、いくらでも近い横断的な写像で近似できます[4]。
証明にサードの定理を使います。適当な族を作り、その族の中で正則値をとることで横断性を出す。
交叉数や次数といった不変量が定義できるのは、この定理が土台にあるからです。横断的な状態で数えて、動かしても変わらないことを保証する。
逆像定理が使えないとき
臨界値の逆像でも、たまたま多様体になることはあります。定理は十分条件しか与えません。
たとえば の は円で、多様体です。ところが は原点で零なので、 は臨界値。ここでは が正則値なので問題は起きません。
の は 軸で、 次元多様体になります。ところが は臨界値で、次元の引き算 とはたまたま一致しているだけ。










df=(2x,2y,−2z) が零になるのは原点だけで、原点は f−1(1) に入りません。よって 1 は正則値で、3−1=2 次元の一葉双曲面が出ます。