イデアルの鎖はどこかで止まる - ネーター環
可換環 がネーター環であるとは、 のすべてのイデアルが有限生成であることをいいます[1,3]。生成元を有限個で書き切れる、という有限性の条件です。
同じ内容は、イデアルの並び方でも言えます。イデアルの昇鎖が途中で止まる、という言い方[1,2]。
無限に太りつづけるイデアルの列を許さない環、と読むといちばん近い。エミー・ネーターの名から来ています[2]。
3 つの同値な条件
次の 3 つは互いに同値です[1,2,3]。どれをとっても定義として使える。
昇鎖が止まるとは、ある から先で となること。以降は太らなくなる。
3 番目は「上限が必ずどこかにある」という言い方です。ツォルンの補題と違って、鎖の上界ではなく族の極大元をじかに要求している。
左の では と伸びます。 に届いたところで打ち止め。
右は といくらでも続く。変数がいくらでもあるので、生成元が増えつづけます。
この差が、そのままネーターかどうかの差になる。
同値性はどう出るか
は和集合をとるだけです。昇鎖 の和集合 はイデアルになり、仮定から有限生成。
生成元が有限個なら、全部を含む段 がどこかにある。そこから先は のまま動きません。
は背理法です。極大元を持たない族があれば、どの元にも真に大きい元があるので、無限昇鎖が作れてしまう。
は少し工夫がいる。イデアル の有限生成部分イデアルの族に極大元 をとる。
なら の元 を足した が、より大きい有限生成部分イデアルになります。極大性に反するので 、つまり は有限生成です。
ヒルベルトの基底定理
がネーター環なら、多項式環 もネーター環になる[1,2,3]。ヒルベルトの基底定理と呼ばれる結果です。
証明の骨は最高次係数です。 のイデアル について、次数ごとに最高次係数を集めるとイデアルの昇鎖ができる。
がネーターなのでその昇鎖は止まる。止まったところまでの有限個の多項式が を生む、という筋道になります。
変数を繰り返せば もネーターです。体 は自明にネーターなので、 とその剰余環がすべてネーターになる[4]。
これは代数幾何の土台です。アフィン多様体の座標環がすべてネーターになるので、有限性の議論が全域で使える。
形式的冪級数環 についても同じことが成り立つ[3]。
例: 整数環と単項イデアル整域
はネーター環です[2]。イデアルはすべて の形で、生成元が 個ですから有限生成。
単項イデアル整域なら同じ理由でネーターになる。 もガウス整数環 も、この型に入る[3]。
代数体の整数環はデデキント環で、これもネーターです[1,3]。イデアルの生成元は 個で足りる。
体は自明にネーターです。イデアルが つしかない。
反例: 変数が無限にある多項式環
はネーターになりません[1,2,3]。変数を全部含むイデアル が有限生成でないためです。
有限個の生成元をとると、そこに現れる変数も有限個。使われていない変数はその有限個から作れません。
昇鎖でも同じことが見えます。 が止まらない。
反例: 連続関数の環
実数上の連続関数全体 もネーターではありません[1]。
区間 で になる関数を集めるとイデアルができる。 を大きくするほどイデアルは小さくなり、逆向きにとれば止まらない昇鎖が作れる。
反例: すべての代数的整数の環
代数的整数を全部集めた環もネーターになりません[1]。 の平方根、 乗根、 乗根と続けていける。
昇鎖がどこまでも伸びる。個々の代数体の整数環はネーターなのに、全部を合わせると崩れる。
剰余環と局所化は受けつぐ
ネーター環の剰余環はネーター環です[1,2]。 のイデアルは のイデアルの像なので、生成元の個数が増えません。
局所化も同じです。 を積閉集合とすると はネーター環になる[4]。 のイデアルは のイデアルから伸ばしたものに限られるため。
有限生成な 代数もネーターです[4]。多項式環の剰余環として書けるので、基底定理と剰余環の性質から出る。
部分環については成り立ちません[3]。ネーター環の中に、ネーターでない部分環が入っていることがある。
ネーター加群
同じ条件は加群にも置ける。部分加群がすべて有限生成な 加群を、ネーター加群と呼ぶ[2,3]。
がネーター環であることは、 を自分自身の上の加群と見たときネーター加群であることと同じです。
ネーター環の上では、有限生成加群がすべてネーター加群になる[1]。有限生成加群の部分加群がまた有限生成になる、という形で効いてくる[5]。
有限生成であることと有限表示であることも一致する[5]。関係式の側も有限個で書き切れる。
準素分解
ネーター環のすべてのイデアルは、有限個の準素イデアルの共通部分に書けます[1,3]。ラスカー・ネーターの定理と呼ばれます。
素因数分解の一般化にあたる。整数で言えば が に対応する。
分解に現れる素イデアルの集まりは一意に決まる。イデアルそのものの分解は一意とは限りません。
素因数分解ほどきれいには決まらない、というところが との違いです。それでも有限個で書ける保証が付くところに、ネーター性が効いている。
クルルの交叉定理
ネーター局所環 では、次が成り立ちます[1]。
の冪をどこまでも交わらせると に落ちる。アルティン・リースの補題から出る結果です。
これは「無限に小さい元がない」という主張にあたる。冪級数展開が意味を持つ理由がここにある。
クルルの標高定理
ネーター環で 個の元が生成するイデアルの極小素イデアルは、高さが 以下になります[1]。
生成元の本数が、素イデアルの鎖の長さを抑えるという形。ネーター環の次元が有限になる根拠の一つです。
局所環に限れば次元は必ず有限になる。ネーター環全体では、次元が無限になる例も作れる。
アルティン環との関係
イデアルの降鎖が止まる環をアルティン環と呼ぶ。昇鎖と降鎖で対称に見えますが、実は対称ではありません[1,2]。
アルティン環は必ずネーター環です。秋月・ホプキンス・レヴィツキの定理と呼ばれる[1]。
逆は成り立ちません。 はネーターですがアルティンではなく、 が止まらない[2]。
差は次元に出ます。アルティン環はクルル次元 で、素イデアルがすべて極大。ネーター環にその条件を足したものがアルティン環です。
素イデアルだけ見れば足りる
可換環では、判定の手間を減らせる。すべての素イデアルが有限生成なら、その環はネーターになる[1]。
コーエンの定理と呼ばれる結果です。全部のイデアルを調べる必要がなく、素イデアルだけで済む。










