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ファン・カンペンの定理|基本群の具体的な計算例

van Kampen の定理は、空間をいくつかの部分に切り分け、それぞれの基本群から全体の基本群を組み立てるための定理です。複雑な空間でも、見慣れた空間の貼り合わせとして書けさえすれば、その基本群を代数的に計算できます。

基本群 は、基点 を出発して戻ってくるループを、連続変形で移り合うものは同じとみなして集めた群です。空間の穴のからみ方を捉える不変量ですが、定義をそのまま使って計算するのは容易ではありません。van Kampen の定理は、この計算を「部分ごとに求めて貼り合わせる」という分割統治へ持ち込みます。ちょうど、大きな図形の面積を小さな断片の和として求めるのと同じ発想です。

鍵になるのは、二つの部分の重なり方です。ループは全体を一周する途中で一方の部分から他方へ渡り歩きますが、その渡り方の情報が共通部分の基本群に集約されます。だからこそ、共通部分をどう取るかで計算の難しさが決まります。

定理の主張

とし、次の条件を課します。

の開集合で、その和が 全体を覆う
, , はすべて弧状連結
基点 は共通部分 に属する

このとき、基点 を固定すると、次の同型が成り立ちます。

右辺は融合積(amalgamated free product)と呼ばれる群です。直感的には、 上のどんなループも、 の中の弧と の中の弧に分割できます。各弧はそれぞれの部分の基本群の元として読め、弧の継ぎ目は共通部分の中にあります。この「継ぎ目でのつじつま合わせ」を代数的に表したものが融合積にほかなりません。共通部分が弧状連結でないと弧の継ぎ方が定まらず、定理は崩れます。条件はそのために必要です。

融合積とは

と、両者に共通する群 が与えられ、準同型 をそれぞれに埋め込むとします。融合積 は、次の普遍性で特徴づけられる群です。 から出発して 上で一致するような、任意の群 への準同型の組は、かならず を経由して一意に分解されます。

抽象的な定義だけでは計算に使えないので、表示(生成元と関係式)の言葉へ翻訳しておきましょう。 と表せているとき、融合積は次の表示を持ちます。

つまり、両群の生成元と関係式をすべて集め、そのうえで「 の元は 経由でも 経由でも同じ」という関係を追加します。 の各生成元について一本ずつ関係式が増える、と覚えておけば十分です。この追加された関係式こそが、空間の共通部分がもたらす拘束にあたります。

共通部分が単連結なら自由積

もっとも扱いやすいのは、共通部分が単連結、すなわち の場合です。融合すべき が自明群なので追加関係式は現れず、融合積はただの自由積に退化します。

自由積 は、両群の元を交互に並べた語の全体で、簡約以外の関係を一切課しません。関係式が増えないぶん、基本群は「大きく」なります。穴どうしがまったくからまない、楔和のような空間がこの型にあたります。

自由積か融合積か

計算の見通しは、共通部分の基本群が自明かどうかで大きく変わります。

共通部分が単連結

の自由積になります。関係式は増えず、楔和などの計算に向きます。

共通部分が非自明

の融合積になります。共通部分のぶんだけ関係式が加わり、曲面の計算で本領を発揮します。

ここからは、この二つの型を具体例で行き来しながら、実際に基本群を計算していきます。

計算の手順

どの例でも、手順そのものは共通です。

空間を弧状連結な二つの開集合に分ける

各開集合と共通部分の基本群を求める

融合積の表示に代入して関係式を読み取る

計算では、次の三つの基本部品がくり返し現れます。これらの基本群を覚えておくと、多くの空間がこの組み合わせで片づきます。

円周

。ループの巻き数を数える、もっとも基本的な非自明例です。

可縮な空間

円板や錐など一点に縮む空間は 。融合積では自明群の因子として働きます。

高次元球面

。二次元以上の球面は基本群には何も寄与しません。

例:高次元球面は単連結

まず基本部品の一つ、 が単連結であることを確かめます。 を北極を除いた部分、 を南極を除いた部分とすると、立体射影によりどちらも と同相で可縮です。共通部分 は二点を除いた球面で、 とホモトピー同値になります。

では が弧状連結なので、定理の条件が満たされます。 より、

となり、単連結が従います。逆に では共通部分が 、すなわち二点になって弧状連結でなくなり、定理はこの形では使えません。この破綻こそが、 という円周だけの特別さを生んでいます。

例:円の楔和と自由群

、いわゆる 8 の字の基本群を求めます。 を一方の円周と接点まわりを含む開集合、 を他方について同様に取ると、それぞれ円周にホモトピー同値です。共通部分は接点のまわりだけなので可縮になります。

なので、自由積が現れます。

得られるのは二元生成の自由群です。同じ議論は円周を 個束ねた楔和にもそのまま通り、基本群は 元生成の自由群 になります。関係式がまったく入らないので、8 の字のループ はどう組み合わせても簡約以外では等しくなりません。 であり、非可換性が目に見える形で現れます。

例:2-セルの貼り付けと関係式

ここで、曲面の計算をまとめて支える一般原理を用意します。空間 に対し、ループ に沿って二次元の円板(2-セル) を貼り付けた空間 を考えます。

を貼り付けた円板の中心を一点だけ除いた を円板の内部とします。 へ変形レトラクトし、 は円板なので可縮です。共通部分は中心を抜いた円板、つまり円環で、 にホモトピー同値になります。この共通部分の生成元は、 の側では貼り付けに使ったループ に対応し、 の側では可縮なので消えます。融合積の表示に入れると、 という関係式だけが追加されます。

