測地線とは|最短ではなく向きを変えない曲線と、測地線方程式
測地線は、自分の速度ベクトルを自分自身に沿って平行に運び続ける曲線です。
向きを変えないという条件だけで決まる。長さを最短にするという要求はどこにも入っていません。
定義と方程式
接続 が入った多様体で、曲線 が次をみたすとき測地線と呼びます。
座標で書くと 2 階の常微分方程式になります[3]。
第 1 項だけなら の直線です。第 2 項が基底の回転ぶんを補正しています。
速さは変わらない
測地線に沿って、速さは一定です[2]。
計量との両立を使い、方程式を代入すれば導ける。
だから測地線は自動的に定速です。径数を弧長にとり直しても、方程式の形が変わりません。
初速で 1 本に決まる
2 階の常微分方程式だから、位置と初速を決めれば解が一意に定まります[2]。
初速を 倍すると、時間が 倍で走るだけです。
向きが同じで長さが違う初速は、同じ道を違う速さで走ります。だから測地線の像は、初速の向きだけで決まる。
1 点からあらゆる向きへ測地線を伸ばしています。伸ばす長さが増えても、道そのものは変わりません。
指数写像
いまの操作に名前を付けます。 に対して と定めたものが指数写像です[1]。
性質を 3 つ挙げます。
2 番目から、逆写像定理が使えます。 は の原点の近傍から の の近傍への微分同相になります。
接空間という平らな模型を、多様体の上へ貼り付ける操作になる。貼り付け方は測地線が決めます。
正規座標
に正規直交基底をとり、 で へ運んだ座標を正規座標と呼びます。
この座標では、 での計量が次の形になります。
2 番目を確かめます。放射方向の測地線が だから で、方程式から がすべての で成り立ちます。極形式をとれば 。
計量のテイラー展開まで書けます[1]。
1 次までユークリッドと同じで、曲率の影響は 2 次から現れます。地球が局所的に平らに見えることの、リーマン幾何版です。
灰色の直線が平坦な場合の計量、青が実際の計量です。 では値も傾きも一致し、2 次の項から差が現れます。
ガウスの補題
放射方向の測地線には、もう 1 つ性質があります[1]。
が に直交していれば、運んだ先でも直交する。放射方向の測地線が、測地球面と直角に交わるという主張です。
証明はヤコビ場を使う。 という変分を考えると、 がヤコビ場になる。
を で微分すると、測地線方程式から第 1 項が消える。残りを整理すれば主張が導けます。
この補題があるおかげで、短い測地線が最短だと示せる。放射方向から外れた動きが、必ず余分な長さを生むためです。
短ければ最短になる
正確な形はこうです。どの点 にも があり、 のどの点 に対しても、 から への最短測地線がただ 1 本存在します[1]。
これは局所的な主張です。近ければ最短だという保証で、遠くまで延ばした測地線については何も言っていません。
球面で確かめられる。北極から出た大円は、南極を過ぎると最短ではなくなる。それでも測地線であることに変わりはありません。
長さの第一変分
最短性と方程式の関係は、変分の式ではっきりする。弧長で径数づけた曲線を揺らすと、長さの 1 階微分が次の形になります。
が変分ベクトル場です。端点を止めれば第 2 項が消える。
どんな に対しても微分が になる条件が なので、測地線であることと長さの停留点であることは同値です。
停留であって最小とは限らない。峠の頂上も水平になる、というのと同じことです。
回転面ではクレローの法則
回転面に という計量を入れます。
このとき測地線に沿って、次の量が保存されます。
クレローの法則と呼ぶ。弧長で径数づけると なので、子午線となす角を として とも書けます。
半径が細いところでは が大きくなる。 になる緯線に達すると で、そこが折り返し点。
球面を開いた図です。縦が緯度、横が経度。青い曲線が測地線で、橙の 2 本の緯線の間を往復する。
の値が変わりません。保存量が 1 つあるおかげで、2 階の方程式が 1 階に落ちて解ける。
測地線という名前
もともとは測地学、つまり地球の形を測る学問の言葉でした。
地表の 2 点を結ぶ最短経路を測地線と呼び、そこから幾何の用語になりました。地球を球面と見れば大円にあたります。
飛行機の航路が地図の上で曲がって見えるのは、このためです。メルカトル図法では大円が直線に写らないため、最短経路が弧に見える。
数学の定義は、その素朴な意味から出発しつつ、少し違う場所に落ち着きました。最短ではなく、向きを変えないという条件のほうを採ります。
完備性と延長
方程式が解けるのは、局所的な範囲に限られる。有限の時間で多様体の外へ抜けてしまうことがあるためです。
原点を抜いた平面がその例です。原点へ向かう測地線は、到達する寸前で行き先を失う。
すべての測地線が まで延びるとき、その多様体を測地的に完備といいます。コンパクトな多様体なら、抜け出す先がないので自動的に完備です。
完備であれば、どの 2 点も最短測地線で結べます[1]。局所的な存在定理から、大域的な結論へ進めることになる。
数値で解くとき
一般の計量では、測地線方程式が閉じた形で解けません。数値計算が必要になる。
素朴にやるなら、 を計算して 2 階の方程式を 1 階の系に直し、刻んで積分します。速さが一定になるはずだから、その保存が検算になる。
保存量があれば手数が減る。回転面ならクレローの法則、対称性があればそれに対応する保存量が使えます。
対称性と保存量の対応は、力学のネーターの定理と同じ構図です。計量を保つ 1 径数の変換群があれば、測地線に沿った保存量が 1 つ現れる。
具体例をいくつか
どれも解ける例です。一般には測地線方程式が解けないため、こうした模型が計算の足場になります。
いつ最短をやめるか
遠くまで延ばすと、最短性が壊れる。壊れ方は 2 通りあります。
1 つが共役点です。隣の測地線と再会する点で、そこを越えると変分で長さを縮められる。
もう 1 つが切断点です。別の道のほうが短くなる点で、共役点より手前に来ることもあります。球面の対蹠点は両方が一致する例。
どちらも大域的な現象です。方程式そのものは局所的な条件なのに、解を延ばすと大域の情報が現れます。
まっすぐと最短は別の概念
測地線の定義に長さは出てきません。
必要なのは接続だけです。計量がない多様体でも、向きを変えないという条件は書ける。
計量が入ると、測地線は長さの停留点にもなります。この 2 つの見方が一致するのは、レヴィ・チヴィタ接続を使っているから。
別の接続を入れれば、まっすぐの意味も変わります。まっすぐという言葉が規約に依存する、という点が測地線という概念の核心です。











