Mayer-Vietoris 完全列の使い方|球面・トーラス・射影平面を計算する
大きな空間のホモロジーをいきなり計算するのは大変です。そこで空間を 2 つの部分に割り、それぞれの部品と重なりのホモロジーから全体を組み上げます。この貼り合わせの規則を与えるのが Mayer-Vietoris 完全列です。
球面もトーラスも射影平面も、この 1 本の完全列を回すだけで計算できます。しかも整数係数で扱うので、 のような捻れまで拾えます。基本群に対するファン・カンペンの定理の、ホモロジー版にあたる道具です。
以下ではまず主張と写像を述べ、なぜ完全列が存在するのかを鎖複体のレベルで見てから、球面・トーラス・射影平面などを実際に計算します。捻れが現れる例に重心を置きます。
ホモロジーの復習
特異ホモロジーを手早く思い出します。空間 に対し、-単体からの写像が張る自由アーベル群 を鎖群といい、境界作用素 が を満たします。
で消える鎖をサイクル、 の像にある鎖を境界と呼びます。 次ホモロジー群は、サイクルを境界で割った商です。
は連結成分の数、 は 次元の穴、 は 次元の空洞を数えます。以下ではこの を、 の分割から求めます。
定理の主張
を 2 つの部分で覆い、部品と重なりのホモロジーを 1 本の長い完全列でつなぎます。
を、 が開集合であるように(または内部が を覆うように)とります。このとき次の長完全列が存在します。
重なり から部品 の直和へ、そこから全体 へ、そして次数を 1 下げて重なりへ戻る、という周期が無限に続きます。
列は各次数で 3 つ組の関係を与えます。、、 のホモロジーがわかっていれば、完全性を使って未知の を追い込めます。分割の部品が単純なほど計算は楽になります。
3 つの写像
列に現れる写像は、すべて包含写像が誘導するものです。符号の付け方に一工夫があります。
は重なりから直和への写像で、2 つの包含 と を使って符号を変えて並べます。
は直和から全体への写像で、包含 と の誘導写像の和です。
片方に付けたマイナス符号が効いて、、つまり重なり由来のクラスは全体で打ち消し合います。これが完全列が成り立つための仕込みです。3 つ目の は次数を下げる連結準同型で、あとで具体的な姿を見ます。
開被覆の条件
定理には 、 が開集合という仮定がありました。ただし実用ではもう少し緩めて使えます。
、 が開でなくても、それぞれの内部が を覆っていれば完全列は成り立ちます。多くの計算では、、、 が扱いやすい空間へ変形レトラクトするように分割を選びます。
たとえば球面を 2 つの少し重なる帽子で覆うとき、各帽子は開集合として取れ、円板に縮みます。分割の自由度が高いので、部品が可縮な集合や低次元の空間になるように工夫できます。
完全列とは
完全列という言葉の意味を確認します。 と写像を並べたとき、各項で入ってくる像と出ていく核が一致するものが完全列です。
この一致が各項で成り立つと、情報が漏れなく伝わります。とくに が完全なら 、 が完全なら は と の拡大になります。Mayer-Vietoris 列でも、この局所的な一致を次々にたどって未知の群を確定させます。
ファン・カンペンのホモロジー版
Mayer-Vietoris 列は、基本群のファン・カンペンの定理とよく似た役回りを果たします。
ファン・カンペンの定理は、 の基本群 を と から融合積で組み立てます。Mayer-Vietoris 列は、同じ分割でホモロジーを組み立てる仕組みです。
両者は 次元で正確につながります。Mayer-Vietoris 列はファン・カンペンの定理をアーベル化した主張を与えます。基本群は非可換ですが、 はその可換化なので、非可換な融合積が直和と連結準同型の言葉に翻訳されるわけです。
鎖複体の短完全列
完全列がどこから来るのかを見ます。出発点は、鎖のレベルでの短完全列です。
各次数 で、次の短完全列が成り立ちます。
左の写像は で重なりの鎖を符号違いで両側に送り、右の写像は で の鎖と の鎖を全体の中で足します。 は、 に載る鎖と に載る鎖の和で書ける鎖の全体です。単射性・全射性・中央での一致は、いずれも定義から直接確かめられます。
小さな鎖の定理
短完全列の右端に現れた は、 全体の鎖群 とは一見違います。両者のホモロジーが一致することを保証するのが、小さな鎖の定理です。
どんな特異鎖も、重心細分を繰り返せば、各単体が か のどちらかに収まる形に分解できます。この操作はホモロジーを変えないので、包含 はホモロジーの同型を誘導します。
これは切除定理と同じ原理です。、 の内部が を覆っていれば、細分で単体をどちらかへ押し込めます。開被覆の条件が効くのはこの一手です。
ジグザグ補題で長完全列
鎖複体の短完全列があれば、ホモロジーの長完全列が自動的に出ます。これがジグザグ補題(蛇の補題の反復版)です。
短完全列 にホモロジーを施すと、 が各次数でつながり、さらに次数を 1 下げる連結準同型でずっと結ばれた長完全列になります。
いま 、、 とし、右端を小さな鎖の定理で に置き換えれば、Mayer-Vietoris 完全列が現れます。完全列の存在は、この一般的な代数の仕組みの帰結です。
連結準同型の姿
3 つ目の写像 は、他の 2 つと違って次数を下げます。その中身を追うと、境界を取る操作にほかなりません。
のサイクル を取ります。小さな鎖の定理により、 と分けられます。ここで は の鎖、 は の鎖です。 がサイクルなので 、つまり です。
は の中の鎖ですが、 に等しいので の中の鎖でもあり、結局 に載ります。しかも なのでサイクルです。これが の定める のクラスです。
