共変微分とは、接平面からはみ出した成分を捨てる操作
曲面の上でベクトル場を微分すると、答えが曲面からはみ出します。はみ出したぶんを捨てて接平面に戻す。それが共変微分です。
やっていることはこれだけ。ところが、この一手間を入れた途端に、微分が曲面の内側だけの量に変わります。
関数なら困らない
まず、うまくいく場合から見ます。曲面 の上の関数 を、点 で方向 に微分するとしましょう。
曲面の中を走る曲線 を 、 ととり、 を で微分すれば済みます[1]。
出てくるのは数です。数はどこにも所属しないので、曲面からはみ出しようがない。
困るのはベクトル場のほうです。 が接ベクトル場でも、その微分が接ベクトルである理由はありません[1]。
接平面からはみ出す
を で微分すると、近い 2 点のベクトルの差をとることになります。この 2 本は別々の接平面にいるので、差はどちらの接平面にも属しません。
球面で考えると分かりやすい。緯線に沿って東向きの単位ベクトルを並べ、東へ進みながら微分すると、答えは球の内側を向きます。
その内向き成分は、曲面の住人には見えません。見えるのは接平面に残った成分だけ。
灰色の矢印は素直に微分した結果で、接平面の外を向いています。それを直線に落とした青が共変微分、残りの橙が捨てられる部分。
射影という定義
いまの操作をそのまま定義にします。スタンフォードの講義では次のように書かれます[1]。
右辺は での普通の微分 を、接平面へ正射影したものです。超曲面なら単位法線 を使って、次のように書き下せます[2]。
引いているのは法線方向の成分です。ドイツの講義録も同じ定義を採り、これを共変微分あるいはレヴィ・チヴィタ接続と呼んでいます[2]。
捨てた成分にも名前がある
捨てたぶんは無意味な残りかすではありません。分解して名前を付けると、曲面の外側の情報になります[1]。
は第二基本形式です。 を微分して積の規則を使うと、 となり、これが にあたります[1]。
つまり素の微分は、内側の情報と外側の情報にきれいに分かれます。接成分が内在的な曲がり、法線成分が空間への埋まり方。
曲面の中だけで決まる量。共変微分になる
外の空間への埋まり方を表す量。第二基本形式になる
外から決めたのに内側の量
定義には法線 が出てきました。法線は に埋め込んで初めて言える概念です。
にもかかわらず、 は曲面の内側だけで決まります。ドイツの講義録が、この定義は外在的な量を使っているのに驚くべきことに内部幾何の量になる、と注意を促している点です[2]。
具体的には、計量 の成分とその 1 階微分だけで が書けてしまう。曲面をどう曲げても、長さを変えなければ は変わりません。
この事実があるから、 に入っていない抽象的な多様体にも共変微分を持ち込めます。公理だけを取り出して定義に昇格させる、という筋道。
成分で書くと補正項が出る
座標をとって成分で書くと、はみ出しの正体がはっきりします。曲線に沿ったベクトル場 について、共変微分は次の形になります。
第 1 項は成分をそのまま微分したもの。第 2 項が基底の変化ぶんの補正で、クリストッフェル記号が係数を担います。
第 2 項が要るのは、座標基底が点ごとに向きを変えるためです。成分が一定でも、基底が回っていればベクトルは変化している。
平面の極座標で見ると分かります。基底 と は点ごとに回るので、成分が定数のベクトル場でも にはなりません。
濃い矢印の成分は で固定してあります。それでも向きが変わり続ける。この変化を拾う役が補正項です。
3 つの規則にまとめる
射影という具体的な作り方から、次の 3 つの性質が出ます[2]。
1 番目が示すのは、微分する方向についてはテンソル的だということ。関数 が中から外へ素通りします。
3 番目では素通りしません。 という余りが出ます。微分がふるまいとして残っている部分。
抽象的な多様体では、この 3 つを満たす写像を接続と呼び、定義そのものにします。曲面での射影は、その定義を満たす具体例のひとつという位置づけ。
内積を保つ
射影で作った には、もう 2 つ大事な性質があります。1 つ目が計量との両立です[1]。
証明は の積の微分そのもの。内積は成分の積の和なので、微分すれば 2 項に分かれます[1]。
射影しても壊れないのは、捨てる成分が法線方向で、接ベクトルとの内積が になるためです。 が効いています。
意味するところは、平行移動が長さと角度を保つということ。運んだ 2 本のベクトルのなす角は、運ぶ前と同じままです。
捩れがない
2 つ目が捩れなしという性質です[1]。
これは 2 階偏微分が交換することの言い換えにあたります。スカラー関数について が成り立つのと同じことを、ベクトル場について述べたもの[1]。
径数づけ を使うと理由が見えます。座標基底は なので、 と はどちらも の 2 階偏微分。
2 階偏微分は順番によらないので、この 2 つは のベクトルとして等しくなります。射影しても等しいまま、つまり です。
曲面に埋め込んで射影しただけで、計量との両立と捩れなしが自動的に付いてきました。だからこの はレヴィ・チヴィタ接続にほかなりません。
径数空間で計算する
具体的な計算は径数空間でやります。径数づけ に対し、 が各点の接平面の基底です[1]。
、 と書いて、3 つの規則を順に当てます。
