オイラー標数とベッチ数とは?定義・計算例・応用をわかりやすく
Euler 標数と Betti 数は、位相空間の形を数値で捉える、もっとも基本的な不変量です。Betti 数は各次元の穴の個数を並べた数列で、Euler 標数はそれらを交代和にまとめた一つの整数です。片方は細かく、もう片方は粗い。この粗い一つの整数が、曲面の分類からベクトル場の零点、不動点の存在、さらには曲率の積分まで、驚くほど多くの場面で決定的に効いてきます。
Betti 数の定義
次 Betti 数 は、 次ホモロジー群の自由部分の階数として定義されます。有理数を係数に取ると、ホモロジーはベクトル空間になるので、 はその次元です。
整数係数ホモロジーに現れる有限位数の部分、いわゆるねじれは、階数には寄与しないので Betti 数からは落ちます。このねじれを見ないという約束が、Betti 数を扱いやすくすると同時に、情報を一部そぎ落とす原因にもなります。
Betti 数の直感的意味
低い次元の Betti 数は、そのまま穴の個数として読めます。
空間がいくつのかたまりに分かれているかを数える。連結なら 。
ループで囲めるトンネルや取っ手の独立な個数。円周やトーラスで非自明になる。
球面で囲める空洞の個数。中空の殻の内側にできる空きを数える。
これより高い も同様に、 次元の穴の個数を測ります。
ねじれは数えない
Betti 数が捨てる情報を、具体例で見ておきます。実射影平面 のホモロジーは 、、 です。 は有限群なので階数は 、したがって Betti 数は 、、 となります。一周では消えないのに二周すると消えるループというねじれの情報は、Betti 数にはまったく現れません。
同じことは他の空間でも起こります。実射影空間 は を持ちますが 、クラインの壺は なので自由部分だけ残って です。ねじれまで知りたければ整数係数のホモロジーそのものを見る必要があり、Betti 数と Euler 標数はあくまで自由部分の粗い影だと心得ておきます。
Euler 標数の定義
Euler 標数 は、Betti 数の交代和です。
有限 CW 複体では有限個の項しか残らないので、 はつねに整数になります。代表的な空間の値を先に並べておきます。
いろいろな空間の計算例
まずは代表的な空間の Betti 数と Euler 標数を、一覧で見比べます。
| 空間 | ベッチ数 (b0, b1, b2, …) | χ |
|---|---|---|
| 一点 | 1 | 1 |
| 円周 S^1 | 1, 1 | 0 |
| 球面 S^2 | 1, 0, 1 | 2 |
| トーラス T^2 | 1, 2, 1 | 0 |
| 8 の字 | 1, 2 | −1 |
| クラインの壺 | 1, 1, 0 | 0 |
| 射影平面 RP^2 | 1, 0, 0 | 1 |
| 複素射影 CP^2 | 1, 0, 1, 0, 1 | 3 |
表を縦に読むと、Euler 標数がベッチ数の交代和になっていることが一目で確かめられます。 の字の 、複素射影平面 の といった具合です。 は にねじれを持ちますが、 なので に落ち着きます。より一般に、複素射影空間 は偶数次元だけに が立つので 、種数 の閉曲面は となります。
いろいろな曲面
境界のある曲面や、ねじれた曲面も計算してみます。円板 は一点に縮む可縮な空間なので、、他は 、 です。いっぽう円柱 、メビウスの帯、そして中心を抜いたアニュラス(円環)は、どれも円周 とホモトピー同値です。ホモトピー不変性から、これらの Betti 数は と同じ 、 になり、Euler 標数はそろって です。
メビウスの帯は向き付け不可能で、円柱は向き付け可能という違いがありますが、Euler 標数はその区別を見ません。 が捉えるのはあくまでホモトピー型の粗い情報で、向き付け可能性のような繊細な性質は別の不変量に委ねられている、ということです。
胞体分割による計算
Euler 標数には、ホモロジーを経由しない直接の計算法があります。空間を胞体(点・線分・円板など)で組み立てた有限 CW 複体とみて、 次元の胞体の個数を とすると、次が成り立ちます。
これが Euler 標数の組み合わせ的な定義です。驚くべきは、胞体の分け方を変えて が個別に変わっても、その交代和はつねに同じ値になることです。各次元で胞体の数がベッチ数と境界の階数の和になり、交代和を取ると境界のぶんが隣り合う次元で打ち消し合って、ベッチ数の交代和だけが残るからです。だから胞体で数えても、ホモロジーで数えても、同じ にたどり着きます。
三角形分割で手を動かす
