バナッハ空間は関数解析において中心的な役割を果たす空間である。直感的には「ノルムが定義されていて、コーシー列が必ず収束する」ベクトル空間のことを指す。
ノルム空間 がバナッハ空間であるとは、 がノルムから誘導される距離に関して完備であることをいう。すなわち、 内の任意のコーシー列が 内の点に収束する。
ベクトル空間 上の関数 がノルムであるとは、任意の およびスカラー に対して次の 3 条件を満たすことをいう。(1) かつ (正定値性)、(2) (斉次性)、(3) (三角不等式)。
距離空間が完備であるとは、その空間内の任意のコーシー列がその空間内の点に収束することをいう。コーシー列とは、添字を十分大きくとれば項同士の距離がいくらでも小さくなる列のことである。
代表的な例
最も基本的なバナッハ空間の例を挙げる。
有限次元の場合、 や に任意のノルム(たとえばユークリッドノルム )を入れたものはバナッハ空間になる。有限次元ノルム空間は常に完備であるため、これは自動的に成り立つ。
無限次元の例として重要なのが 空間と 空間である。()は数列空間で、ノルム
が有限となる数列 全体からなる。 は測度空間 上の可測関数で、
が有限となるもの全体の空間である(厳密にはほとんど至るところ等しい関数を同一視する)。
連続関数の空間 に上限ノルム を入れたものもバナッハ空間である。連続関数の一様収束極限は連続であるという事実が完備性を保証する。
ヒルベルト空間との関係
ヒルベルト空間はバナッハ空間の特別な場合である。ヒルベルト空間では内積が定義されており、ノルムは内積から として誘導される。このノルムは平行四辺形等式
を満たす。逆に、バナッハ空間のノルムが平行四辺形等式を満たせば、そのノルムは内積から誘導されたものである(フォン・ノイマン-ジョルダンの定理)。
や はヒルベルト空間であるが、 のとき や はヒルベルト空間にならない。バナッハ空間はヒルベルト空間より広いクラスを扱えるため、関数解析では両方の理論が必要になる。
基本的な性質
バナッハ空間では次のような基本定理が成り立つ。
バナッハ空間 からノルム空間 への有界線型作用素の族 が各点で有界ならば、作用素ノルムとして一様有界である。
バナッハ空間の間の全射有界線型作用素は開写像である。すなわち、開集合を開集合に写す。
バナッハ空間の間の線型作用素がグラフが閉であれば、その作用素は有界である。
これらの定理はベールのカテゴリー定理を用いて証明され、完備性が本質的に効いている。したがって、単なるノルム空間では成り立たない。