曲率テンソルの添字はなぜ 4 つ必要なのか?
曲率テンソルが測っているのは、共変微分の順番を入れ替えたときに出るずれです。
平らな空間なら、微分の順番はどちらでも同じ答えになります。曲がった空間ではそうならない。この食い違いこそが曲がり具合の正体で、それを 1 つの量にまとめたものが曲率テンソルです。
見た目の添字は 4 つあります。多いように見えて、どれにも役があります。
微分の順番を入れ替える
レヴィ・チヴィタ接続 に対して、曲率テンソルは次で定義されます[1]。
第 1 項と第 2 項が、 方向と 方向に微分する順番を入れ替えたもの。平らなら差し引き になるはずの量です。
はベクトル場の括弧積で、 と の流れがどれだけ噛み合っていないかを表します。第 3 項はその噛み合わなさを引き算する補正。
言い直すと、曲率は平行移動が道によらないための障害です[1]。同じ点へ 2 通りの道で運んだとき、答えがそろわない量を測っています。
2 本の矢印は同じベクトルを運んだ結果です。先に横へ進んだか、先に縦へ進んだかだけが違う。届いた先での開きが にあたります。
第 3 項がないと壊れる
の項は、体裁を整えるための飾りではありません。これがないとテンソルにならないためです。
テンソルであるというのは、関数を掛けたときに素通りするということ。 が成り立てば、 は という 1 本のベクトルだけで決まります。
実際に を入れて展開すると、ライプニッツ則から や の項が湧きます。第 1 項と第 2 項からは と が出てくる。
これらを消してくれるのは第 3 項です。 という関係が、余りをちょうど打ち消します[1]。
を入れる
, の余りが湧く
第 3 項が打ち消す
だけが残る
と についても同じことが起こります。結果として は 型テンソルになる[1]。
これは効きの大きい性質です。曲率を知るのに近傍のベクトル場は要らず、点ごとに 3 本のベクトルを入れれば 1 本のベクトルが返る、という装置になります。
平行移動での言い直し
さきほどの図を式にしておきます。 となる 2 つのベクトル場をとり、 と の流れが作る無限小の平行四辺形を一周させる。運ばれたベクトルの変化は 2 次の精度で次のようになります[1]。
と の積、つまり囲んだ面積に比例します。輪を半分の大きさにすれば、ずれは 4 分の 1 になる。
ここから平坦性の言い換えが出ます。 であることと、平行移動が道によらないこと、そして局所的に と等長であることは、すべて同値です[1]。
曲率が消える多様体は、小さく切り取ればユークリッド空間そのもの。逆にいえば、 が でない限り、どんなに小さく切ってもユークリッド空間には重ならない。
添字 4 つの内訳
型というのは、下に 3 つ、上に 1 つという意味です。入力が 3 つで出力が 1 つ、と読めます。
面を決め、運ぶものを決めれば、ずれが決まる。その対応が線形なので、係数の並びとして 4 つの添字がつきます。
と を入れ替えれば向きが逆になるので です。ここは定義から即座に出ます。
成分での顔つき
座標基底で と書くと、成分はクリストッフェル記号で表せます[1][2]。
前半 2 つが の微分の差、後半 2 つが どうしの積の差。この組み合わせがちょうどテンソルになる、という点が要です。
自体はテンソルではありません。座標を換えると 2 階微分の項が余分に付きます。差と積を上のように組むと、その余りが打ち消し合う。
ある 1 点で となる座標をとれば、積の項が落ちて見通しがよくなります。その点での値は だけ[1]。
つまり曲率が拾っているのは の 1 階微分です。 そのものは座標で消せても、その微分までは消せません。
添字を全部下ろす
計量で上の添字を下ろすと、対称性が見やすくなります。
この形で書くと、 という内積の値になります[1]。
対称性が成分を削る
