測地線を少しずらすと……ヤコビ場と共役点が見えてくる
測地線は 1 本ずつ見ても曲がり方が分かりません。まっすぐ進んでいる、という条件しか課していないため。
隣の測地線と比べると、様子が変わります。近くの測地線が離れていくか、近づいてくるか。その差を測るのがヤコビ場です[1]。
以下では測地線の族から出発してヤコビ方程式を導き、空間形での解を書き下し、共役点が最短性を壊す仕組みまで扱います。
測地線を並べて動かす
測地線 をとり、それを含む測地線の族 を作ります。 を動かすとまるごと別の測地線に移る。
で微分したものを
とおきます。これが変分ベクトル場で、隣の測地線への「ずれ方」を表します[1]。
が大きいところでは、隣の測地線が離れています。 が になる点では、隣の測地線が交わる。
ヤコビ方程式
族の各メンバーが測地線であることを で微分すると、 の満たす式が出ます。
これがヤコビ方程式です[1,3]。曲率テンソルが係数として入る。
第 1 項だけなら「加速度 」という平坦な世界の式です。第 2 項が曲率の効果で、離れ方を曲げる。
解の空間は 次元
階の線型常微分方程式なので、 と を与えれば解が 1 つに決まります。
したがって解の全体は 次元です[1]。 は多様体の次元。
このうち と は自明な解です。測地線の再パラメータ化から出るもので、幾何の情報を持ちません。
直交成分だけを見る
を に平行な成分と直交する成分に分けます。平行な成分は 1 次関数になり、いつでも同じ形。
情報を持つのは直交成分です。以下ではこちらだけを見ます[4]。
直交成分は 次元ぶんあります。 なら 次元。
例:平坦な空間
なので、方程式は です。解は 。
平行な 2 本の直線は離れも近づきもせず、傾いた 2 本は一定の割合で離れます。 次関数がその両方を書いている。
が 回 になることはありません。 次関数の零点は高々 1 つ。
例:球面
断面曲率が の球面では、直交成分が を満たします。
解は です[1]。振動する。
の解は の定数倍で、 でふたたび になります。北極から出た経線が南極で集まること。
例:双曲空間
曲率が なら です。解は と の組み合わせ。
指数的に離れます[1]。 の解は の定数倍で、 では二度と になりません。
負曲率では測地線が離れる一方、正曲率では戻ってくる。この違いが解の形にそのまま出ています。
三角関数の解になります。測地線が集まり、周期的に交わる。
双曲線関数の解になります。測地線が指数的に離れ、二度と交わらない。
曲率で離れ方が変わる様子
3 つの曲率で、隣り合う測地線がどう振る舞うかを並べます。
真ん中の図では、離れた 2 本が途中から近づいて交わります。この交点が共役点。
左と右では交わりません。曲率の符号が、交わるかどうかを決めている。
例:経線が南極で集まる様子
北極から出た経線の束を見ます。緯度が上がるにつれて広がり、赤道で最大になり、南極で 1 点に戻る。
赤い円が、経線どうしの隔たりを表します。 に比例して増え、 で に戻る。
これがヤコビ場 の絵です。方程式 の解が、そのまま経線の広がり。
例:ヤコビ場を書き下す
単位球面で、北極から出る測地線 をとります。 で に直交する単位ベクトル を選ぶ。
、 を初期条件とすると、解は です。 は を平行移動したもの。
で になります。共役点が の位置にあることが、この 1 行から読める。
共役点
測地線 の上の 2 点 と が共役であるとは、両端で になる自明でないヤコビ場が存在すること[2]。
隣り合う測地線が、いったん離れてから再び集まる状況です。無限小の意味で交わる。
重複度は、両端で消えるヤコビ場の空間の次元です。集まってくる方向が何本あるか。
例:球面の対蹠点
単位球面では、 と が共役です。北極と南極。
では重複度が になります[2]。北極から出るすべての経線が南極で集まるため、集まる方向が 本ぶんある。
なら重複度 です。経線は 次元ぶんの族。