連結準同型を図で見る
分割 と、その境界がどこに現れるかを図にします。
<div class="mv-fig">
<svg viewBox="0 0 440 220" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="X のサイクル z を U 側の鎖 x と V 側の鎖 y に分け、境界が重なり U カット V に現れる図。">
<rect x="0" y="0" width="440" height="220" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<ellipse cx="160" cy="110" rx="120" ry="82" fill="#3468d6" fill-opacity="0.08" stroke="#9aa3ad" stroke-width="1.3"/>
<ellipse cx="285" cy="110" rx="120" ry="82" fill="#c93c41" fill-opacity="0.07" stroke="#9aa3ad" stroke-width="1.3"/>
<path d="M 222 62 A 92 46 0 0 0 222 158" fill="none" stroke="#1b4fb8" stroke-width="2.6"/>
<path d="M 222 62 A 92 46 0 0 1 222 158" fill="none" stroke="#c93c41" stroke-width="2.6"/>
<circle cx="222" cy="62" r="4" fill="#1b1d22"/>
<circle cx="222" cy="158" r="4" fill="#1b1d22"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="95" y="55" fill="#1b4fb8">U</text>
<text x="355" y="55" fill="#c93c41">V</text>
<text x="150" y="110" fill="#1b4fb8" text-anchor="middle">x</text>
<text x="300" y="110" fill="#c93c41" text-anchor="middle">y</text>
<text x="236" y="52" fill="#1b1d22" font-size="11.5">∂x</text>
<text x="236" y="176" fill="#1b1d22" font-size="11.5">∂x</text>
</g>
</svg>
</div>.mv-fig { margin: 0; text-align: center; }
.mv-fig svg { width: 100%; max-width: 440px; height: auto; }サイクル を 側の弧 と 側の弧 に切ると、2 つの継ぎ目 が重なり に落ちます。全体では消えていた境界が、分割すると重なりの中のサイクルとして姿を現す。これが次数を 1 下げる連結準同型の幾何的な意味です。
計算の型
道具が揃ったので計算に移ります。使い方はいつも同じ型です。
まず を、部品 、、重なり がよく知られた空間になるように分割します。次にそれらのホモロジーを Mayer-Vietoris 列に入れ、完全性から未知の を読み取ります。多くの場合、部品を可縮や低次元にとれるので、列の大半が になって話が単純になります。
以下、球面・円周・トーラス・曲面・楔和・懸垂を、この型で順に計算します。
球面 の分解
球面を 2 つの帽子で覆います。北極を少し越えた上の帽子 と、南極を少し越えた下の帽子 です。
<div class="mv-fig">
<svg viewBox="0 0 300 250" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="球面を上下 2 つの帽子 U と V で覆い、重なりが赤道の帯で S の n-1 乗になる図。">
<rect x="0" y="0" width="300" height="250" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<circle cx="150" cy="125" r="92" fill="#3468d6" fill-opacity="0.06" stroke="#9aa3ad" stroke-width="1.4"/>
<rect x="62" y="105" width="176" height="40" fill="#7a52c0" fill-opacity="0.14"/>
<ellipse cx="150" cy="105" rx="88" ry="15" fill="none" stroke="#7a52c0" stroke-width="1.4"/>
<ellipse cx="150" cy="145" rx="88" ry="15" fill="none" stroke="#7a52c0" stroke-width="1.4" stroke-dasharray="5 3"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="150" y="60" fill="#1b4fb8" text-anchor="middle">U</text>