ここで を含む最小の正規部分群です。言葉でいえば、2-セルを一枚貼るという操作は、その縁のループを基本群の中で消す操作にあたります。多くの曲面は円のいくつかの楔に 2-セルを貼って作れるので、この原理だけで基本群が求まります。

例:トーラス

トーラス は、正方形の向かい合う辺を同じ向きに貼り合わせて作れます。辺は二種類 に減り、四隅は一点に集まります。したがって は、8 の字 に 2-セルを一枚貼った空間にほかなりません。

貼り付けに使うループは、正方形の周を一周する語 、すなわち交換子 です。前節の原理から、 をこの語で割ればよく、

を得ます。関係式 と同値なので、 は可換になり、 です。自由群 に交換子の関係を一本入れるだけで、非可換な自由群がアーベル群 に変わる様子が見てとれます。

例:実射影平面

実射影平面 は、円板の境界を対心点どうしで貼り合わせた空間です。境界の円周を一周すると、貼り合わせによって縁のループ をちょうど二回たどることになります。つまり は、円周 に、縁が となるように 2-セルを貼った空間です。

2-セルの原理から、 という関係式が加わります。

基本群が位数 2 の有限群になる点が特徴的です。ループ は一周では潰せないのに、二周すると円板の縁として潰れます。これが、 のホモロジーに現れるねじれ の正体でもあります。

例:クラインの壺

クラインの壺 は、正方形を辺の語 で貼り合わせた曲面です。トーラスと同じく 8 の字に 2-セルを一枚貼りますが、貼り付けの語が交換子ではありません。

この群は非可換ですが、アーベル化すると様子がつかめます。可換にすると関係式は になり、

が得られます。トーラスの と違ってねじれ が現れ、クラインの壺が向き付け不可能であることを代数が言い当てています。基本群のレベルでは で、可換化して初めて見えなくなる非可換性を持ちます。

例:メビウスの帯を 2 枚貼る

これまでの曲面の例は、片方の因子が可縮で、実質は商群の計算でした。両方の因子が非自明な、融合積が本当に効く例を挙げます。クラインの壺は、二枚のメビウスの帯を境界の円周に沿って貼り合わせても作れます。

メビウスの帯はその中心円へ変形レトラクトするので、 です。一枚目の中心円の生成元を 、二枚目を とします。ここで効いてくるのが、メビウスの帯の境界は中心円を二回巻くという事実です。共通部分である貼り合わせの円周は、一枚目では 、二枚目では に対応します。融合積の表示にそのまま代入すると、次の表示が出ます。

これはクラインの壺の基本群の、もう一つの表示です。 とは見かけが違いますが、同じ群を表します。両側とも 、共通部分も で、埋め込みが二倍写像になっているところに、融合積の非自明さがはっきり出ています。

例:種数 の閉曲面

トーラスの計算は、そのまま高い種数へ一般化できます。種数 の向き付け可能閉曲面 は、 角形の辺を語 で貼り合わせて作れます。これは 個の円の楔に 2-セルを一枚貼ることに相当するので、次の表示が得られます。

は交換子です。 ならトーラスの に一致します。 では、一本の長い関係式では可換化しきれず、基本群は非アーベル群になります。いっぽうアーベル化すると交換子はすべて消えるので、 が残り、種数がそのままベッチ数に読み替えられます。

発展:トーラス結び目の補空間

融合積は曲面にとどまりません。三次元での代表例が、トーラス結び目の補空間です。 を二つの中身の詰まったトーラス(ソリッドトーラス) の貼り合わせと見ると、両者の境界は共通のトーラス面になります。 型トーラス結び目 は、この境界面上に乗る結び目です。

補空間 を、 側と 側で切り分けます。各ソリッドトーラスから結び目を除いた部分はふたたびソリッドトーラスへ変形レトラクトし、 です。共通部分は結び目を除いた境界トーラスで、円環にホモトピー同値なので になります。この円環の芯は の芯を 回、 の芯を 回巻く向きに乗っているので、生成元はそれぞれ に対応します。融合積から、次の群が得られます。

三葉結び目は 型なので、その群は です。共通部分の埋め込みが 乗・ 乗になっている構造は、先のメビウスの帯の例とまったく同じ骨格で、次元を一つ上げても融合積の考え方がそのまま働くことを示しています。

計算例のまとめ

ここまでの計算を一覧にします。共通部分が単連結なら自由積、非自明なら融合積、という切り分けがそのまま表れています。

空間基本群
高次元球面 S^n (n≥2)自明群 0
8 の字 S^1∨S^1自由群 F_2
トーラス T^2Z^2
実射影平面 RP^2Z/2
クラインの壺非可換(可換化で Z⊕Z/2)
種数 g の曲面曲面群(g≥2 で非可換)
三葉結び目の補空間⟨a,b | a^2=b^3⟩

同じ定理から、自明群・自由群・アーベル群・非アーベル群まで、性質の異なる群が次々に出てくるところが van Kampen の定理の強みです。

複数の開集合への一般化

これまで二つの開集合で覆ってきましたが、三つ以上でも定理は成り立ちます。 を弧状連結な開集合で覆い、それらの共通部分もすべて弧状連結とすると、基本群は各 を、二重共通部分 の情報で貼り合わせた群として書けます。どの部分がどう重なるかという組み合わせ的な構造は神経(nerve)と呼ばれ、被覆の重なり方を単体複体として記録します。実用上は、複雑な空間をまず素直な開被覆に分け、その神経を通して基本群を組み立てる、という形で使われます。

ザイフェルト・ファン・カンペンの定理を使い、空間を部分に分けて基本群を計算する方法を、自由積・融合積の基礎からトーラス・実射影平面・クラインの壺・種数 g の曲面・トーラス結び目まで、豊富な計算例で解説します。