閉じた道を一周すると矢印が回る「ホロノミー」が現れる
球面の上でベクトルを 1 周させると、出発したときと向きが違います。同じ道具で同じだけ運んだのに、戻ってきた矢印が回っている。
このずれの全体が作る群がホロノミー群です。曲率という局所の量が、閉曲線という大域の対象を通して群の形で現れる[1]。
以下では平行移動を微分方程式として定義し、ずれが囲む面積に比例する様子を確かめ、アンブローズ・シンガーの定理とベルジェの分類まで進みます。
平行移動の定義
曲線 と初期ベクトル をとります。曲線に沿ったベクトル場 で
を満たすものが、 を平行移動したものです[2]。
座標で書けば で、 について 1 階線型の常微分方程式。
解が必ず 1 つ存在する
線型の初期値問題なので、ピカール・リンデレフの定理から解が一意に存在します[3]。
したがって平行移動は の写像を定めます。線型方程式なので、この写像も線型。
逆向きにたどれば逆写像が出るので、同型写像になります。潰れることはありません。
長さと角度が保たれる
レヴィ・チヴィタ接続では、平行移動が内積を保ちます[2]。
理由は計量との両立です。 で、両方が平行なら右辺が 。
内積が定数なので、長さも角度も動きません。移動の結果は直交変換になります。
道に依存する
始点と終点が同じでも、通る道が違えば結果が違います[2]。
平坦なら一致します。曲率が であることと、局所的に道に依らないことが同値。
道に依存するからこそ、閉曲線を 1 周したときにずれが残ります。ずれが群をなす。
球面の上で 1 周する
北極から赤道へ下り、赤道を進み、北極へ戻る道を考えます。
3 辺とも大円なので、矢印と進行方向のなす角は変わりません。それでも戻ったときには 度回っています。
回転角は囲んだ面積に等しくなります。この三角形は球面の で面積 、回転角も [3]。
例:緯線に沿った平行移動
北緯 の緯線を 1 周します。緯線は大円ではないので、測地線ではありません。
平行移動したベクトルは、 だけ回ります。囲む球冠の面積がちょうどこの値。
赤道では で回転角が 、つまり回転なしと同じです。赤道が大円であることに対応する。
例:フーコーの振り子
緯度 で振り子を吊ると、振動面が 1 日で だけ回ります。
これは緯線に沿った平行移動のホロノミーそのものです。振り子の振動面が平行移動される量として現れる。
極では 1 日で 1 回転、赤道では回りません。実験室で測れるホロノミー。
例:円錐を切り開く
頂角のある円錐を、母線に沿って切り開くと扇形になります。扇形の中心角を とする。
頂点を囲むループを 1 周すると、 だけ回転が残ります。この が角度の欠損。
青が実際の扇形、赤の破線が足りないぶんです。円錐の上を歩いた人には、この欠損が見えません。
曲率は頂点だけに集まっています。頂点を除けば平坦なのに、頂点を囲むとホロノミーが残る。
ずれは面積に比例する
小さな閉曲線では、ずれは囲む面積に比例します。比例係数がガウス曲率。
単位球面なら曲率が なので、回転角がそのまま面積です。曲率が大きいほど、同じ面積でずれが大きくなる。
平面では曲率が なので、どんな閉曲線を回ってもずれません。
ループを縮めると比例が見える
閉曲線を小さくしていったとき、回転角がどう変わるかを描きます。
ループを縮めると回転角も減り、面積と同じ速さで に近づきます。単位球面では両者が一致する。
半径を半分にすれば面積は になり、回転角も です。長さに比例しないところが要点。
主束のホロノミー
ベクトル束ではなく主束で定式化すると、ホロノミーが構造群の部分群として出ます。
水平な持ち上げをとり、ファイバーの中でどれだけずれたかを見る形です。ゲージ理論ではこのずれがウィルソンループ。
アンブローズ・シンガーの定理も、主束の言葉で述べるのが本来の形になります[4]。
ホロノミー群の定義
点 を始点かつ終点とする閉曲線の全体をとり、それぞれに沿った平行移動を集めます。
これがホロノミー群です[1]。合成と逆で閉じているので群になる。
道をつなげば合成、逆にたどれば逆元です。群であることは定義からすぐ出ます。