<text x="150" y="205" fill="#c93c41" text-anchor="middle">V</text>
<text x="150" y="130" fill="#7a52c0" text-anchor="middle" font-size="11.5">U∩V ≃ Sⁿ⁻¹</text>
</g>
</svg>
</div>.mv-fig { margin: 0; text-align: center; }
.mv-fig svg { width: 100%; max-width: 300px; height: auto; }各帽子は円板に縮むので可縮で、()です。重なり は赤道のまわりの帯で、 つ下の次元の球面 とホモトピー同値です。列の該当部分を書くと、両側が にはさまれて次の同型が出ます。
つ下の球面に帰着しました。あとはこれを繰り返すだけですが、次数の低いところをきれいに扱うために被約ホモロジーを導入します。
被約ホモロジー版
の扱いが少しうるさいので、被約ホモロジー を使います。これは連結な空間の を に落とした版で、 の関係で結ばれます。
被約版でも Mayer-Vietoris 列はそのまま成り立ちます。
これを使うと球面の帰着が全次数で となり、途中でつまずきません。 点対 を基点に帰納法を回すと、球面のホモロジーが確定します。
非被約に戻せば 、、それ以外は ()です。
円周 を詳しく
を、写像まで込めて丁寧に追います。 を 2 つの弧 、 で覆います。各弧は可縮、重なり は離れた 2 つの弧なので 点分、つまり とホモトピー同値です。
被約 Mayer-Vietoris 列の要所を書きます。 と にはさまれて、次が残ります。
したがって 、すなわち です。連結準同型が、円周を回るサイクルを 点の差へと移していて、その 点分の が を生んでいます。
トーラス
トーラスを 2 つの円筒で覆います。縦向きの帯 と横向きの帯 で、どちらも に縮み、重なり は つの円筒、つまり です。
<div class="mv-fig">
<svg viewBox="0 0 300 250" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="トーラスをドーナツ形で表し、左半分 U と右半分 V の重なりが 2 つの子午円になる図。">
<rect x="0" y="0" width="300" height="250" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<circle cx="150" cy="125" r="100" fill="#3468d6" fill-opacity="0.08"/>
<circle cx="150" cy="125" r="44" fill="#fafbfc"/>
<circle cx="150" cy="125" r="100" fill="none" stroke="#9aa3ad" stroke-width="1.4"/>
<circle cx="150" cy="125" r="44" fill="none" stroke="#9aa3ad" stroke-width="1.4"/>
<line x1="150" y1="25" x2="150" y2="81" stroke="#7a52c0" stroke-width="4"/>
<line x1="150" y1="169" x2="150" y2="225" stroke="#7a52c0" stroke-width="4"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="13" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="78" y="130" fill="#1b4fb8">U</text>
<text x="212" y="130" fill="#c93c41">V</text>
<text x="150" y="17" fill="#7a52c0" text-anchor="middle" font-size="11">U∩V</text>
</g>
</svg>
</div>.mv-fig { margin: 0; text-align: center; }
.mv-fig svg { width: 100%; max-width: 300px; height: auto; }まわりの列を見ます。重なりの 2 つの円はどちらも各円筒の芯に 回ずつ巻くので、 は となり、階数 です。核が 、余核が になります。
核は を与え、余核と の寄与が合わさって になります。まとめると 、、 です。 の 2 つの生成元は、トーラスの縦回りと横回りの 2 種類のループに対応します。
種数 の曲面
取っ手が 個ついた閉曲面 も、同じ方針で計算できます。トーラスは の場合でした。
を、 点を除いた部分 と、その点のまわりの円板 に分けます。 は 個の円のブーケにホモトピー同値で 、 は可縮、 は円環で です。Mayer-Vietoris 列を解くと、次のホモロジーが得られます。
の階数 は、各取っ手が寄与する 種類のループ(穴を通る向きと回る向き)が 組あることの反映です。取っ手を増やすほど がまっすぐ大きくなります。
8 の字と円のブーケ
楔和の最初の例として、円を 2 つ 1 点で貼り合わせた 8 の字 を計算します。
