論理とその展開は宇宙の空間と時間そのもの?

__a__ を仮定すると __a → a__ が生まれ、さらに __a → (a → a)__ が生まれます。

こうして自然数のような列が生まれ、続いて __b__ や __c__ を起点とした列もできます。一個の雫 __a__ を仮定しただけで、離散的な列が離散的に並び、一種の面を構成します。

すべての元は列を生むため、__S__ もまた離散的な列、すなわち空間をつくります。こうして私たちの宇宙ができました……と言うつもりはありません。 ビッグバンの研究者たちはこのおとぎ話を軽くあしらうかもしれない。それは __a → (a → a)__ といった式に物理的な感覚が微塵もないから。 列が面をつくるなら、空間は無限次元になるはず。空間それ自体も列をつくるため、きりがありません。なんてくだらない話でしょう。

論理が実行される時間

なぜ宇宙は数学を法則とするのか。数学はただの論理でなく、宇宙そのものでないか?

この考えは、ヒルベルトの零点定理を学んだ大学生のときに浮かびました。関数は式(論理)であり、関数と座標は同一視できる。これを拡大解釈するなら、宇宙(座標)はただの式(論理)となります。

ところで、私は論理に「時間」があると考えています。これは高校生のときから私を縛りつける空想で、大学生になってもこだわっていました。私にとって数学は「歯車の回転が隣の歯車をつくる機構」ではありません。

以前から述べているように、宇宙は模擬宇宙である可能性があります。数千年、数万年後の私たちは模擬宇宙を開発するでしょう。ということは、私たちの宇宙もまた、誰かの制作した模擬宇宙にすぎないと考えられます。

空間と物質の運動をコンピューターで記述するなら、コンピューターの処理速度が宇宙の論理速度になるでしょう。光速度の逆数が処理速度を表すかもしれません。