ホモロジー群の計算|単体複体と境界作用素で穴を数える
単体複体は、位相空間を三角形やその高次元版である単体で分割したものです。単体ホモロジーは、そうして組み立てた空間から、次元ごとの「穴」の個数を組み合わせ的に数え上げる道具です。
位相幾何学の根本的な問いは、二つの空間が本質的に同じ形かどうかを見分けることにあります。連続的に変形して移り合うものを同じ形とみなすと、長さや角度は意味を失い、代わりに大域的な特徴だけが残ります。ドーナツとコーヒーカップが同じ形だという言い回しは、どちらもちょうど一つの穴を持つという事実を指しているにすぎません。
やっかいなのは、この「穴」をどう厳密にとらえ、どう計算するかです。ホモロジーはこれを群という代数的な対象へ翻訳します。空間に単体分割を与え、単体を基底とする群をつくり、境界をとる操作を線型写像として書き下す。すると穴の勘定は行列の計算に還元され、幾何の問題がそっくり有限次元の線型代数へ移し替えられます。
おおまかには、次の四段階をたどります。
単体複体で空間を分割する
単体を基底に鎖群をつくる
境界作用素で「ふち」をとる
サイクルを境界で割る
単体の定義
における -単体(-simplex)は、アフィン独立な 個の点 の凸包です。アフィン独立とは、 が線型独立であること、いいかえれば 個の点が「つぶれずに」きちんと 次元へ広がっていることを意味します。三点が一直線に並んでいなければ三角形になり、四点が同一平面上になければ四面体になる、というのがこの条件です。
係数 は重心座標と呼ばれ、単体の内部の各点を頂点の重み付き平均として一意に表します。すべての重みが等しい点は、ちょうど重心にあたります。次元の低いものから順に、具体的な図形を並べてみましょう。
| 次元 | 単体 | 図形 |
|---|---|---|
| 0 | 0-単体 | 点 |
| 1 | 1-単体 | 線分 |
| 2 | 2-単体 | 三角形 |
| 3 | 3-単体 | 四面体 |
単体 の頂点の部分集合を選ぶと、それ自身がより低い次元の単体になります。これを の面と呼びます。三角形であれば、三つの辺と三つの頂点がその面です。面という語は、あとで単体どうしの貼り合わせ方を決めるときに効いてきます。
単体複体の定義
単体をただ寄せ集めただけでは、辺の途中に別の三角形が突き刺さるような、扱いにくい図形も許してしまいます。それを防ぐために、単体の集まり へ二つの条件を課したものを単体複体と呼びます。
第一の条件は、三角形を入れたならその辺も頂点も一緒に部品として認めよ、という要請です。第二の条件が求めているのは、単体どうしが交わるときに辺まるごと・頂点まるごとといった「きれいな」重なり方しか許さないことです。二つの三角形が一辺を共有して隣り合うのは構いませんが、辺の途中で交差するのは禁じられます。
こうして組み上げた単体複体 に対し、含まれる単体すべての和集合へ相対位相を入れた空間を、幾何学的実現 と呼びます。ひとつの位相空間を単体複体で表す与え方は三角形分割と呼ばれ、同じ空間でも三角形分割は何通りも存在します。ホモロジーの要点は、どの分割を選んでも同じ答えが出るところにあります。
単体複体の例
もっとも簡単な例は三角形の境界です。三つの頂点(-単体)と三つの辺(-単体)だけを部品とし、内部の面は含めません。この単体複体の幾何学的実現は円周と同相で、 となります。
四面体の境界は、四つの頂点、六つの辺、四つの三角形からなります。中身を詰めない殻だけの状態で、、すなわち球面と同相になります。どちらの例も、少ない部品で曲がった空間を離散的に表現できることを示しています。
鎖群の定義
穴を数えるには、まず単体を代数的に足し引きできるようにします。-鎖群 は、 に含まれる -単体を基底とする自由アーベル群です。
