ボネ・マイヤースの定理はリッチ曲率で直径を押さえる
リッチ曲率に正の下限があれば、その空間の直径は上から押さえられます。しかも空間はコンパクトになり、基本群は有限群になります。
局所的な曲がりの条件が、大域的な形と位相まで決めてしまう。ボネ・マイヤースの定理は、その典型です。
リッチ曲率は断面曲率の平均
まず主役を定義します。 次元リーマン多様体の点 で、正規直交基底 をとります[1]。
曲率テンソルの跡です。4 つあった添字のうち 2 つを縮約して、2 つに減らしたもの。
単位ベクトル について を見ると、意味がはっきりします。 と が張る平面の断面曲率を、 について足し合わせた量になります[1]。
つまり を含むさまざまな 2 平面の曲がりを、まとめて平均したもの。ある方向だけ強く曲がっていても、別の方向で緩ければ打ち消し合います。
縦の矢印が で、輪が を含む平面です。平面はぐるりと回り、各姿勢での曲がりが足し合わされます。
断面曲率より弱い条件だという点が大事です。個々の平面の曲がりを指定するかわりに、その総和だけを押さえます。
定理の主張
準備ができたので、定理を書きます[1]。
を 次元の完備リーマン多様体とし、すべての単位ベクトル について次が成り立つとします。
このとき次の 3 つが従います。
マイヤースが 年に示した形では、 から と の有限性が出ます[2]。
正のリッチ曲率を許す多様体は限られる、という主張。正のスカラー曲率が課す制約を別にすれば、これがいまも唯一知られている位相的な障害です[2]。
球面で確かめる
数を入れてみます。半径 の球面 では、リッチ曲率が計量の定数倍になります[1]。
したがって です。定理の上限は となります。
いっぽう球面の直径は、対蹠点までの大円に沿った距離、つまり ちょうど。上限に等しくなります[1]。
上限が達成されているので、この評価は改善できません。球面が最も「引き伸ばされた」正曲率空間だということ。
証明は長さの 2 階微分から
証明の中心は、測地線を揺らしてみることです。最短の測地線なら、揺らしたときに長さが伸びるはず。伸びずに縮むなら、最短ではなかったことになります。
から への最短測地線 を弧長でとります。背理法のため と仮定します[1]。
に正規直交基底 をとり、それぞれを に沿って平行移動して とします。揺らし方は次の形。
を選ぶ理由は 2 つあります。 と で になるので端点が動かないこと。そして、球面のヤコビ場と同じ形をしていること。
この揺らし方に対する指数形式を計算します。 は と が張る平面の断面曲率[1]。
第 1 項が揺らしの激しさ、第 2 項が曲率の効きです。ここで について足し上げると、断面曲率の和がリッチ曲率に変わります[1]。
第 1 項の が に変わっているのは、部分積分によります。ここが計算の要所。
あとは大小を比べるだけ。 なら となり、括弧の中が負になります[1]。
和が負なら、少なくとも 1 つの が負。その方向へ揺らせば長さが縮むので、 は最短ではありません。仮定に反します。
リッチ曲率で足りる理由
いまの計算が、この定理の眼目です。個々の の符号は分からなくてよく、和さえ負なら 1 つは負になります。
そして和をとった段階で、断面曲率の情報がリッチ曲率へ縮約されました。 枚の平面を足し合わせる操作が、ちょうど を作る。
だから仮定は断面曲率でなくリッチ曲率で足ります。より弱い条件から同じ結論が出るので、定理としては強くなる。
なぜ なのか
上限に現れる という数の出どころを見ておきます。半径 の球面で、大円に沿ったヤコビ場を考えます[1]。
測地線に直交する成分について、ヤコビ方程式は次の形になります。
から出発した解は で、 でふたたび に戻ります。北極を出た大円が南極で再会する、あの現象です。
が になる点を共役点と呼び、共役点を越えた測地線は最短をやめます。だから球面では、長さ を超える測地線が最短になれません。
曲率が なら方程式は になり、周期が 倍に伸びます。共役点は に来る。
証明で を揺らし方に選んだのは、この解の形をまねたためです。球面という最良の場合を基準にして、それ以上曲がっているなら縮むはず、と比べています。
曲率の 3 段階
リッチ曲率は、断面曲率とスカラー曲率のあいだに位置します。
