極小曲面と石鹸膜、平均曲率がゼロになる形
石鹸膜が張る形は、面積を止める形です。膜を少し揺らしても面積が 1 次では変わらない、そういう釣り合いの位置に落ち着きます。
その条件を式にすると、平均曲率が至るところ という 1 行になります。これをみたす曲面が極小曲面です。
面積を揺らしてみる
曲面を写像 で表し、境界を止めたまま と揺らします。面積の についての 1 階微分は、次の形に書けます[1]。
は誘導計量に関するラプラシアンです。この式は、面積汎関数の勾配が だと言っています[1]。
そして は平均曲率ベクトルに一致します[1]。どの揺らし方 に対しても微分が になる条件は、平均曲率ベクトルが消えること。
面積が止まる条件と、曲がり方の条件が同じものになりました。変分の言葉と幾何の言葉が、ここで一本につながります。
ラグランジュの方程式
歴史をさかのぼると、最初に立てられたのは偏微分方程式でした。曲面を関数のグラフ として表す立場です。
領域 の上での面積は、次の積分になります[1]。
境界を止めて と揺らし、 で微分して と置く。オイラー・ラグランジュ方程式を整理すると次が出ます[1]。
ラグランジュが 年に導いた式で、極小曲面方程式と呼ばれます。この式が成り立つことと、平均曲率が になることは同値です[1]。
傾きが小さいところでは と の 2 乗が無視でき、 に近づきます。ラプラス方程式です。
膜がほとんど平らなら調和関数、大きくたわむと非線形項が効く。この非線形性が、極小曲面論を難しくもし、豊かにもしています。
極小という名前は少し大げさ
が言っているのは停留であって、最小ではありません。1 階微分が というだけの条件です。
十分小さい範囲に限れば、実際に面積最小になります[2]。しかし広い範囲では、面積を減らす揺らし方が見つかることもある。
峠の頂上でも地面は水平です。水平だからといって、そこが谷底とは限りません。
平均曲率が 0 とはどういうことか
点を 1 つとり、法線を含む平面で曲面を切ります。切り口の曲がり具合を法曲率といい、平面の向き を変えると値が変わります。
最大と最小の値が主曲率 です。オイラーの公式によれば、途中の値は次のように書けます。
平均曲率の条件 は、主曲率が符号違いで同じ大きさということ。フランスの事典も、2 つの曲率半径が至るところ逆向きになる条件だと書いています[3]。
度と 度では法曲率が になります。その 2 方向を漸近方向と呼び、曲面はそこでまっすぐ。
一方の向きに山、直角の向きに谷。極小曲面のすべての点が、この鞍の形をしています。平らな点は例外で、平面そのものの場合だけ。
ガウス曲率はいつも負
主曲率の積がガウス曲率でした。 なので、次のようになります。
平面を除けば、極小曲面の点はすべて双曲的です[3]。球のようにふくらんだ点は 1 つもありません。
この事実から、コンパクトな極小曲面が存在しないことも出ます[2]。閉じた曲面ならどこかに正の曲率の点が要るのに、それが許されないためです。
石鹸膜がいつも枠を必要とするのは、そのためです。枠のない閉じた膜は、極小曲面になれません。
石鹸膜と石鹸玉は別物
石鹸膜と石鹸玉は、条件が違います。
膜の両側は同じ空気なので、圧力差がありません。圧力差がないとき、膜は面積の停留点に落ち着きます[3]。
石鹸玉は内側に空気を閉じ込めているので、内外に圧力差があります。このときは体積を固定したうえで面積を最小にするので、平均曲率は ではなく一定値になる。
球面は で、平均曲率が正の定数です。極小曲面ではありません。
両側が同じ圧力。平均曲率が 0 で、鞍の形が並ぶ
内外に圧力差。平均曲率が 0 でない定数で、球にふくらむ
懸垂面
平面のほかに、いちばん古くから知られている例が懸垂面です。オイラーが 年に記述しました[1]。