いちばん素朴な胞体分割、三角形分割で実際に数えてみます。三角形の境界(三頂点と三辺だけで内部は空)は円周 と同相です。頂点が 、辺が 、面が なので となり、確かに に一致します。
中身を詰めない四面体の表面は、四頂点・六辺・四面からなり、球面 と同相です。数えると で、 が出ます。トーラスはもう少し手間がかかり、辺の途中で交わらないきれいな三角形分割には最低でも七つの頂点が要りますが、どんな正しい分割でも になり に落ち着きます。分割の細かさによらず答えが同じになるところに、 が不変量である力が現れています。
Euler の多面体公式
三次元の凸多面体では、頂点数 、辺数 、面数 のあいだに有名な関係が成り立ちます。
凸多面体の表面はどれも球面 と同相なので、これは を頂点・辺・面で数え直したものにほかなりません。正多面体などで確かめてみます。
| 多面体 | V − E + F | χ |
|---|---|---|
| 四面体 | 4 − 6 + 4 | 2 |
| 立方体 | 8 − 12 + 6 | 2 |
| 正八面体 | 6 − 12 + 8 | 2 |
| 正二十面体 | 12 − 30 + 20 | 2 |
| サッカーボール | 60 − 90 + 32 | 2 |
どれも になり、多面体の形がどれだけ違っても、表面が球面である限り が保たれることがわかります。サッカーボール(切頂二十面体)は正五角形 枚と正六角形 枚からなり、、、 でやはり です。逆にこの公式を使えば、面の形の制約から正多面体が五種類しかないことも導けます。
グラフのオイラー標数
胞体が点と線だけ、つまり一次元の複体であるグラフでは、面がないので と単純になります。 は頂点数、 は辺数です。連結なグラフでは なので、独立な閉路の数 が読み取れます。
具体例を挙げます。閉路を持たない木は、頂点が 個なら辺が 本なので となり、一点と同じく可縮であることと整合します。逆に一つの輪だけからなる閉路グラフは、頂点数と辺数が等しく で、これは円周 の に一致します。木に辺を一本足して閉路を作るたびに が 増え、 が 減っていく様子が、 からそのまま読めます。
乗法性
Euler 標数は、直積に対してきれいに振る舞います。有限 CW 複体 に対して、次の乗法性が成り立ちます。
胞体の積の個数が個数の積になることから従います。たとえばトーラスは円周の積 なので、 とすぐに出ます。四次元では が 、混ぜて なら です。片方の因子が なら積も 、という規則が、多くの空間の を一瞬で決めてくれます。
加法性(包除原理)
貼り合わせに対しては、包除原理の位相版が成り立ちます。空間を と分けると、良い状況のもとで次が成り立ちます。
重なり を二重に数えたぶんを引く、という集合の要素数の勘定とまったく同じ形です。たとえば球面 を上半球と下半球の二枚の円板に分けると、重なりは赤道の円周なので、 と復元できます。一点だけで貼り合わせる楔和では が一点なので となり、 の字なら が出ます。
連結和
曲面どうしをつなぐ連結和にも、簡単な公式があります。二つの曲面から円板を一枚ずつ取り除き、できた境界の円周を貼り合わせる操作を連結和 と呼びます。円板を除くと が ずつ減り、円周で貼るときに加法性で を引くので、差し引き次が成り立ちます。
種数 の閉曲面 は、トーラスを 個連結和したものです。 から始めて連結和のたびに ずつ減るので、 が得られ、種数の公式が再現されます。穴を一つ増やすごとに が 下がる、という直感どおりの振る舞いです。
懸垂で次元を上げる
空間から一つ上の次元を作る懸垂という操作でも、 の変化は簡単な式に従います。 の懸垂 は、 の上端をすべて一点に、下端をすべて別の一点に潰した空間です。二つの頂点でつなぐこの操作で、Euler 標数は次のように変わります。
代表的なのは球面です。 の懸垂は になります。この式で確かめると で、 を代入すると となり、 の公式にぴたりと合います。次元を一つ上げるたびに が との差で反転する様子が、球面の という値の交代をそのまま生んでいます。
被覆空間と倍数関係
被覆という重ね合わせに対しては、 が枚数倍になります。 が 重被覆なら、上の空間の胞体は下の胞体をちょうど 枚ずつ持ち上げたものなので、次が成り立ちます。
きれいな例が、球面による射影平面の二重被覆 です。対心点を同一視して を作るこの写像は二重被覆なので、、すなわち が成り立ち、確かに整合します。逆にこの関係から、 が で割り切れなければ 重被覆が存在しないこともわかり、被覆の存在に対する制約にもなります。
奇数次元の閉多様体は χ = 0