その元は -単体の整数係数の形式和 で、 次元の部品を何個ぶん、どの向きで重ねたかを記した帳簿のようなものです。係数に整数を選ぶ点が本質的で、あとで見るように、この選び方が「ねじれ」という繊細な情報まで拾い上げます。
向きは頂点の順序で決めます。 に対し、偶置換で移り合う順序は同じ向き、奇置換で移り合う順序は逆向き、すなわち符号を反転したものと約束します。たとえば です。
境界作用素
境界作用素 は、単体をその「ふち」に写す準同型です。頂点を一つずつ抜き取り、抜いた位置に応じて交互に符号をつけて足し合わせます。
ここで は を除くことを表します。交互符号は、境界の各面へ整合した向きを与えるための工夫です。この符号のおかげで、境界の境界がいつでも消えるという決定的な性質 が成り立ちます。
境界作用素の例
-単体 に作用させると、三つの辺が向き付きで現れます。
符号を反転した は、辺を から へ逆向きにたどることに相当します。三辺をこの向きでつなぐと、ちょうど三角形のまわりを一周する経路になります。ここへさらに境界をとると、すべてが打ち消し合います。
各頂点が符号違いでちょうど二回ずつ現れ、相殺します。これが の実際の姿で、ホモロジーの理論全体がこの一点に支えられています。
サイクルと境界
の核 をサイクル群、 の像 を境界群と呼びます。 は、境界であるものは必ずサイクルでもあること、つまり を意味します。
境界を持たない鎖です。閉じた図形、たとえば端のないループや閉曲面を表します。
ひとつ上の次元の鎖の境界になっている鎖です。すでに中身が塗りつぶされた、いわば埋められた穴に相当します。
サイクルは「閉じているもの」、境界は「閉じていて、しかも中身が詰まっているもの」と読めます。穴とは、閉じているのに詰まっていないもののことでした。だとすれば、サイクルのうち境界でないものこそが穴だ、という見立てが自然に立ちます。
ホモロジー群の定義
その見立てを商群として厳密にしたものが、ホモロジー群です。
サイクルどうしを、境界のぶんだけ同一視します。二つのサイクルの差が何かの境界になっているなら、両者は同じホモロジー類とみなす、というわけです。境界で消せてしまうサイクルは自明な類ゼロに落ち、どうやっても境界として表せないサイクルだけが、非自明な穴として生き残ります。
ホモロジー群の直感的意味
低い次元のホモロジー群は、そのまま幾何的な穴の勘定として読めます。
は連結成分の個数に等しく、空間がいくつのかたまりに分かれているかを測ります。
ループで囲めるのに塗りつぶせない領域、すなわち輪になった穴を検出します。円周やトーラスで非自明になります。
球面で囲めるのに中を詰められない空洞を捉えます。殻の内側にできる空きがその典型です。
各ホモロジー群の自由部分の階数 はベッチ数と呼ばれ、 次元の穴のおおよその個数を与えます。ここからは、これらが実際に計算で求まる様子を、いちばん簡単な例で確かめていきます。
三角形の境界の完全計算
を三角形の境界とし、頂点を とします。部品は三頂点と三辺だけなので、、、そして です。まず各辺の境界を書き下します。
これらが張る像 を調べましょう。三つのうち と書けるので、独立なのは二つ、 の階数は です。したがって次を得ます。
これは空間がひとつながりであることを正しく言い当てています。次にサイクル を求めます。一般の -鎖 の境界を計算し、各頂点の係数を とおくと、 かつ が導かれます。つまりサイクルはすべて
の整数倍で、 です。-単体がないので 、ゆえに となります。この の生成元 こそ、三角形をぐるりと一周するループにほかならず、 がちょうど一つの穴を持つことを表しています。
中身を詰めると穴は消える
同じ三頂点・三辺へ、面 を一枚加えてみます。すると となり、その境界は先ほどのループそのものです。