、 をそれぞれの円(の少し太らせたもの)とすると、、重なり は貼り合わせの 1 点なので可縮です。被約 Mayer-Vietoris 列は、可縮な重なりのおかげで両端が になり、次が残ります。
したがって です。同じ議論で、円を 個貼った 個のブーケでは が になります。穴の数がそのまま の階数です。
楔和のホモロジー
8 の字の計算は、一般の楔和 にそのまま拡張できます。
を (と 側の少しの近傍)、 を (と 側の少しの近傍)にとると、、、 は貼り合わせ点に縮んで可縮です。可縮な重なりが被約列で消えるので、各次数で直和がそのまま出ます。
楔和のホモロジーは、部品のホモロジーの直和です。被約ホモロジーを使うと、基点の扱いを気にせずこの簡潔な形になります。
懸垂のホモロジー
最後の基本例は懸垂です。 の上下に頂点を足して吊るした空間 を考えます。
を上の円錐 と下の円錐 で覆います。円錐はどちらも頂点に縮んで可縮、重なり はもとの とホモトピー同値です。被約列で両側の円錐が消え、次数を 1 ずらす同型が残ります。
懸垂はホモロジーの次数を 1 つ持ち上げる操作だとわかります。 なので、これを繰り返せば となり、球面のホモロジーが懸垂の側からも再現されます。
グラフのホモロジー
次元の空間、つまり頂点と辺だけからなるグラフでは、ホモロジーがきれいな数え上げになります。8 の字はその一例でした。
辺を 1 本ずつ付け足す操作を Mayer-Vietoris で追うと、閉路を作る辺だけが に寄与するとわかります。頂点数を 、辺数を 、連結成分数を とすると、結果は次の形です。
の階数 は閉路の独立な本数で、第 1 ベッチ数と呼ばれます。木は 、 なので となり、可縮であることと合います。8 の字は頂点 、辺 、成分 で 、たしかに です。
連結和のホモロジー
2 つの多様体からそれぞれ円板をくり抜き、境界の球面で貼り合わせる操作を連結和 といいます。これも Mayer-Vietoris の舞台です。
と からそれぞれ開円板 、 を除いて 、 とすると、重なり は貼り合わせの球面 です。オイラー標数の加法性から、次の関係が出ます。
曲面()では なので です。種数 と種数 のトーラスの連結和は となり、種数 の曲面に一致します。
連結和で穴の数が足し算になる、という直観が式で確かめられます。実際 です。
実射影平面
ここからがこの完全列の真価です。整数係数だと、これまでの例には現れなかった捻れが顔を出します。実射影平面 が最初の例です。
は、円板の境界の対蹠点どうしを貼り合わせた空間です。同じことですが、メビウスの帯 と円板 を、それぞれの境界の円に沿って貼り合わせたものと見なせます。
<div class="mv-fig">
<svg viewBox="0 0 260 250" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="実射影平面。円板の境界の対蹠点どうしを同一視する図。">
<rect x="0" y="0" width="260" height="250" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<circle cx="130" cy="120" r="90" fill="#3468d6" fill-opacity="0.07" stroke="#1b4fb8" stroke-width="1.8"/>
<g stroke-width="1.2" stroke-dasharray="4 3">
<line x1="130" y1="30" x2="130" y2="210" stroke="#c93c41"/>
<line x1="52" y1="75" x2="208" y2="165" stroke="#2e8b57"/>
<line x1="52" y1="165" x2="208" y2="75" stroke="#d9820b"/>
</g>
<g>
<circle cx="130" cy="30" r="4.5" fill="#c93c41"/><circle cx="130" cy="210" r="4.5" fill="#c93c41"/>
<circle cx="52" cy="75" r="4.5" fill="#2e8b57"/><circle cx="208" cy="165" r="4.5" fill="#2e8b57"/>
<circle cx="52" cy="165" r="4.5" fill="#d9820b"/><circle cx="208" cy="75" r="4.5" fill="#d9820b"/>
</g>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12.5" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke">
<text x="130" y="125" fill="#1b1d22" text-anchor="middle">ℝP²</text>
<text x="130" y="240" fill="#5b6370" text-anchor="middle" font-size="11">対蹠点を同一視</text>
</g>
</svg>
</div>.mv-fig { margin: 0; text-align: center; }
