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ブラウワーの不動点定理:直感的な証明から応用・一般化まで

Brouwer の不動点定理は、円板からそれ自身への連続な写像が、必ずどこか一点を動かさずに残すことを主張します。コーヒーカップの中身をどんなにかき混ぜても、かき混ぜ終えた瞬間に、最初とちょうど同じ位置にある液体の粒が少なくとも一つ存在する。この一見ふしぎな事実が、定理の内容です。

証明にはホモロジーを使うものが有名で、位相幾何のもっとも成功した応用の一つに数えられます。応用範囲も広く、経済学のナッシュ均衡や一般均衡の存在、微分方程式の周期解、線型代数のペロン・フロベニウスの定理まで、解が存在することを示す場面で繰り返し顔を出します。

定理の主張

次元の閉球体(円板)を次で表します。

Brouwer の不動点定理は次を主張します。任意の連続写像 に対して、 を満たす点 が少なくとも一つ存在する。この の不動点と呼びます。仮定しているのは、定義域が閉球体であることと、写像が連続であることだけです。微分可能性も、写像が単射であることも要りません。この最小限の仮定から不動点の存在が出てくるところに、定理の強さがあります。

一次元の場合:グラフが対角線を横切る

いちばん見やすいのは 、区間 の場合です。連続写像 を考え、差 を作ります。端での符号を調べると、値域が に収まることから次がわかります。

は連続で、両端で符号が逆(または端で )なので、中間値の定理から となる があります。これは 、すなわち不動点にほかなりません。

図で見るともっと明快です。 のグラフは、左端では対角線 の上側から出発し()、右端では対角線の下側に着きます()。連続なグラフが上側から下側へ移るには、途中で必ず対角線を横切らねばなりません。その交点が不動点です。たとえば なら を解いて が不動点、 なら が不動点、という具合に、どんな連続写像でも交点はどこかに現れます。

なぜ不動点から逃げられないのか

証明に入る前に、なぜ逃げ場がないのかを絵でつかんでおきます。不動点がないと仮定すると、各点 はその行き先 へ向かう小さな矢印を持ちます。 なので、この矢印は円板の全体でどこも消えません。円板じゅうに渦も淀みもなく矢印の場を描けるか、これができないことが定理の核心です。同じ事実を三つの見方で眺めてみます。

コーヒーのかき混ぜ

カップの液体をかき混ぜて静止させると、動かなかった粒が必ず一つ残る。連続な移動では、すべてを同時にずらすことはできない。

くしゃくしゃにした地図

町の地図をくしゃくしゃにして、その町の上に置く。すると地図上のちょうど一点が、それが指す実際の場所の真上に来る。

各点の矢印

不動点がなければ、各点から へ向かう矢印が円板全体で消えずに定義できる。この矢印を使うと境界への押し出しが作れてしまい、矛盾する。

仮説はどれも外せない

定理が成り立つのは、閉球体という形と連続性がそろっているからです。どれか一つでも崩すと、不動点は消えます。代表的な反例を三つ並べます。

外した仮説反例の写像不動点
有界・コンパクトR 上の平行移動 x→x+1なし
穴がない・凸円環の回転なし
円板(可縮)球面の対心写像 x→−xなし

一つ目は、定義域が非有界だと成り立たないことを示します。実数直線 上で は連続ですが、 を満たす点はありません。二つ目は、穴があると崩れる例です。中心を抜いた円環をわずかに回転させると、どの点も少し動いてしまい、不動点は残りません。回転の中心は円環に入っていないからです。三つ目は、円板が球面に変わると崩れる例です。球面 の対心写像 は連続ですが、 となる点は原点だけで、それは球面上にないので不動点はありません。円板が一点に縮む(可縮)のに対し、球面はそうでないことが、この違いを生んでいます。

レトラクトが存在しないこと

証明の要になるのは、円板をその境界へ連続に押し縮められないという事実です。 次元円板 の境界は球面 です。レトラクションとは、境界を動かさずに円板全体を境界へ写す連続写像 、すなわち境界の各点 となるもののことをいいます。直感的には、太鼓の膜をふちだけ残して破らずに引き伸ばす操作にあたり、どうやっても膜に穴が開いてしまいます。