基点への依存
と を道 で結ぶと、 が成り立ちます[1]。
共役でしか変わらないので、群としての同型類は基点に依りません。連結な多様体なら、どこで測っても同じ群。
抽象的な群としては 1 つに決まるが、どの部分群として実現されるかは基点で変わる、という形。
制限ホロノミー群
可縮な閉曲線だけを使ったものを制限ホロノミー群 といいます。
これは連結なリー部分群になり、 の単位元成分に一致します[1,5]。
商 は基本群の像です。曲率で決まる部分と、位相で決まる部分に分かれる。
可縮なループから出ます。曲率が決めるので、局所の情報だけで書ける。
すべてのループから出ます。可縮でないループが基本群を持ち込み、大域の情報が入る。
平坦でもホロノミーが残る
曲率が なら制限ホロノミー群は自明です。ところが全体のホロノミー群は自明とは限りません[1]。
メビウスの帯がその例になります。曲率は ですが、帯を 1 周すると向きが裏返る。
平坦性は局所の性質で、ホロノミーは大域の性質です。両者が食い違う場面。
例:円柱と円錐
円柱は平坦です。切り開けば平面になり、ホロノミーは自明。
円錐も頂点を除けば平坦です。ところが頂点を回るループでは、角度の欠損ぶんだけ回転が残ります。
曲率は頂点 1 点に集中しています。デルタ関数のような形で曲率が入っている、という見方。
アンブローズ・シンガーの定理
ホロノミー群のリー代数は、曲率が張ります[4]。
正確には、 から水平な道でつながる各点 での曲率 の全体が、 のリー代数を生成する。
曲率は無限小のホロノミーである、という言い方がこの定理の中身です。小さなループの寄与を集めると、群の全体が出てくる。
曲率が無限小のホロノミー
小さな平行四辺形を 1 周したときのずれは
の形になります[4]。 は辺の長さ。
次の項がありません。往復で打ち消されるため、効いてくるのは面積の次数から。
この式が、曲率テンソルの定義そのものになっている流儀もあります。
曲率が恒等的に の多様体について、正しいものはどれか。
- ホロノミー群はつねに自明になる
- 制限ホロノミー群は自明だが、全体は自明とは限らない
- 制限ホロノミー群も自明とは限らない
- ホロノミー群は定義できない
リーマン多様体のホロノミー
レヴィ・チヴィタ接続では平行移動が内積を保つので、ホロノミー群は の部分群です。
向きも保つなら の部分群になります。向き付け可能な連結多様体ならこちら。
ここからさらに小さくなるかどうかが、多様体の特別な構造と対応します[5]。
ホロノミーが小さいと構造が入る
ホロノミー群が保つテンソルは、平行なテンソル場として多様体の上に載ります。
たとえば に落ちれば概複素構造が平行になり、ケーラー多様体です。 ならカラビ・ヤウ。
群が小さくなるほど、平行なテンソルが増えて構造が豊かになります。ホロノミーは構造の指標。
ベルジェの分類
単連結、既約、対称でないリーマン多様体のホロノミー群は、次のいずれかに限られます[6]。
という包含があります。ハイパーケーラーならカラビ・ヤウ、カラビ・ヤウならケーラー[6]。
ベルジェが 1955 年に示したときは可能性の列挙で、すべてが実際に現れることの確認には時間がかかりました。 と の例が作られたのは 1980 年代以降。
例外的ホロノミーが使われる場面
や をホロノミーに持つ多様体は、リッチ平坦です。
弦理論のコンパクト化で 次元のカラビ・ヤウが使われるのも、リッチ平坦という条件から。ホロノミーを小さくすることが、方程式を満たすことに直結します。
分類の表が、幾何と物理の対応表として読まれる場面。
平行移動から接続を復元する
平行移動が分かれば、接続をとり戻せます。
移動してきたものと元のものを、同じ接空間で引き算する形です[2]。
接続と平行移動は同じ構造の別の書き方になります。微分方程式で書くか、その解で書くかの違い。










可縮なループの寄与は曲率だけで決まるので、制限ホロノミー群は自明です。可縮でないループが残るので、全体は基本群の情報を持ちます。