カップ積とコホモロジー環 - 群では見えない差を「積」が拾う
コホモロジー群だけを並べても、区別できない空間の組があります。次数ごとの群がすべて一致してしまう。
積を入れると区別が付きます。カップ積が与えるこの積構造が、コホモロジーをホモロジーより強い道具にしている[1]。
以下では余鎖のレベルでの定義から始め、環としての性質を確かめ、射影空間やトーラスの環を計算し、キャップ積とポアンカレ双対性までつなぎます。
余鎖のレベルでの定義
余鎖 と 余鎖 から、 余鎖を作ります。 単体 の頂点を順に とし
と定めます[1]。前の面を に、後ろの面を に渡して掛ける。
が両方に入っているところが要点です。前半と後半が 1 点で継がれている。
余境界との関係
積の余境界は、ライプニッツ則の形になります。
が成り立ちます[1]。符号は前に来る余鎖の次数で決まる。
この式から、余輪体どうしの積は余輪体、片方が余境界なら積も余境界と分かります。だからコホモロジーに積が降りる。
前半と後半に切る
切る位置が次数で決まる様子を描きます。
黒い頂点が継ぎ目です。前半と後半が 1 点だけを共有する。
次数の組が変わると切る場所も動きます。同じ単体から、いろいろな次数の積が作れる。
環になる
すべての次数を集めると
が次数付き環になります[5]。単位元は の 。
結合的で、分配法則が成り立ちます。余鎖のレベルで結合的なので、そのまま降りる。
次数付き可換
余鎖のレベルでは可換になりません。コホモロジーへ落ちたところで
が成り立ちます[1]。奇数次どうしだけが反可換。
奇数次の元は 2 乗すると となり、。係数が でなければ に近いことが言えます。
自然性
連続写像 に対して が成り立ちます[1]。
したがって は環準同型です。空間の写像が、環の写像へそのまま翻訳される。
環として同型でない空間のあいだには、良い写像が作れないと分かります。障害を出す使い方。
例:球面のコホモロジー環
では 、、ほかは です。
生成元 について なので 。
環としては です。積の情報がほとんどありません。
例:トーラスのコホモロジー環
では 、、 です。
次の生成元を 、 とすると、 が の生成元になります。、。
外積代数 と同型です[5]。微分形式の 、 に対応する構造。
例: と比べる
くさび和 のコホモロジー群は、 とまったく同じです。、、。
環としては違います。くさび和では になる。異なる成分から来た類の積が消えるため。
群では区別できず、環では区別できる。カップ積が持ち込んだ情報がここに出ています[1]。
と が同じに見えます。次数ごとの群がそろっている。
では 、くさび和では 。積が違うので別の空間だと分かります。
例:複素射影空間
の環は、次数 の生成元 による切断多項式環です[4]。
が の生成元になります。 で止まる。
奇数次はすべて です。 次元の胞体が 1 つずつ並ぶ CW 構造から出る。
例:実射影空間
係数では、次数 の生成元による切断多項式環になります[3]。
各次元に胞体が 1 つずつあるので、各次数に が 1 つ。
係数では捩れが入り、形がずっと複雑になります。 係数で見るときれいになる典型例。
| 空間 | 環の形 | 生成元の次数 |
|---|---|---|
| S^n | Z[x]/(x^2) | n |
| CP^n | Z[t]/(t^{n+1}) | 2 |
| RP^n | Z/2[w]/(w^{n+1}) | 1 |

左では ひとつから全部が出ます。右では と の 2 つが要る。
群の並びは同じでも、生成のされ方が違います。環として見て初めて差が出る。
例: と
どちらもコホモロジー群は 次に が 1 つずつです。群としては同型。
では 、 です。 次の生成元を 3 乗まで持ち上げられる。
では 次の生成元 について 。 の生成元の 2 乗が に落ちるため。
したがって環としては同型でなく、2 つは異なる空間です。
交わりの有無を絵で見る
トーラスとくさび和で、生成元にあたる円がどう置かれているかを比べます。
左では 2 本の円が横切り合います。右では基点で触れているだけで、横切っていない。
この差が の値に出ます。交わる相手がなければ積が消える。
例:交叉数として読む
閉じた向き付け可能多様体では、双対な部分多様体の交叉数がカップ積の値になります。
トーラスの と は交叉数 です。だから が の生成元。
向きを入れ替えると符号が変わります。 が、交叉の向きの反転に対応する[1]。
積空間の環
キュネットの定理から、体係数では積のコホモロジーがテンソル積になります[6]。
環としてもテンソル積の環構造が入ります。 の外積代数は、この形の帰結。
整数係数では の項が付きます。捩れがあるとずれる[6]。
の 次の元 について、整数係数のとき はどうなるか。
- つねに に等しい
- となり、捩れがなければ
- つねに の生成元になる
- 定義できない
キャップ積
コホモロジーとホモロジーのあいだにも積が定まります。
と定めます[2]。前半を評価して、後半を残す。
カップ積とは で結ばれます。ホモロジーがコホモロジー環上の加群になる。
ポアンカレ双対性との関係
を閉じた向き付け可能 多様体とし、基本類 をとります。
が同型になります[2]。これがポアンカレ双対性。
キャップ積が、この同型を具体的に書き下す道具になっています。
交叉形式
次元の閉多様体で、中央次元のカップ積を考えます。
が対称双線型形式を定めます[5]。交叉形式。
次元では、単連結な微分可能多様体がこの形式でほぼ分類されます。カップ積が分類の道具そのものになる場面。
幾何的な読み方
双対性を通すと、カップ積は部分多様体の交わりに対応します。
、 の双対が部分多様体 、 なら、 の双対が 。次数が足されることと、余次元が足されることが対応します[1]。
トーラスで なのは、2 本の生成する円が 1 点で交わるためです。くさび和では交わる相手がない。












次数付き可換性から a2=(−1)1⋅1a2=−a2 です。したがって 2a2=0 で、H2 が捩れを持たなければ a2=0。