局所で作ったものを多様体全体へつなぐ「1 の分割」
多様体は、座標の入る小さな領域を貼り合わせたものです。個々の領域では と同じことができますが、全体では座標が 1 つに決まりません。
局所でできた構成を全体へ運ぶ道具が 1 の分割です。各領域に重みを配り、重みの和をどの点でも にしておいて、重み付きで足し合わせる。
以下では定義とバンプ関数の作り方から始め、計量・積分・接続がどう組み上がるかを追い、この方法が効かない場面まで扱います[1]。
局所でできることと大域でできること
座標近傍を 1 つとれば、そこは の開集合と同じです。標準的な計量も、標準的な接続も、そのまま持ち込めます。
困るのは重なりです。2 つの近傍で別々に作ったものが、重なった場所で食い違う。
食い違いを消す方法は 2 つあります。一致するように選び直すか、重みを付けて混ぜるか。1 の分割は後者です。
1 の分割の定義
多様体 の開被覆 に従属する 1 の分割とは、滑らかな関数の族 で次を満たすものです。
3 つ目の和は、2 つ目の条件があるおかげで有限和になります。無限個の関数を足しているのに、各点では足し算が止まる。
台と局所有限性
台とは、関数が でない点の集合の閉包です。。
閉包をとるところが要点になります。 が の外で というだけでは足りず、境界に張り付いていないことまで求める。
2 つ目の条件を局所有限性といいます。これがないと和が定義できず、微分もできません[3]。
従属するとはどういうことか
添字の集合を被覆と同じにとり、 の台を に押し込める形が、いちばん扱いやすい従属のしかたです。
別の流儀もあります。台が被覆のどれかに入っていればよい、として添字を分ける形。細分をとる手間が減ります。
どちらでも構成の中身は変わりません。以下では添字をそろえた形を使います。
バンプ関数を作る
出発点になるのは、コンパクトな台を持つ滑らかな関数です。 の上で
とおくと、 は で台が になります[5]。
ですべての階数の微分が に近づくところが効いています。指数が へ飛ぶ速さが、多項式の増大を押し切る。
次元では とすれば、単位球を台とする関数が得られます。

上の青が素朴なバンプで、赤は で値 をとる台形型です。 つの単調な移行関数を掛け合わせて作ります[5]。
平らな部分があると、そこで元の対象をそのまま使えます。混ぜたくない場所を作れる。
例:滑らかだが解析的でない
は の近くでテイラー展開すると、係数がすべて になります。ところが右側では 。
したがって はどの点でも収束するべき級数では表せません。 と解析的の差が、ここに出ています。
解析関数は 点の情報が全体を決めます。一致の定理があるので、ある区間で なら全体で 。
解析的な 1 の分割は作れない
いまの事実から、解析的な 1 の分割は存在しないと分かります。台がコンパクトな解析関数は しかないため[4]。
複素多様体で層コホモロジーが重い道具として必要になるのは、この欠落が理由です。滑らかな世界で 1 の分割が片づける問題が、解析の世界では残る。
滑らかな圏がいかに扱いやすいかを、逆から照らす事実。
存在定理
を滑らかな多様体、 を任意の開被覆とすると、それに従属する滑らかな 1 の分割が存在します[1,2]。
証明の骨は 3 段です。局所有限な細分をとり、各片でバンプ関数を立て、最後に総和で割って規格化する。
規格化は という割り算です。分母は局所有限性から有限和で、どの点でも正になる。
パラコンパクト性が効く場所
局所有限な細分がとれること、これがパラコンパクト性です。多様体は第二可算かつハウスドルフなので、この性質を持ちます。
第二可算性を仮定しない流儀では、パラコンパクト性を多様体の定義に入れます。どちらにせよ、1 の分割が使える前提を置いている[4]。
パラコンパクトでない空間では存在が崩れます。1 の分割は位相の条件に支えられた道具。
和が 1 になる様子を見る
3 つの山を動かしても、和がつねに水平線 になる様子を描きます。
山の位置が動くと、それぞれの高さは変わります。合計だけが動きません。
規格化の割り算が、この性質を作っています。分子をどう選んでも、分母で割れば和は 。
例:2 つの近傍で計量を混ぜる
区間を 2 つの近傍で覆い、左では横長、右では縦長の計量を置きます。重なりで何が起きるかを見ます。
左端では横長、右端では縦長、途中はその中間になります。どの時点でも楕円は潰れません。
潰れないことが正定値性の保存です。楕円が線分になったら計量として失格。
細分をとる手続き
存在定理の証明では、与えられた被覆をそのまま使いません。台がコンパクトで局所有限な細分にとり替えてから、バンプ関数を立てます。
多様体は第二可算なので、コンパクトな閉包を持つ座標球の可算族で覆えます。これを膨らませていく列 で挟むと、局所有限性が作れる。