断面曲率は 2 平面 1 枚ごとの数、リッチ曲率は 1 方向ごとの数、スカラー曲率は点ごとの数 1 つ。縮約するたびに情報が落ち、そのぶん条件としては弱くなります。
弱い条件から結論が出れば、定理としては強くなります。ボネ・マイヤースがリッチ曲率で述べられているのは、そこに意味があるためです。
断面曲率の正値性まで仮定すると、もっと強い結論が出ます。次に見るシンジの定理がその例。
シンジの定理
コンパクトで断面曲率が真に正の多様体について、次が成り立ちます[1]。
偶数次元の証明が面白い。基本群が自明でないと仮定し、自明でない自由ホモトピー類の中で長さ最小の閉測地線 をとります[1]。
に沿った平行移動は の等長変換で、速度ベクトルを保ちます。速度に直交する 次元の部分空間へ制限すると、奇数次元の等長変換になる。
向き付け可能なら行列式が なので、奇数次元の回転には必ず固定ベクトルがあります。その方向へ揺らすと、 から長さが縮む。最小性に反します[1]。
系として、偶数次元で断面曲率が正、かつ基本群が自明でない多様体は、向き付け不可能な実射影空間 に限られます[1]。
奇数次元では単連結性まではいきません。 は で ですが、向き付け可能なので定理と矛盾しません[1]。
コンパクトになる
直径が有限だと分かれば、 は有界です。完備なので、ホップ・リノーの定理から有界閉集合はコンパクトになります[1]。
自身が有界閉集合なので、 はコンパクト。ここで完備性がもう一度効いています。
基本群が有限になる
最後の主張は、普遍被覆をとると出ます。普遍被覆 に引き戻した計量は、同じリッチ曲率の下限をみたします[1]。
被覆写像は局所等長なので、曲率の値がそのまま移るためです。すると にも定理の前半が使えて、 もコンパクト。
コンパクトな空間を離散群で割ってコンパクトな が出るなら、その群は有限でなければなりません。よって です[1]。
逆に、どんな有限群も正のリッチ曲率をもつコンパクト多様体の基本群として実現できます[2]。有限群は十分大きな の部分群になり、 は正のリッチ曲率をもつ計量を許すためです。
仮定はどれも外せない
完備性を落とすと成り立ちません。正の曲率をもつ開円板は、コンパクトになりません[1]。
下限が正であることも外せません。放物面は をみたしますが、コンパクトではない[1]。
以上というだけでは足りず、正の数で下から離れている必要があります。放物面は無限遠へ行くほど平らになり、曲率が に近づいてしまう。
直径が有限、コンパクト、基本群は有限群
コンパクトとは限らない。基本群は多項式増大にとどまる
の場合に言えるのは、ミルナーの結果です。 の有限生成な部分群が、次数 以下の多項式増大をもつ[2]。
グロモフの定理と合わせると、そうした群はほとんど巾零になります[2]。条件をわずかに緩めるだけで、結論がここまで弱まる。
等号は球面だけ
上限に達するのは球面だけです。チェンの定理がそれを言います[1]。
完備で をみたし、さらに が成り立つなら、 は半径 の球面と等長になります。
不等式が等号になる瞬間に、形まで決まってしまう。この種の主張を剛性定理と呼びます。
近い形での主張も知られています。 のもとで直径が に近ければ、多様体は球面に近い[2]。
使いどころ
具体例を挙げます。コンパクトな半単純リー群にキリング計量を符号を変えて入れると、リッチ曲率が正になります[1]。
したがって 、、 はコンパクトで、基本群が有限群。群論的な事実が、幾何の定理から出てきます。
逆向きの使い方もあります。基本群が無限群の多様体には、正のリッチ曲率をもつ計量が入りません。トーラスがその例で、 は無限群です。
平坦なトーラスは をみたします。どんなに変形しても、リッチ曲率を全体で正にはできない、というのは、この定理の帰結です。
体積の比較へ
同じ仮定からは、体積についての評価も出ます。ビショップ・グロモフの相対体積比較です[2]。
のとき、半径 の球の体積を、同じ曲率の模型空間の球の体積で割った比が、 について単調非増加になります[2]。
で比が に近づくので、どの半径でも比は 以下。つまり正曲率の空間では、球がユークリッド空間より小さくなります。
直径の評価と体積の評価は、どちらも同じ源から出ています。正の曲率が測地線を寄せ集める、というヤコビ場の性質です。