作り方は単純で、懸垂線 を 軸のまわりに回すだけ。できあがる曲面は次の式で表されます[1]。
等角な径数づけも書けます[1]。
ボンネが 年に、平面を除けば回転面の極小曲面はこれしかないことを示しました[1]。ドイツの講義録も同じ主張を挙げています[2]。
円柱と比べると、面積の差がはっきりします。高さ 、半径 の円柱と、同じ 2 つの円を境界にもつ懸垂面を計算した例があります[2]。
くびれているぶん、懸垂面のほうが狭くなります。石鹸膜が 2 つの輪の間で内側へへこむのは、この差を稼いでいるためです。
常螺旋面
もう 1 つの古典が常螺旋面です。ムーニエが 年に極小曲面だと見抜きました[2][3]。
直線を軸に沿って回しながら平行移動して作る、螺旋階段の形です。平面を除けば、線織面で極小になるのはこれだけ[3]。
回転面の代表と線織面の代表が、それぞれ 1 つずつに決まる。極小という条件が、いかにきついかを表しています。
2 つは同じ膜を曲げただけ
ここからが面白いところ。懸垂面と常螺旋面は、伸び縮みなしに移り合えます。
複素平面上の正則零曲線 を用意します[1]。その実部に位相を掛けると、極小曲面の族ができます。
成分で書くと次のようになります[1]。
が懸垂面、 が常螺旋面です[1]。途中の でも、すべて極小曲面のまま。
この族を随伴族と呼びます[2]。 にあたる曲面はもとの曲面の共役極小曲面といいます。
移り合う途中で長さは変わりません。だから懸垂面と常螺旋面は等長で、内在的な幾何としては同じものです。
石鹸膜を切って、伸ばさずにねじるだけで螺旋階段になる。実際に手で試せる変形です。
停留と最小の距離
は 1 階の条件でした。2 階まで見ると、面積が本当に最小かどうかが分かります。
十分小さい範囲に限れば最小になります。極小曲面の各点には近傍があり、その中でのコンパクトな変形はすべて面積を増やす[2]。
大域では話が変わります。2 つの輪に張った石鹸膜を思い浮かべると分かりやすい。
輪の間隔を広げていくと、くびれがどんどん細くなります。ある間隔を超えると懸垂面が存在しなくなり、膜は切れて 2 枚の円板に落ちる。
切れる直前にも懸垂面は 2 つ存在していて、細いほうは面積の停留点でありながら最小ではありません。停留と最小の差が、目に見える形で出ます。
膜が縮もうとする理由
物理の側の事情も一言で書けます。液体の膜は、面積に比例した表面エネルギーを持ちます。
エネルギーを下げようとすれば、膜は面積を減らす方向へ動く。動けなくなった位置が、面積の停留点です。
枠に張った膜が動きを止めたとき、そこが極小曲面。石鹸水と針金があれば、偏微分方程式の解が数秒で目の前に現れます。
プラトー問題
物理の側から来た問いもあります。ベルギーのプラトーが 年に、針金の枠を石鹸水に浸す実験を重ねました[1]。
そこから出た予想が、 の閉じた単純曲線は必ず極小曲面を張る、というもの。プラトー問題と呼ばれます[1]。
ラドーが 年、ダグラスが 年に、それぞれ肯定的に解決しました[1][3]。フランスの事典も同じ年号を挙げています。
実験が先で、証明が半世紀以上あとに来た。極小曲面論が解析と幾何の交点にある理由が、この経緯に出ています。
調和写像として見る
証明の道具になったのは等角径数づけです。等角な写像については、極小であることと調和であることが同値になります[1]。
調和なら複素解析が使えます。 を正則零曲線の実部として書ける、という表示がそこから出ます。
ではワイエルシュトラス表示という具体的な形になります[1]。正則関数を 2 つ選ぶと、極小曲面が 1 つできあがる。
シェルクの曲面もこの流儀で作れます。グラフ表示は次のとおり[2]。
極小曲面を作る問題が、正則関数を選ぶ問題に化けました。幾何の問題が複素解析の問題へ翻訳される、その典型例です。