細分をとる段階が、位相の仮定を使う唯一の場所です。あとの手続きはバンプ関数と割り算だけ。
リーマン計量を貼り合わせる
各座標近傍 で、 の標準計量を引き戻したものを とします。
1 の分割 を使って
とおけば、 全体のリーマン計量が得られます[1]。
各点で有限和なので、 は滑らかな 型テンソル場です。
正定値性が保たれる理由
で、各項は と から非負です。
のとき、 となる が少なくとも 1 つあります。和が なので、全部が にはならない。
その で なので、合計も正になります。正定値な対称行列の非負結合が、また正定値になるという線型代数の事実。
凸結合で閉じるかどうかが分かれ目
いま使ったのは、正定値対称行列の集合が凸であることだけです。この構造を持つ対象なら、同じ手が通ります。
リーマン計量、接続、ベクトル束の計量、向きを込めない体積要素。1 の分割で作れます。
複素構造、概複素構造、シンプレクティック形式、平坦性。混ぜると条件が壊れます。
前者は障害なしに存在します。後者は存在するかどうかが問題になり、障害理論や層コホモロジーが要る。
例:複素構造は作れない
を満たす を局所的に用意し、 を作っても、 は成り立ちません。
たとえば と が符号だけ違えば、中点は になります。 の 2 乗は ではない。
が概複素構造を持たないことは、この方向の障害が実際に存在することを示しています。局所では作れても、大域では作れない。
微分形式の積分
コンパクトな台を持つ 次形式 の積分を、1 の分割で定義します。
右辺の各項は の普通の積分です。 の台が に入っているので、座標で書ける[3]。
台がコンパクトなら、 でない項は有限個です。無限和にはなりません。
定義がとり方によらないこと
被覆と 1 の分割を別に選ぶと、右辺の各項は変わります。合計だけが変わらない。
理由は という分解と、変数変換公式です。2 組の分割 、 をとれば、 で細かく割ってどちらの和にも一致することが示せます。
向きが要るところに気をつけます。ヤコビアンの符号が消えるのは、向きの合う座標だけを使うため。
例:円周に沿った積分
円周を 2 つの弧 、 で覆い、それぞれに角度座標を入れます。1 の分割 をとる。
の積分は です。それぞれは弧の上の普通の積分。
合計は になります。 が大域的な 形式として存在し、しかも完全でないことが、この値に出ている。
接続の構成
各自明化近傍で自明な接続 をとり、 とおきます。
接続の公理のうち、 線型でない部分はライプニッツ則です。 の第 1 項が、 のおかげでちょうど 1 回だけ出る。
したがって も接続になります。2 つの接続の差がテンソルになるという事実の、裏返しの使い方。
関数の拡張定理
閉集合 の近傍で定義された滑らかな関数を、 全体へ滑らかに広げられます。
を含む開集合 と、 の上で 、 の外で になるバンプ関数 をとる。 を の外で と定めれば、全体で滑らかになります。
もとの関数に一致するのは の上だけです。外側は へ落とすための作り物。
例:閉集合上の関数を伸ばす
の閉区間 で とします。そのままでは全体に伸ばす方法が 1 通りに決まりません。
の外で になるカットオフ をかければ、 が全体で滑らかになります。 の上では に一致する。
伸ばし方は無数にあります。1 の分割が与えるのは、そのうちの 1 つを具体的に作る手続き。
1 の分割で作れないものはどれか。
- 任意の多様体上のリーマン計量
- ベクトル束上の接続
- 多様体上の概複素構造
- コンパクト台の 次形式の積分
ホイットニーの埋め込み
コンパクトな 次元多様体は、有限個の座標近傍で覆えます。各近傍の座標写像に を掛けたものを並べて
とすると、 が埋め込みになります[6]。
を掛けるのは、 が の外で定義されないため。掛けたものは で延長できます。
例:単射になる理由を追う
とします。 となる をとると、 も同じ正の値。
すると から が出ます。 は単射なので 。
はめ込みであることも同様に、 が正の場所で が単射であることから出ます。次元 まで落とすには、別の議論が要る[6]。
局所有限でないと和が壊れる
局所有限性を落とすと、 が無限和になります。値が定まるとしても、項別に微分してよいかが言えません。
たとえば の台が原点に集まっていく族をとると、原点のどの近傍にも無限個の台が入る。和の滑らかさが保証されなくなります。
局所有限性は、無限の操作を有限の操作へ落とすための条件です。1 の分割が滑らかさを壊さない理由が、ここにあります。










概複素構造は J2=−id という条件が凸結合で保たれません。ほかの 3 つは凸性か線型性のおかげで貼り合わせられます。