Euler 標数は、多様体の次元のパリティに強い制約を課します。向き付け可能かどうかによらず、奇数次元のコンパクトな境界なし多様体では、Euler 標数がつねに になります。理由はポアンカレ双対で、 が成り立つため、 が奇数だと交代和で各項がちょうど符号違いに対をなして相殺するからです。
具体的には、円周 、三次元球面 、三次元トーラス 、実射影空間 は、どれも です。偶数次元では の やトーラスの のようにさまざまな値を取るのに、奇数次元では問答無用で になります。この一点だけでも、たとえば奇数次元球面の上には零点のないベクトル場が存在する、といった結論がただちに従います。
ガウス・ボンネの定理
Euler 標数は、幾何と解析にも顔を出します。ガウス・ボンネの定理は、コンパクトな曲面 上でガウス曲率 を全体にわたって積分すると、その値が だけで決まると述べます。
左辺は曲面をどう曲げるかという幾何の量、右辺は穴の数という位相の量です。曲面をぐにゃぐにゃ変形すれば各点の曲率は変わりますが、その総和は に固定されて動きません。球面なら 、トーラスなら で、後者は正に曲がった外側と負に曲がった内側の曲率がちょうど打ち消し合うことを意味します。位相不変量がここでは、曲率という連続的な量を縛る保存則として働いています。
ベクトル場:ポアンカレ・ホップ
が かどうかは、多様体の上にベクトル場を淀みなく引けるかを左右します。ポアンカレ・ホップの定理は、コンパクト多様体 上で零点が孤立したベクトル場をとると、その零点での指数の総和が に等しいと述べます。
もし至るところ零でないベクトル場があれば、左辺は零点がないので 、したがって でなければなりません。対偶を取ると、 の多様体には零点のないベクトル場が存在しない、と言えます。球面 は なので、その上の連続なベクトル場は必ずどこかで消えます。これがいわゆる毛玉定理です。いっぽうトーラス は なので、実際に零点のないベクトル場を引け、表面をきれいに梳かすことができます。
不動点:レフシェッツ
Euler 標数は、不動点の存在ともつながります。連続写像 に対し、各次元のホモロジーに誘導される のトレースの交代和をレフシェッツ数といいます。
なら は不動点を持つ、というのがレフシェッツの不動点定理です。ここで恒等写像を代入すると、各 は恒等写像でそのトレースは に等しいので、 となります。つまり Euler 標数は恒等写像のレフシェッツ数に等しく、 の空間では、その空間とホモトピックな写像がみな不動点を持つことになります。ブラウワーの不動点定理が円板で成り立つのも、 だから、と言い換えられます。
Betti 数と Euler 標数の対比
最後に、二つの不変量の役割の違いを整理します。
各次元の穴の数を並べた数列。空間の情報を細かく保つが、次元ごとに複数の数を扱う必要がある。
Betti 数の交代和で、ただ一つの整数。情報は粗いが、乗法性・加法性・被覆の倍数関係など、扱いやすい性質を数多く持つ。
Betti 数のほうが多くを語りますが、Euler 標数は一つの整数に凝縮されているぶん、積・和・被覆といった操作のもとで計算しやすく、他の量とも結びつきやすくなっています。詳しく知りたいときは Betti 数、素早く扱いたいときは Euler 標数、という使い分けになります。
理解の確認
実射影平面 の Euler 標数はいくつでしょうか。ホモロジーは 、、 です。
- 。 が一つ穴を与えるから
- 。ねじれ は Betti 数に効かず、 だけが残るから
- 。閉曲面はすべて だから
まとめ
Euler 標数と Betti 数は、同じホモロジーから取り出した、粗さの違う二つの物差しです。Betti 数は各次元の穴を細かく数え、Euler 標数はそれを一つの整数へ畳み込みます。この整数は、胞体を数えても、多面体の でも、三角形分割でも同じ値を返し、積では掛け算、貼り合わせでは包除、被覆では倍数、という気持ちのよい規則に従います。さらにベクトル場の零点、写像の不動点、曲面の曲率積分までを一つの数で縛り、位相・幾何・解析を横断する結び目として働きます。たくさんの例で計算してきたとおり、 はまず具体的に数えられる親しみやすい入り口でありながら、その先に深い定理が連なっている不変量です。










Betti 数はホモロジーの自由部分の階数なので、有限群 Z/2 は b1=0 を与えます。よって b0=1、b1=0、b2=0 で、χ=1−0+0=1 です。ねじれを持つ空間では、整数係数のホモロジーを見ないと χ を取り違えることがある、という注意も含んでいます。