ばらつきが 2 倍でも棄却できない?母分散のカイ二乗検定
標本 10 個では、標本分散が仮説の値の 2.114 倍を超えないと両側 5% で棄却できません。下側なら 0.300 倍を割る必要があります。
ばらつきが倍になっても見のがす。分散の検定は、平均の検定よりずっと鈍い道具です。
鈍さの正体は、カイ二乗分布の形にあります。
統計量
母分散 が指定した値 と等しいかを調べます。 を置く。
標本分散 を で割り、自由度を掛けます[2]。
のもとで、この量は自由度 のカイ二乗分布に従います。母集団が正規分布であることが前提です。
比だけを見ているので、単位は消えます。 が の何倍かという情報だけが残る形。
棄却域が左右で違う
t 検定では棄却域が左右対称でしたが、こちらは対称になりません。カイ二乗分布そのものが非対称なためです。
自由度 19 の両側 5% を例にとります。下側の点が 8.9065、上側が 32.8523。
分布の中心にあたる 19 から測ると、下へ 10.09、上へ 13.85 です。上のほうが遠い。
上側が遠いのは、分散が下には までしか行けず、上には限りがないためです。比の分布は右へ長い裾を引きます。
同じ 2.5% の面積を切るのに、右側では遠くまで行かないと足りない。
例:ばらつきが増えていないか
これまで分散 で安定していた工程から 20 個をとったところ、標本分散が になりました。
自由度 19 の上側の点は 32.8523 なので、これを超えています。両側 5% で棄却されます。
両側の p 値は 0.0268 です。分散が のままだとは言いにくい。
倍率でいえば 1.85 倍です。標本 20 個で棄却するには 1.729 倍を超える必要があり、ぎりぎり届いた形になります。
どれだけ違えば棄却できるか
が の何倍になれば棄却されるかを、標本の大きさごとに出します。
| 下側の境目 | 上側の境目 | |
|---|---|---|
| 10 | 0.300 倍 | 2.114 倍 |
| 20 | 0.469 倍 | 1.729 倍 |
| 30 | 0.553 倍 | 1.577 倍 |
| 50 | 0.644 倍 | 1.433 倍 |
| 100 | 0.741 倍 | 1.297 倍 |
標本 10 個では、分散が 2 倍になっても棄却できません。3 分の 1 以下に減っていても同じです。
100 個そろえてようやく 1.3 倍で反応します。平均の検定なら 10 個でも小さい差を拾えるので、感度がまるで違う。
分散は 2 乗の平均なので、1 つの値の影響が大きく、推定そのものが不安定です。鈍さはそこから来ています。
片側にする場合
「ばらつきが増えていないか」だけを問うなら上側の片側検定です[2]。
自由度 19 の上側 5% 点は 30.1435 で、両側の 32.8523 より内側にあります。同じデータなら棄却しやすい。
工程管理では、減るぶんには困らないので片側にすることが多い。ただし向きはデータを見る前に決めます。
例:ばらつきが減ったといえるか
改善のあとで 25 個をとり、標本分散が になりました。もとの値は です。
自由度 24 の下側 5% 点は 13.8484 なので、片側検定なら棄却されます。片側の p 値は 0.0339。
両側で見ると下側の点は 12.4012 で、13.00 はその内側です。両側の p 値は 0.0678 で棄却できません。
同じデータが、片側なら有意、両側なら有意でない。改善を確かめる目的なら片側でよいのですが、その向きは改善に着手する前に決めておくものです。
分散の推定はなぜ不安定か
標本分散の散らばりは、正規母集団のもとで に対して の割合になります。
| の相対的な散らばり | の相対的な散らばり | |
|---|---|---|
| 10 | 0.471 | 0.316 |
| 20 | 0.324 | 0.224 |
| 50 | 0.202 | 0.141 |
| 100 | 0.142 | 0.100 |
同じ で比べると、分散のほうが 1.4 倍ほど散らばります。 が小さいほど差が開く。
理由は 2 乗にあります。1 つの値が平均から離れると、その効果が 2 乗で効いて を押し上げる。平均のほうは足して割るだけなので、影響がならされます。
分散を の精度で知りたいなら、 から が要ります。検定が鈍いのは、この推定の粗さの裏返しです。
区間推定と同じ道具
同じ 2 つの点から、母分散の信頼区間が作れます。
例のデータに当てはめると、 で になります。
を含んでいないので、検定の結論と一致します。区間と検定は同じ計算の別の見せ方です。
幅が 3.7 倍もあることに目がとまります。分散が なのか なのか、20 個では絞りこめない。
とはいえない、という 1 行
から のどこか、という幅
棄却できたかどうかだけを見ると、この幅の広さが視界から消えます。
正規性への依存
この検定は、母集団が正規分布であることに強く依存します。 がカイ二乗分布になるのは、正規分布のときだけです。
分散に関する検定は正規性からのずれに敏感で、非正規のデータに当てると、分散の違いではなく正規性からのずれを検出しているだけになりかねません[1]。
裾が重い分布では の振れが理論より大きくなります。棄却しすぎる方向に外れる。
正規性が怪しい場合は、正規性からのずれに強い方法へ替えるほうが確実です[1]。平均の検定が多少のずれに耐えるのとは、事情が違います。
標本 30 個で標本分散が仮説の値の 1.5 倍でした。両側 5% での判定はどれですか。
- 上側の境目 1.577 倍に届かず、棄却できない
- 1.5 倍もあるので棄却できる
- 自由度 30 の点と比べる必要がある
比が 1.5 倍あっても、30 個では偶然の範囲。分散の検定を使うときは、まずこの鈍さを見積もっておくほうが早い。














自由度は 30−1=29 で、両側 5% の上側の境目は分散比で 1.577 倍にあたります。1.5 倍はその内側なので棄却できません。分散の検定は、この程度の違いでは反応しない鈍さがあります。