向きをそろえて貼り合わせられるかどうかという分かれ目
平面に置いた時計は、どこへ動かしても時計回りのままです。メビウスの帯では、一周させると反時計回りになって戻ってくる。
どちらの向きを正とするかを、全体で一貫して決められるかどうか。これが向き付け可能性です[1]。
以下では局所的な向きの定義から始め、貼り合わせられるかどうかをホモロジーで判定し、二重被覆・微分形式・シュティーフェル・ホイットニー類という 3 通りの言い換えまで扱います。
ベクトル空間の向き
次元実ベクトル空間の順序付き基底を 2 つとります。基底変換行列の行列式が正なら同じ向き、負なら逆[3]。
これは同値関係で、類はちょうど 2 つ。片方を正、もう片方を負と呼びます。
では と が逆向きです。行列式が になる。
多様体の局所的な向き
各点の接空間に向きを選ぶ、というのが素朴な定義です。位相多様体では接空間がないので、ホモロジーで言い換えます。
点 に対し で、生成元は 2 つ[1]。どちらを選ぶかが局所的な向き。
の中の小さな球で計算すれば、この群が になることが分かります。局所的にはどこでも 2 択。
貼り合わせられるか
各点で選んだ向きが、連続に変わるように全体で選べるか。これが問題です。
選べれば向き付け可能、選べなければ不可能。局所ではいつでも選べるので、問題は大域にしかありません[1]。
局所で作れるものが大域で作れるとは限らない、という型の問題です。
座標で言い換える
滑らかな多様体では、アトラスの言葉で書けます。座標変換のヤコビ行列式がすべて正になるアトラスがとれるかどうか[3]。
とれれば向き付け可能です。座標系の「右手系」を全体でそろえられる、という意味。
体積形式で言い換えることもできます。どこでも にならない 形式が存在すること。
滑らかな多様体では、この 5 つが同値です[1,2,3]。位相多様体では上から 1、4、5 が使えます。
メビウスの帯を一周する
向きの目印を持って一周する様子を描きます。
青と赤の組が、一周するあいだに半回転します。戻ったときには左右が入れ替わっている。
途中で不連続なところはありません。連続に運んだ結果として裏返る、というのが向き付け不可能ということ[5]。
ホモロジーによる判定
連結な閉 多様体では、最高次のホモロジーで判定できます[1]。
。生成元が基本類で、向きの選び方が 2 通りあることに対応します。
。輪体が作れず、基本類が存在しません。
曲面では を見ても分かります。向き付け可能なら が自由アーベル群、不可能なら の部分が入る[5]。
例:向き付け可能なもの
球面、トーラス、種数 の閉曲面はすべて向き付け可能です。 や円板も。
は が奇数のときだけ向き付け可能になります。 は円周、 は と同相。
すべてのリー群は向き付け可能です。単位元での向きを、群の作用で全体へ運べる。
例:向き付け不可能なもの
メビウスの帯、クラインの壺、 が代表例です[5]。
はすべて向き付け不可能。偶数次元では対蹠写像が向きを保ちません。
閉じた向き付け不可能な曲面は、 に埋め込めません[4]。クラインの壺が自己交差なしに描けないのはこのため。
向き付け二重被覆
点 と、そこでの局所的な向き の組を集めます。 とおき、 とする[1,5]。
は 2 対 1 の被覆写像で、 はいつでも向き付け可能です。
が向き付け可能なら は 2 つの成分に分かれ、不可能なら連結になります。連結かどうかが判定になる。
例:メビウスの帯の二重被覆
メビウスの帯の向き付け二重被覆は円環です。2 周してはじめて元へ戻る。
クラインの壺の二重被覆はトーラス。 の二重被覆は です。
不可能な多様体は、可能な多様体を の作用で割った形になっています。
二重被覆を絵で見る
メビウスの帯とその二重被覆を並べます。

左は境界が 1 本、右は 2 本です。切り開いて数えれば分かる違い。
上の空間では向きが決まり、下ろすと決まらなくなります。被覆をとると障害が消える、というのがこの構成の役割[1]。
例:帯を切ってみる
メビウスの帯を中心線に沿って切ると、2 本には分かれず 1 本の長い帯になります。
切った結果は向き付け可能で、 回ひねった帯。もとの帯の中心線が境界の一部になっている。
円環を中心で切れば、2 本の円環に分かれます。切ったときの振る舞いが、そのまま向き付けの差になっている。
第 1 シュティーフェル・ホイットニー類
接束の が、向き付けの障害を表します[2]。
であることと向き付け可能であることが同値。障害を 1 つのコホモロジー類に押し込んだ形。
なので、 はループに を返す準同型と読めます。向きが裏返るループで 。
例:メビウスの帯の
中心の円周に沿ったループで、向きが裏返ります。したがって はこのループに を返す。
なので、 です[2]。
円環では向きが保たれるので 。同じ底空間の上の 2 つの直線束が、 で区別されます。
が向き付け可能になるのはどんなときか。
- すべての
- が奇数のとき
- が偶数のとき
- のとき
基本類との関係
向き付けを選ぶと、基本類 が定まります。
基本類があると、ポアンカレ双対性が 係数で使えます。積分の相手が定まる、とも言える。
向き付け不可能な場合は 基本類だけが残ります。符号の区別が消えるので、向きを選ぶ必要がない[1]。
境界との関係
境界付き多様体では、境界に誘導された向きが入ります。外向き法線を最初に置く、という約束が一般的。
ストークスの定理が符号込みで成り立つのは、この約束のおかげです。。
メビウスの帯は向き付け不可能ですが、境界は 1 本の円周で向き付け可能。境界が向き付け可能でも本体はそうとは限りません。
閉曲面の分類
連結な閉曲面は、向き付け可能なら球面かトーラスの連結和、不可能なら射影平面の連結和です[4]。
| 族 | オイラー標数 | 向き付け |
|---|---|---|
| 種数 g のトーラス | 2 - 2g | 可能 |
| k 個の射影平面 | 2 - k | 不可能 |
オイラー標数と向き付け可能性の 2 つで、同相を除いて決まります[4]。分類が完全に済んでいる数少ない場面。
微分形式による言い換え
滑らかな多様体では、どこでも にならない 形式の存在が向き付け可能性と同値です[3]。
こういう形式を体積形式といいます。存在すれば積分が定義でき、しなければ定義できない。
メビウスの帯では、 形式が一周すると符号を変えます。連続な形式としてはどこかで にならざるをえない。
積と向き付け
連結な多様体の積 が向き付け可能であることと、 と がともに向き付け可能であることは同値です。
接束が と分かれるので、ホイットニーの公式から になります[2]。
キュネットの定理により、2 つの項は の別々の直和因子に入ります。したがって和が になるのは、両方が のときだけ。
は向き付け不可能です。片方だけを直しても足りません。










対蹠写像 x↦−x の行列式は (−1)n+1 です。n が奇数なら正になり、向きが保たれます。