.mv-fig svg { width: 100%; max-width: 260px; height: auto; }この分割で 、 とします。メビウスの帯 は芯の円に縮んで 、円板は可縮で 、重なり は貼り合わせの境界円で です。あとは列に入れるだけですが、1 か所に仕掛けがあります。
なぜ が出るか
仕掛けは、重なりの円が の芯に巻きつく回数です。メビウスの帯の境界は、芯の円を 回巻きます。
そのため包含 は 倍写像になります。 は可縮なので です。列の該当部分は次のようになります。
倍写像は単射なので、その核として です。そして余核として が出ます。まとめると 、、 です。境界が 回巻くという幾何が、 という代数を経て、 という捻れに化けました。
クラインの壺
同じ仕掛けが二重に働く例がクラインの壺 です。 は 2 枚のメビウスの帯を境界で貼り合わせた空間です。
、 をそれぞれのメビウスの帯とすると、、重なり は共通の境界円 です。今度は両側とも境界が芯に 回巻くので、 は です。
この は単射なので 、余核は です。したがって となります。自由部分の と捻れ が同居する、味わい深い例です。
向き付け可能性と最高次
とクラインの壺では、そろって でした。これは偶然ではなく、向き付け可能性を反映しています。
閉じた 次元多様体では、向き付け可能なら 、向き付け不可能なら です。トーラスは向き付け可能で 、 とクラインの壺は向き付け不可能で 、という対比になります。
最高次のホモロジーが、その多様体に大域的な向きを入れられるかどうかを検出しています。基本類と呼ばれる の生成元の有無が、向き付けの有無そのものです。
の一般パターン
の計算は高次元へ続きます。 は に 次元の胞体を貼って作れ、Mayer-Vietoris 列(または胞体的な計算)で帰納的にホモロジーが求まります。
結果は、次数の偶奇で捻れが交互に現れる形になります。 で、中間の次数 では、 が奇数のとき 、偶数のとき です。
最高次は向き付け可能性で決まります。 が奇数なら は向き付け可能で 、 が偶数なら向き付け不可能で です。低次元の の が、あらゆる奇数次に規則正しく反復されていきます。
オイラー標数の加法性
完全列からは、各群の詳細を求める前に、次元だけの情報も取り出せます。オイラー標数の加法性です。
完全列では各項の階数の交代和が になります。これを Mayer-Vietoris 列に当てると、オイラー標数について次の関係が出ます。
包除原理とそっくりの形です。重なりを二重に数えた分を引く、という数え上げの規則が、ホモロジーの次元でも成り立ちます。捻れは階数に効かないので、この等式は自由部分だけで完結します。
例: オイラー標数の計算
加法性を球面で試します。2 つの帽子 、 は可縮で 、重なりは です。
を入れると となり、 で 、 で 、 で と正しい値が出ます。楔和でも が同じ加法性から従い、重なりの 点分を引くことに対応します。
相対版 Mayer-Vietoris
Mayer-Vietoris 列は、相対ホモロジーに対しても存在します。空間対を分割して計算する場面で役立ちます。
空間対 を のように分割すると、相対ホモロジー を部品の相対ホモロジーで結ぶ長完全列が得られます。絶対版と同じ代数の仕組み、つまり鎖複体の短完全列とジグザグ補題から出ます。
より複雑な空間や、部分空間を潰した商のホモロジーを計算するときに、この相対版が力を発揮します。
コホモロジー版
双対をとると、コホモロジーの Mayer-Vietoris 列になります。矢印の向きがすべて逆になります。
これは de Rham コホモロジーで球面やトーラスを計算するときに使う列と同じものです。ホモロジー版が空間を組み立てるのに対し、コホモロジー版は微分形式のような双対的な対象を扱います。同じ分割の発想が、双対の世界でもそのまま働きます。
一般のホモロジー論での位置づけ
Mayer-Vietoris 列は、特異ホモロジーだけの特権ではありません。ホモロジー論一般の性質です。
アイレンベルグとスティーンロッドは、ホモロジー論を満たすべき公理系(ホモトピー不変性・完全性・切除・次元公理など)で特徴づけました。Mayer-Vietoris 列は、これらの公理から導かれます。
したがって単体的ホモロジー、胞体的ホモロジー、さらには一般化されたホモロジー論でも、対応する Mayer-Vietoris 列が成り立ちます。
分割して貼り合わせるという発想が、特定の構成によらない普遍的な道具だということです。切除公理さえあれば、この完全列はいつでも手に入ります。
相対ホモロジーの長完全列との比較
空間を分けて計算する完全列には、Mayer-Vietoris 列のほかに、空間対の長完全列があります。役割を並べておきます。
空間を 2 つの開集合 、 で覆う。全体・部品・重なりのホモロジーを結ぶ。帰納的な計算に向く。
部分空間 を取る。対 のホモロジーと、、 のホモロジーを結ぶ。潰した商の計算に向く。
前者は「2 つに割る」、後者は「部分を潰す」という異なる操作に対応します。どちらも鎖複体の短完全列から生まれる兄弟で、状況に応じて使い分けます。多くの計算では、両者を組み合わせて未知のホモロジーを追い込みます。
理解の確認
最後に 1 問。捻れがどこから来たかを思い出してください。
Mayer-Vietoris 列で計算した の 次ホモロジー は、次のどれですか。










メビウスの帯の境界が芯の円に 2 回巻くため、H1(U∩V)→H1(U) は 2 倍写像になります。その余核 Z/2Z が H1(RP2) を与えます。整数係数だからこそ見える捻れです。