これをホモロジーで厳密にします。レトラクション が存在したとし、包含写像 との合成を考えると、境界上では です。函手性からホモロジーの準同型も合成し、 になるはずです。ところが 次ホモロジーを見ると、 に対し、円板は可縮なので です。

恒等写像であるはずの が、 を経由するために零写像になってしまいます。 上の恒等写像は零写像ではないので、これは矛盾です。よってレトラクション は存在しません。 の場合も、被約ホモロジー を使えば同じ議論が通ります。

不動点定理の証明

レトラクトが存在しないことを認めると、不動点定理は背理法で一気に出ます。 が不動点を持たないと仮定します。すると各点で なので、 から を通ってまっすぐ延ばした半直線が、境界 とちょうど一点で交わります。その交点を と定めます。

f に不動点がないと仮定する

各点で f(x) から x へ延ばした半直線が境界と交わる点を r(x) とする

r は連続で、境界の上では r(x) = x となる

r はレトラクションだが、それは存在しないので矛盾

が連続なのは、 が連続で、半直線と境界の交点が連続に動くからです。 がもともと境界上にあれば、 から へ延ばした半直線はその で境界と交わるので 、つまり は境界を動かしません。これはまさにレトラクションの定義で、前節の結論に反します。したがって仮定が誤りで、 は不動点を持ちます。証明の背後にあるのは、不動点がなければ矢印場を使って円板を境界へ押し出せてしまう、という前に見た直感そのものです。

具体的な写像とその不動点

定理は不動点の存在だけを言い、場所は教えません。いくつかの写像で、実際にどこに不動点が現れるかを見ておきます。円板 を中心のまわりに角度 だけ回す回転は連続な自己写像で、その不動点は回転の中心ただ一つです。中心を抜いて円環にすると不動点が消えるのは、前に見たとおりです。

より強く不動点の位置まで定まるのが縮小写像です。ある定数 を満たす写像は、バナッハの不動点定理により不動点をただ一つ持ち、しかも任意の点から を繰り返し適用する列 がその不動点へ収束します。たとえば の縮小写像で、不動点は です。Brouwer の定理が存在だけを保証するのに対し、縮小写像では反復計算で不動点を実際に求められる点が実用的です。原点対称な なら不動点は原点で、各点は原点へ向かって半分ずつ近づいていきます。

二次元の直感:コーヒーと地図

、ふつうの円板の場合が、いちばんの語り草です。カップのコーヒーを静かにかき混ぜて表面をならすと、かき混ぜる前と後で、液面上の少なくとも一点は元の位置に戻っています。かき混ぜという操作が連続な自己写像を定めるので、Brouwer の定理からその不動点が保証されるのです。

同じことは地図でも言えます。ある町の地図を用意し、それをくしゃくしゃに丸めて、ただしちぎらずに、その町の地面に置きます。地図は縮小や折り重なりを含む連続写像で町へ写されるので、地図上のちょうど一点が、それが表す実際の地点の真上に来ます。丸め方をどう変えても、この一点は必ず存在します。定理が主張する不動点は、こうした身近な状況にいつでも潜んでいます。

一般化:凸コンパクト集合とシャウダー

不動点定理が効くのは、円板だけではありません。円板の本質は、有界で閉じており(コンパクト)、へこみも穴もない(凸)ことにあります。実際、 の空でないコンパクト凸集合から自身への連続写像は、つねに不動点を持ちます。三角形でも立方体でも、円板と連続に移り合う形ならすべて同じ結論が成り立ちます。

さらにシャウダーの不動点定理は、これを無限次元へ広げます。関数空間のような無限次元のバナッハ空間でも、コンパクト凸集合上の連続写像は不動点を持ちます。この拡張のおかげで、微分方程式や積分方程式の解の存在を、解を動かさない写像の不動点として捉えられるようになります。

応用:ナッシュ均衡

Brouwer の不動点定理のもっとも有名な応用が、ゲーム理論のナッシュ均衡の存在証明です。各プレイヤーが取りうる混合戦略の全体は、確率の集まりなのでコンパクトな凸集合になります。全員の戦略の組に対して、相手の戦略を固定したときの最適反応を対応させる写像を作ると、これは戦略空間から自身への写像になります。