には 4 つの関係式があります[1]。
2 番目は計量との両立から出ます。 を示し、 について極形式をとる筋道です[1]。
3 番目は独立ではありません。1 番目、2 番目、4 番目から導かれます。
これらを課すと、独立な成分の個数がぐっと減ります。 次元での個数は次のとおり[1]。
素朴に数えれば 個ありました。4 次元なら 個です。対称性を入れると 個まで落ちます。
3 次元なら 個、2 次元ならたった 個。次元が下がるほど、曲率の自由度は急速にしぼみます。
独立成分を数える
という個数は、対称性から順に絞れば手で出せます。
まず が反対称なので、この組は 通り。 も同じで、両方あわせて 個の組が 2 つ並ぶ形になります。
次に組の入れ替えが対称なので、 個から重複を許して 2 つ選ぶ数、つまり まで落ちます。
最後に第一ビアンキ恒等式が効きます。この条件が新しく課すのは 4 つの添字がすべて違うときだけで、 個の関係式になる。
で確かめると なので 。 なら で、 なら です。
2 次元では 1 つだけ
で残る 1 個は です。ほかの成分は反対称性から になるか、符号違いでこれに帰着します。
面の曲がり具合を表す数が 1 つしかない、ということ。それがガウス曲率で、 を計量の行列式で割った量になります。
曲面には向きも傾きもあるのに、内在的な曲がりは 1 つの数で足ります。ガウスの驚異の定理が言っているのは、この数が曲面の内側だけで決まるという事実です。
高い次元では話が変わります。同じ点でも、どの 2 次元の面を見るかで曲がり方が違う。だから面を指定する添字が 2 つ要ります。
球面と双曲平面で計算する
数を入れて確かめます。単位球面 を球面座標でとると、計量は 、 です。
成分の定義に沿って計算すると が出ます。添字を下ろした も [1]。
2 次元では という関係があるので、ガウス曲率が読み取れます[1]。
が消えました。球面はどこでも同じだけ曲がっている、という当たり前の事実が式の上で出ます。
双曲平面も見ておきます。上半平面に を入れると 、 となり、[1]。
こちらも が消えます。見た目には上へ行くほど縮む計量なのに、曲がり具合は一様。
測地線のずれで測る
もう一つの読み方が、隣り合う測地線の離れ方です。こちらのほうが図に描きやすい。
測地線の族 を考え、 方向の変分ベクトルを とします。この が次の式をみたします[1]。
ヤコビ方程式と呼ばれる式で、解をヤコビ場といいます。素直に読むと、隣の測地線との隔たりの加速度が曲率で決まるという主張。
導出も短い。 と を使うだけで、 が出ます[1]。
曲率 の球面で、大円に直交する成分について書き下すと、次の形になります[1]。
から出発した解は でまた に戻ります。北極を出た大円が南極で再会する、あの現象。この点を共役点と呼びます。
曲率 の双曲空間では符号が反転します[1]。
こちらは指数的に開いていくだけで、二度と交わりません。共役点が存在しない。
平坦なら なので、隔たりは に比例して伸びます。3 つを並べると、正の曲率は寄せ、負の曲率は離すという役割がはっきりします。
縦軸が隔たり 、横軸が測地線に沿った時間です。青は寄せられて に戻り、灰色はまっすぐ伸び、橙は加速して開きます。
断面曲率へ落とす
4 つの添字を持つ量は、そのままでは扱いにくい。 次元の面を 1 つ選んで、数 1 つに縮める方法があります。
接空間の 平面 を、一次独立な が張るものとします。断面曲率は次で定義されます[1]。
分母は と が張る平行四辺形の面積の 2 乗です。この割り算のおかげで、値は の選び方によらず、平面 だけで決まります[1]。
意味は素直で、その 2 平面に沿って測地線を流したときのガウス曲率にあたります。曲率テンソルを「面ごとの数値」に読み替えたもの。