いまや となり、サイクルはことごとく境界になってしまいます。したがって です。穴をふさぐ面を一枚張っただけで、 次元の穴が消える。ホモロジーが幾何をとらえていることが、この対比によく表れています。
四面体のホモロジー
中身の詰まった四面体を単体複体とみた場合、その幾何学的実現は一点に縮められる可縮な空間です。可縮な空間のホモロジーは一点のそれと一致し、次のようになります。
穴はどこにもありません。いっぽう四面体の表面だけを取り出すと、これは球面 と同相で、、、その他は になります。 の非自明性が、殻の内側に閉じ込められた空洞を検出しているわけです。中身を詰めるか殻だけにするかで が入れ替わる様子は、先ほどの三角形の対比の、ちょうど一つ上の次元版といえます。
ねじれ
ここまでのホモロジー群はすべて の直和でしたが、整数係数を選んだ本当の意味は、有限位数の成分、いわゆるねじれが現れる場面ではっきりします。実射影平面 を三角形分割すると、ホモロジー群は次のようになります。
の は、ある基本的なループ について、 自身は境界でないのに は境界になる、という状況を表しています。一周では埋まらないのに、二周すると埋まる。これは が向き付け不可能であることの代数的な影であり、係数を有理数に取り替えると消えてしまう情報です。整数係数のホモロジーは、穴の個数だけでなく、こうしたねじれ方まで記録します。
オイラー標数
ホモロジーは、古典的なオイラーの多面体公式ともきれいにつながります。単体複体 に対し、各次元の単体の個数から定まる交代和をオイラー標数と呼びます。
左右が等しいのは、各次元で が成り立ち、境界群のぶんが隣り合う次元どうしで打ち消し合うからです。これによりオイラー標数はベッチ数だけで決まり、単体の数え方によらない位相不変量となります。二つの例で検算してみましょう。
| 空間 | V - E + F | χ |
|---|---|---|
| 円周 S^1 | 3 - 3 | 0 |
| 球面 S^2 | 4 - 6 + 4 | 2 |
円周では 、球面では となり、単体を数えた値とぴたりと一致します。頂点・辺・面を数えるだけの素朴な計算が、穴の構造を映す不変量になっている点が見どころです。
単体ホモロジーと特異ホモロジー
単体ホモロジーの定義は、一見すると選んだ三角形分割に依存しているように見えます。ところが実際には、同じ空間の異なる三角形分割は同型なホモロジー群を与え、しかもそれは三角形分割をいっさい使わずに定義される特異ホモロジーとも一致します。おかげで単体ホモロジーは、計算しやすさと位相不変性の両方を兼ね備えます。
有限個の単体と整数行列だけで定義でき、計算機でそのまま扱えます。計算に向いた道具です。
任意の位相空間へ連続写像を使って定義され、位相不変性が定義から明らかです。理論に向いた道具です。
実務では、特異ホモロジーの側で不変性を保証しておき、具体的な値は単体分割へ落として行列計算で求める、という役割分担がよく使われます。二つは別々の道具ではなく、同じ対象を別の角度からとらえたものです。
応用
境界作用素は整数行列で表せるので、ホモロジー群の計算は行列のスミス標準形を求める操作に帰着します。つまり単体ホモロジーは、原理的にそのまま計算機へ載る理論です。この計算可能性を活かした分野が計算トポロジーで、近年はデータ解析への応用が広がっています。
代表例がパーシステントホモロジーです。点群データのまわりに半径をだんだん広げながら単体複体を組み、現れては消える穴を追跡することで、データがどんな大域構造を持つかを多重スケールで読み取ります。ノイズに強く、扱う次元にもよらないため、センサーネットワークの被覆判定や分子構造の解析など、形そのものが意味を持つ問題で用いられています。幾何を代数へ翻訳するという素朴な発想が、そのまま実用的な計算手段になっているわけです。