この写像の不動点は、誰も自分だけ戦略を変える動機を持たない状態、すなわちナッシュ均衡にほかなりません。最適反応が一点に定まらない場合は、集合値写像に対する角谷の不動点定理を使いますが、骨組みは同じです。均衡が存在するという経済学の基本命題が、不動点の存在という位相の言葉に翻訳されるのです。同じ発想は、価格が需給を一致させる一般均衡(アロー・ドブリューの理論)の存在証明にも使われます。

応用:微分方程式ほか

不動点定理は、解析のさまざまな存在定理を支えています。代表的なものを挙げます。

常微分方程式の周期解:ポアンカレ写像の不動点が周期解に対応する
積分方程式の解:解を不動点とする写像へシャウダーの定理を適用する
ペロン・フロベニウスの定理:正行列が正の固有ベクトルを持つことを単体上の不動点で示す
経済の一般均衡:需給を一致させる価格の存在を不動点として保証する

いずれも、求めたいもの(周期解・解・固有ベクトル・均衡価格)を、ある写像の不動点として言い換える、という共通の型を持ちます。方程式を直接解く代わりに対応する自己写像を作り、その形がコンパクト凸なら不動点定理が存在を保証してくれます。存在証明の万能の道具として、不動点定理はこれらの分野の土台に据えられています。

レフシェッツ不動点定理

Brouwer の定理は、より一般的なレフシェッツの不動点定理の特別な場合として位置づけられます。コンパクトな空間 上の連続写像 に対し、各次元のホモロジーに誘導される写像 のトレースを交代和したものを、レフシェッツ数と呼びます。

レフシェッツの定理は、 ならば は不動点を持つ、と主張します。円板の上では、円板が可縮で だけが 、他は なので、どんな連続写像でも 上の恒等写像になり、 がつねに成り立ちます。だから Brouwer の定理は、レフシェッツ数がいつも になる特別な場合として説明できます。なお恒等写像に対する は、各 のトレースがその階数になるため、オイラー標数 に一致します。

Brouwer の不動点定理

円板(可縮なコンパクト凸集合)から自身への連続写像は不動点を持つ。ホモロジーによるレトラクトの非存在から従う。

Lefschetz の不動点定理

一般のコンパクト空間で、レフシェッツ数 なら不動点を持つ。写像の代数的な不動点数を測り、Brouwer を特別な場合として含む。

理解の確認

中心を抜いた円環を、中心のまわりに少しだけ回す写像に不動点はあるでしょうか。

  • ある。連続な自己写像だから Brouwer の定理より不動点を持つ
  • ない。円環は穴があって凸でなく、定理の仮定を満たさない
  • ある。回転の中心が不動点になる
__RESULT__

Brouwer の定理はコンパクトな凸集合で成り立ちます。円環は穴があって凸ではなく、回転の中心も円環には含まれません。実際、回転ではどの点も少しずつ動くので不動点はありません。円板なら中心が不動点になりますが、中心を抜いた円環ではその中心が失われる、というのがからくりです。

まとめ

Brouwer の不動点定理は、円板からそれ自身への連続写像が必ず不動点を持つという、単純ですが奥の深い主張です。証明の心臓部は、円板を境界へ連続に押し縮められないこと(レトラクトの非存在)で、これはホモロジーが一行で捉えます。コンパクト性・凸性・連続性のどれを外しても反例が現れることは、仮定の必要性を裏づけます。凸コンパクト集合やバナッハ空間への一般化、レフシェッツ数による拡張を通じて射程は大きく広がり、ナッシュ均衡や微分方程式の解の存在といった、答えがあることを示す場面のいたるところで働いています。存在だけを保証してその場所は問わない、この割り切りこそが、不動点定理をこれほど汎用的な道具にしている理由です。

円板から自身への連続写像は必ず不動点を持つ、というブラウワー(Brouwer)の不動点定理を、コーヒーや地図の直感から解説します。中間値の定理とホモロジーによる証明、仮説が必要な反例、ナッシュ均衡などの応用、レフシェッツの定理への一般化まで具体例で学べます。