カルタン・アダマールの定理 - 非正曲率が位相を決める
断面曲率がどこでも 以下で、完備かつ単連結。この 3 つがそろうと、多様体は と微分同相になります。
どれだけ複雑に見えても、位相としては平坦な空間 1 つに落ちる。負の曲率が形をほどいてしまいます。
定理の主張
もとの形はこうです。 が完備で断面曲率が非正なら、どの点 でも指数写像 が被覆写像になります[1]。
被覆写像だと分かれば、 の普遍被覆が同じ次元のユークリッド空間と微分同相になります[1]。
単連結という条件を足せば、被覆は同相そのもの。 が微分同相になり、 が出ます[2]。
出発点は共役点がないこと
証明はヤコビ場から始まります。ドイツの講義録は、非正曲率では測地線が互いに離れていくという直観を、共役点が存在しないという形に翻訳しています[3]。
弧長で径数づけた測地線 に沿って、 をみたす自明でない直交ヤコビ場 をとります。次の関数を考えます[3]。
微分すると です。もう 1 回微分するとヤコビ方程式が効いてきます[3]。
第 2 項は断面曲率と の積なので、 なら 以下。引くと足し算になり、 が正のままになります[3]。
が凸で、しかも です。積分すると 、もう一度積分して が出ます[3]。
つまり は二度と になりません。共役点が存在しない、ということです。
橙の直線が接線です。凸な関数なので、接線がつねに曲線の下を通ります。
いったん正になった値が、二度と に戻らない。この一言が定理の土台です。
指数写像に臨界点がない
共役点は、指数写像の微分が退化する点と対応しています。共役点がなければ の微分はどこでも同型で、臨界点を持ちません[3]。
したがって は局所微分同相です。定義域のどの点のまわりでも、局所的には逆写像が作れます[3]。
ただし、局所微分同相であることと全体で 1 対 1 であることは違います。ここに一段の飛躍が要ります。
局所と大域の隔たり
局所微分同相が被覆写像とは限りません。ドイツの講義録が挙げる反例が分かりやすい[3]。
区間 から円周への写像 を考えます。どの点のまわりでも局所微分同相ですが、被覆にはなりません。
区間が円周を 2 周ぶん覆います。ところが に対応する点だけは原像が 1 個で、まわりの点は 2 個。均一に覆えていません。
原因は定義域が完備でないことです。区間の端が抜けているせいで、覆い方に穴があきます。
完備なら被覆になる
この隔たりを埋める道具が、次の補題です。連結なリーマン多様体の間の局所等長写像 について、 が完備なら も完備で、 は被覆写像になります[3]。
証明の要は測地線の持ち上げです。 は局所等長なので測地線を測地線へ写し、測地線は初速で一意に決まる。だから の測地線を へ一意に持ち上げられます[3]。
持ち上げが同じ長さだけ延びることも、 が局所微分同相であることから出ます[3]。
の完備性も、この持ち上げから従います。 と書けるので、 が全体で定義されるなら も全体で定義される[3]。
平面がほどけて出てくる
材料がそろいました。 に で引き戻した計量を入れると、 が局所等長になります。
はベクトル空間なので、この計量について完備です。したがって は被覆写像[1]。
が単連結なら、連結な被覆は同相しかありません。よって は微分同相で、 から結論が出ます[1]。
双曲平面で見る
いちばん見やすい例が双曲平面です。ポアンカレ円板で、中心から出る測地線を並べます。
中心を通る測地線は直径なので、見た目には放射状の直線です。ただし双曲距離で測ると、外側ほど目盛りが詰まる。
隣り合う測地線の隔たりは、距離 に対して で伸びます。指数的に開いていくので、二度と交わりません。
青い輪が、中心から等距離の点の集合です。ユークリッドの見た目では縁へ近づくだけですが、双曲距離では無限に遠ざかっています。
隔たりの数値が指数的に増えていきます。この開き方が、共役点を作らせない仕組み。
2 点を結ぶ測地線は 1 本
微分同相だという結論から、いくつもの性質が転がり出ます。
が全単射なので、どの点 にも をみたす がただ 1 つあります。したがって と を結ぶ測地線は 1 本しかありません。
球面では事情が違いました。対蹠点を結ぶ大円は無数にあり、最短測地線が一意になりません。負に曲がった空間では、そういうことが起きない。
単射半径も無限大になります。切断跡が空なので、どこまで進んでも測地線が最短のままです。
微分同相であって等長ではない
と微分同相だと聞くと、平面と同じだと思いたくなります。そこは慎重に読む必要があります。
一致するのは滑らかな構造までで、距離は一致しません。双曲平面は と微分同相ですが、等長ではない。
違いは体積の伸び方に出ます。半径 の円の周長が、平面では なのに対し、単位曲率の双曲平面では です。指数的に増えます。
面積も同じで、 になります。 が大きいところでは、平面よりはるかに多くの場所があることになる。
だから位相は自明でも、幾何は自明とはほど遠い。定理が主張しているのは、あくまで形の側だけです。
位相がすべて決まる
結論の効き方を見ておきます。 と微分同相なので、 は可縮です。
すべてのホモトピー群が消え、ホモロジーも自明。穴も取っ手も一切ありません。
したがって、単連結で完備な多様体のうち、少しでも位相的な特徴を持つものは をみたせません。球面がその例で、 は可縮でないので非正曲率の計量を持てない。
単連結でない場合も情報は出ます。完備で なら、普遍被覆が と微分同相です[1]。
平坦なトーラスがその例です。トーラス自体は と似ても似つかないのに、普遍被覆は そのもの。負に曲がった空間は、いつも平面を折り畳んで作られています。
ボネ・マイヤースとの対比
符号を変えると、正反対の結論が出ます。フランスの講義録は、 なら普遍被覆が 、正のリッチ曲率に下限があればコンパクト、と対にして整理しています[2]。
測地線は離れ続ける。共役点がなく、普遍被覆は R の n 乗
測地線は寄せられる。直径が有限で、多様体はコンパクト
同じヤコビ方程式から、符号ひとつで逆の結論が出る。曲率の符号が幾何を分ける、といういちばん鮮明な例です。
誰が示したか
この一般性で定理が現れたのは、エリー・カルタンの講義です[1]。
それ以前に、ユークリッド空間の中の曲面について、ハンス・フォン・マンゴルトが証明していました。その数年後にジャック・アダマールが独立に示しています[1]。
3 人の名前が並ぶ経緯がここにあります。曲面での発見が、多様体全体へ広がった形です。
距離空間へ広がる
さらに一般化も進みました。距離空間の言葉での定式化を、ブーゼマン、リノー、グロモフが与えています[1]。
現在の形では、曲率の非正性を CAT 条件で置き換えます。完備で単連結、かつ局所的に CAT() である長さ空間は、 なら全体で CAT() になる[1]。
微分も接空間も要りません。三角形の細さという条件だけで、同じ結論が出ます。
バルマン、アレクサンダーとビショップ、クライナー、ブリッドソンとヘフリガーの仕事が、この形を整えました[1]。曲率の符号という発想が、滑らかさを離れても生き残ったことになります。










