リッチ曲率とスカラー曲率、縮約で落ちる情報と残る情報
曲率テンソルには添字が 4 つあります。そのうち 2 つを縮約すると 2 つに減り、もう一度縮約すると数 1 つになります。
減った順にリッチ曲率、スカラー曲率です。情報を捨てながら、扱いやすさと引き換えに条件を弱めていく操作。
縮約という操作
縮約とは、上と下の添字を 1 組そろえて足し合わせることです。行列でいえば跡をとる操作にあたります。
曲率テンソル は 型でした。上に 1 つ、下に 3 つ。上の添字を下の 1 つとそろえて足すと、 型のテンソルが残ります。
対称であること
正規直交基底で書くと一目で分かります。 と を比べ、組の入れ替えについての対称性を使えば一致します[1]。
対称なので、二次形式 を考えれば十分です。方向ごとに 1 つの数が決まる、という見方ができます。
平面の和として読む
その数がなにを表すかは、正規直交基底をとると分かります。 となるようにとります[1]。
を含む 2 平面の断面曲率を、全部足し合わせた量です[1]。ある方向だけ強く曲がっていても、別の方向が緩ければ打ち消し合います。
平均をとった量なので、断面曲率より弱い情報しか持ちません。英語の総説も、リッチ曲率の評価は断面曲率の評価より弱く、スカラー曲率の評価より強い、と位置づけています[2]。
薄い輪郭が の値を方向ごとに描いたものです。真円なら全方向で同じ値になります。
模型空間では真円になります。 では 、 では です[1]。
もう一度縮約する
リッチ曲率をさらに縮約すると、点ごとの数 1 つになります[1][3]。
正規直交基底で書くと、すべての方向のリッチ曲率の和になります。断面曲率の言葉に戻すと、順序を無視した 2 平面すべての和です[1]。
模型空間の値も出ます。 で 、 で 、 で [1]。
情報はどれだけ落ちたか
縮約のたびに自由度が減ります。次元ごとに数えると、落ち方がはっきりします。
曲率テンソルの独立成分は 個でした。リッチ曲率は対称な 階テンソルなので 個。スカラー曲率は常に 1 個です。
次元では両者が 個で一致します。リッチ曲率だけで曲率テンソルが復元できる、ということ。
次元では 個と 個で、差が 個。この差にあたる部分が次のワイル テンソルです。
2 次元では全部が 1 つの数
のときは、話が極端に単純になります。曲率テンソルの独立成分がもともと 1 個しかないためです。
リッチ曲率は計量の定数倍になり、 と書けます。スカラー曲率は 。
3 つの量が同じ情報しか持ちません。曲面で曲率といえばガウス曲率 1 つで済むのは、この事情によります。
次元では、リッチ曲率が 個で曲率テンソルと同数でした。 次元以上になって初めて、リッチでは捉えきれない部分が現れます。
歪んだ積で計算する
具体的な計算例を見ておきます。区間と多様体の歪んだ積 に を入れた場合です[1]。
断面曲率が 2 種類の式で書けます[1]。
模型空間を測地極座標で書くと、この式で曲率が出ます。 なら で 、 なので、どちらも [1]。
なら で となり、、[1]。
なら で、同じ計算から両方 が出ます[1]。 を選ぶだけで 3 つの模型が書き分けられる。
リー群での顔
もう 1 つ、代数寄りの例があります。両側不変計量を入れたリー群では、リッチ曲率がキリング形式で書けます[1]。
はリー環のキリング形式です。幾何の量が、群の構造だけから決まってしまう。
半単純でコンパクトな群ではキリング形式が負定値なので、符号を変えた計量に対してリッチ曲率が正になります。群論的な条件が、そのまま曲率の符号を決めています。
ワイル テンソル
リッチ曲率で決まらない部分に名前が付いています。 で定義されるワイル テンソル です[1]。
右辺の第 2 項と第 3 項はリッチとスカラーから作った部分。残りが で、縮約するとすべて になります。
は共形不変です。計量を と取り替えても、成分が変わりません[1]。
そして になるのは、 のときか、 で局所的に と共形なときに限られます[1]。
アインシュタイン多様体
リッチ曲率が計量に比例する多様体を、アインシュタイン多様体と呼びます[1]。
跡をとると なので、 です。定曲率空間はその例で、 になります[1]。
比例定数を関数 に緩めても、 なら結局は定数になります。シューアの定理です[1]。
証明は縮約したビアンキ恒等式から出ます。 に を入れると となり、 なら [1]。
各点で断面曲率が等方的なら、全体でも定曲率になる。局所的な等方性が大域的な一様性を強制する、という主張です[1]。
縮約されたビアンキ恒等式
いま使った等式を書いておきます。第二ビアンキ恒等式を 2 回縮約すると得られます[1]。
これを整理すると、アインシュタイン テンソル の発散が消えます[1]。
一般相対性理論の場の方程式が、この形で書かれる理由がここにあります。左辺の発散が自動的に なので、右辺のエネルギー運動量テンソルの保存則と噛み合います。
幾何の恒等式が、物理の保存則を要求している。縮約という単純な操作から、こういう構造が出てきます。
曲率で計量を動かす
リッチ曲率には、幾何を変形する道具としての顔もあります。ハミルトンが 年に導入したリッチフローです[1]。
計量を、自分の曲率の向きへ変形していく方程式です。熱方程式の幾何版だと思うと分かりやすい[1]。
熱が拡散して温度が均される。同じように、リッチフローは曲率を拡散させて一様に近づけます。正の曲率が強い場所は縮み、負の場所は広がる[1]。
熱方程式では、細かい凸凹ほど速く消えます。リッチフローでも同じことが起き、曲率の激しい部分から順にならされていく。
ハミルトンは、リッチ曲率が真に正の 3 次元多様体でこの流れが定曲率計量へ収束することを示しました[1]。ポアンカレ予想への道筋として提案されたものです。
年にペレルマンが 3 本の論文を arXiv に出し、特異点の解析と手術の操作、エントロピー汎関数の単調性によってこの計画を完成させました[1]。 年から開いていた予想が解決します。
添字を足し合わせて情報を捨てる。その捨て方が、100 年かかった問題の道具になりました。