第 1 項は成分 を微分しただけ。第 2 項の は接ベクトルなので、また で展開できます[1]。
この展開係数がクリストッフェル記号です。射影の定義から出発すると、 は の接成分そのものだと分かります。
法線成分のほうは第二基本形式でした。 の 2 階偏微分を接方向と法線方向に割ると、内在的な量と外在的な量に分かれる、という構図。
球面で確かめる
単位球面を と で径数づけると、計量は 、 になります。
計量から を出すと、 でない成分は次の 2 種類だけ。
赤道 では 、 なので両方とも消えます。赤道に沿って走る限り、補正項が要らない。
だから赤道は測地線です。同じことは任意の大円について言えて、球面の測地線は大円に限られます。
緯線ではそうなりません。 では なので、補正項が残る。緯線に沿って走るには、常に横向きの力を掛け続ける必要があります。
平行とは見えないこと
曲線 に沿ったベクトル場 が をみたすとき、 は に沿って平行だといいます[2]。
射影の定義に戻せば、意味がはっきりします。 が接平面に対して直交しているとき、つまり曲面の中からは変化が見えないとき、 は平行です[2]。
ならこれは 、要するに定ベクトルという条件になります。曲面では、外から見れば動いていても、内から見れば動いていない状態がありうる。
例を一つ。単位球面の赤道を弧長で走り、その速度ベクトル自身を運びます。 は赤道の中心を向くので球面に直交し、したがってこの は平行です[2]。
円柱を開いてみる
曲がっている曲面でも、内部幾何は平らということがあります。円柱がその代表。
円柱に描いた図形は、切り開いて平面に広げても長さも角度も変わりません。長さが変わらないので、 も変わらない。
つまり円柱の上での平行移動は、開いた平面の上での平行移動そのものです。まっすぐな線は開けばまっすぐなまま。
一般に、2 つの曲面が 1 本の曲線に沿って接しているなら、その曲線に沿った平行移動は両方で一致します[2]。接平面が同じなら、射影先も同じになるためです。
この性質は計算の道具にもなります。曲面が扱いにくいとき、そこに接する平面や円錐へ問題を移せばよい。
円錐の緯線を一周する
平らにできる曲面でも、一周すればずれが出ます。円錐の緯線、つまり頂点から等距離の円がよい例です[2]。
円錐を切り開くと、扇形になります。扇形の中では平行移動がただの平行、つまり向きを変えない移動です。
ところが扇形には切れ目があり、貼り合わせると角度が足りません。一周して戻ったベクトルは、足りないぶんだけ回っています[2]。
閉じた曲線を一周した結果が恒等写像にならない、という現象。これがホロノミーで、円錐の場合は頂点に集まった曲がりが正体です。
まっすぐ進むということ
曲面の上でまっすぐ進むとは、曲面の中で向きが変わらないことです[2]。
速度ベクトルが自分自身に沿って平行、という条件。これを測地線と呼びます。
射影の定義で読み直すと、加速度 が接平面に直交していればよい、となります。曲面に押し戻される以外の加速をしていない状態。
スタンフォードの講義は、この式が計量 だけで書ける 2 階の常微分方程式になる点を強調しています[1]。外側の法線を持ち出さずに済み、解の存在も一意性も常微分方程式の理論から出ます。
射影が唯一の正解になる
接平面へ落とすという処方は、思いつきに見えるかもしれません。じつはこれ以外に選びようがありません。
さきほど並べた性質のうち、計量との両立と捩れなしを課すと、接続は一つに決まります。計量から を書き下す公式が、その一意性の中身です[3]。
射影で作った はその 2 条件をみたしていました。したがって、これが唯一の接続そのもの。
法線を使って定義したのに、答えは法線によらない。曲面を曲げ直しても、長さを保つ限り は同じものが出てきます。
順番を入れ替えるとガウス曲率が出る
最後に、共変微分から曲がりが取り出せることを見ます。2 方向に続けて微分し、順番を入れ替えた差をとる操作です。
平らな空間なら差は になります。曲面では残り、残った量が曲率テンソル。
曲面の場合、この量は第二基本形式の成分 で書けます。ガウスの方程式と呼ばれる関係です[2]。
2 次元では となります[2]。右辺は主曲率の積、つまりガウス曲率に計量の行列式を掛けたもの。
左辺は から作られていて、 は計量とその微分だけで書けます[2]。だから左辺は内在的な量です。
右辺は外側の情報でできています。等しいということは、主曲率の積が内在的だということ。ガウスの驚異の定理そのものです。
はみ出したぶんを捨てる、という素朴な操作から出発しました。捨てたはずの外側の情報が、2 回微分したところで内側の量として戻ってくる。
フーコーの振り子
物理の言葉でも言えます。垂直な棒に水平な指し棒を取り付け、自由に回れるようにして棒ごと動かす。このとき指し棒の向きは平行に運ばれます[2]。
指し棒は自分から回ろうとしません。曲面に沿うために最小限だけ向きを変える、その運ばれ方が平行移動です。
フーコーの振り子も同じです。振れる方向は地球の自転にともなって平行移動され、緯度によって回転の速さが変わります[2]。
緯線は測地線ではないので、一周すると振れる向きがずれます。ずれの量が緯線の囲む立体角に対応する、というのは、振り子が見せている幾何そのものです。