驚くのはその逆で、すべての 2 平面での が分かれば が完全に復元されます[1]。 が と について 2 次形式なので、極形式で成分が取り出せるためです。
情報が減っているように見えて、じつは減っていません。4 添字の量と、面に対する関数は、同じだけの中身を持っています。
半径 の球面で緯線に沿って一周すると、戻ってきた矢印の回転角が、その緯線が囲む面積とぴったり一致します。輪を小さくすれば角も小さくなる。
小さな輪での回転角を面積で割った値が、その点での曲率です。曲率テンソルは、この操作を「どの向きの輪か」まで込めて書いたものだと言えます。
定曲率なら計量だけで書ける
どの点のどの 2 平面でも が成り立つ空間を、定曲率空間と呼びます。このとき曲率テンソルは計量だけで書けてしまいます[1]。
成分では となります。 個あったはずの自由度が、数 ひとつに縮む。
完備で単連結という条件を足すと、そういう空間は 3 つしかありません。キリング・ホップの定理と呼ばれる分類です[1]。
完備なだけで単連結でない場合は、この 3 つを離散群で割った商になります。平坦なトーラスがその例で、曲率は でも形はユークリッド空間と違う。
微分にも恒等式がある
成分どうしの関係だけでなく、微分についての関係もあります。第二ビアンキ恒等式です[1]。
証明は正規座標を使うと短い。 の点では共変微分が偏微分に落ちるので、偏微分の可換性から出ます[1]。
この恒等式を縮約すると、アインシュタイン方程式の左辺が自動的に保存量になります。曲率の対称性が物理の保存則を支えている、という筋です。
長さを測る式にも曲率が出る
測地線が本当に最短かどうかを調べると、そこにも曲率が顔を出します。弧長で径数づけた測地線 を端点を止めたまま揺らし、エネルギーの 2 階微分をとります[1]。
第 1 項は揺らし方の激しさで、いつも 以上です。第 2 項に曲率が入り、符号が逆に付きます。
正の曲率のところでは第 2 項が引き算として効くので、2 階微分が負になりうる。つまり揺らしたほうがエネルギーが下がる、最短ではない、という事態が起きます。
負の曲率なら第 2 項は足し算に転じ、2 階微分はいつも正。測地線は必ず局所最短になります。
ヤコビ場の が になる点を共役点と呼びました。共役点を越えると測地線は最短をやめる、というのは、この式から出る帰結です[1]。
最短でいられる限界の時刻を切断点といいます。球面なら対蹠点がそれで、そこから先はどちら回りでも同じ長さ。
1854 年のゲッティンゲン
この量が生まれた場面にも触れておきます。1854 年 6 月 10 日、リーマンはゲッティンゲンで教授資格講演をおこないました[1]。
演題はガウスが指定したもので、幾何学の基礎にある仮説について、というものでした。審査員席にはそのガウスが座っています。
そこでリーマンが示したのは、距離が点ごとに変わる空間という考え方です。曲がった空間を、外側の入れ物なしに内側だけで語る枠組み。
添字を 4 つ持つ量は、その枠組みの中心にあります。のちにクリストッフェルとリッチ・クルバストロが計算の形に整え、アインシュタインが物理へ持ち込みました[1]。
潮汐力として読む
一般相対性理論では、時空の曲率が重力そのものです。フランスの講義録は、リーマンが 1854 年の時点で測地線のずれとして曲がりを捉えていた、と述べています[1]。
自由落下する 2 つの物体は、それぞれ測地線を進みます。互いの隔たりが勝手に伸び縮みするなら、そこに曲率がある。
地球へ落ちていく 2 点は、どちらも地心を目指すので横向きには近づきます。縦方向には、下のほうが強く引かれて離れる。これが潮汐力で、ヤコビ方程式の が担っている部分です。
重力加速度そのものは座標のとり方で消せます。自由落下する箱の中では重力を感じません。消せないのは隔たりの変化のほうで、それが曲率の消せなさに対応しています。