例:共役点のない空間
には共役点がありません。ヤコビ場が 次関数で、 回消えないため[2]。
断面曲率が非正の多様体でも共役点がありません。 型の解になり、単調に増える。
これがカルタン・アダマールの定理の出発点です。共役点がないと、指数写像が全域で被覆写像になる。
指数写像の特異点
の微分は、原点で恒等写像です[5]。したがって原点の近くでは局所微分同相。
離れると崩れます。 が退化する がちょうど、共役点に対応する[1,5]。
ヤコビ場は の微分そのものです。 と書ける。
最短性が壊れる
第 1 共役点を越えると、測地線は最短でなくなります[2]。
近くにもっと短い道があります。集まってきた 2 本の測地線のあいだを、少しずらして通る道。
第 1 共役点までは局所最短です。越えたところで、この保証が切れる。
例:球面で確かめる
北極から出て南極を通り過ぎた経線を考えます。長さは を超えている。
いっぽう反対回りに行けば から引いた長さで済みます。共役点を越えた時点で最短性が失われた。
赤道までなら最短です。 の長さで、共役点はまだ先。
断面曲率が至るところ負の完備多様体について、正しいものはどれか。
- 共役点が必ず存在する
- 共役点は存在しない
- 共役点の有無は次元による
- ヤコビ場が存在しない
変分から見直す
測地線はエネルギー汎関数の臨界点です[6]。
第 1 変分を とおくと測地線の方程式が出ます。長さでなくエネルギーを使うのは、パラメータのとり替えに対して素直で、汎関数が凸になるため。
第 2 変分と指数形式
第 2 変分を計算すると、指数形式と呼ばれる双線型形式が出ます。
この形式が退化する条件が、端点が共役であることです[4]。
ヤコビ場は指数形式の核にあたります。第 2 変分が になる方向。
指数形式が負になると短くなる
となる があれば、その方向へずらすと長さが減ります。測地線が最短でない証拠。
共役点を越えると、そういう が作れます。共役点までのヤコビ場を折り返して継ぎ、角を丸める構成。
第 2 変分の符号が最短性の判定になる、という構図です。
モースの指数定理
指数形式が負になる部分空間の最大次元を、測地線の指数といいます。
指数は、途中にある共役点の個数を重複度こみで数えたものに等しくなります。これがモースの指数定理。
共役点をいくつ越えたかが、そのまま「どれだけ最短から遠いか」を測る数になります。
切断跡との違い
共役点は無限小の話です。隣り合う測地線が集まる、という条件しか見ていません。
最短性が実際に切れる点は切断跡と呼ばれ、共役点より手前に来ることがあります[2]。
円柱を考えると分かります。曲率が なので共役点はありませんが、半周したところで反対回りに抜かれる。
例:円柱の切断跡
半径 の円柱で、母線から半周した位置を見ます。時計回りと反時計回りで同じ長さ。
そこから先は、反対回りのほうが短くなります。共役点はないのに最短性が切れる。
大域の形が効いています。共役点は局所の情報だけを見るので、この現象を拾えません。
体積要素はヤコビ場で書ける
測地極座標をとると、体積要素はヤコビ場の大きさの積で書けます。
本の独立なヤコビ場 をとり、それらが張る体積が、球面の面積要素にかかる重み。
球面では 、平坦では 、双曲空間では です。曲率が体積の増え方を決めている。

緑だけが折り返して に戻ります。正曲率でだけ共役点が現れる理由が、このグラフに出ている。
赤は指数的に伸びます。負曲率の空間で体積が急激に増えるのは、この振る舞いから。
ヤコビ場が使われる場面
比較定理はヤコビ方程式の比較から出ます。曲率に不等式を課し、解の大きさを比べる形。
どれも、曲率という局所の量から大域の結論を出す形をしています。橋渡しをするのがヤコビ方程式。











ヤコビ方程式の解が sinh 型になり、1 度 0 になったあとは単調に増えます。二度と 0 にならないので共役点は現れません。