ボルスク・ウラムの定理(地球上には気温も気圧も同じ対蹠点がある)
地球のどの瞬間にも、気温と気圧が同じになる対蹠点の組が存在します。観測しなくても、連続でありさえすれば言えてしまう。
もとになっているのがボルスク・ウラムの定理です[1]。 次元球面から 次元ユークリッド空間への連続写像は、必ずどこかで対蹠点を同じ値へ送る。
以下では主張と同値な言い換えを並べ、低次元での証明を書き下し、離散版と応用まで扱います。
主張
行き先の次元が球面の次元と同じ、というところが条件です。 へなら包含写像が反例になる。
ウラムが予想し、ボルスクが 1933 年に証明しました[2]。
3 つの同値な形
書き方を変えると、見え方が変わります。
1 つ目から 2 つ目へは とおく。2 つ目から 3 つ目へは、零点がなければ が奇写像になることを使います[1]。
3 つ目がいちばん扱いやすい形です。存在しないことを示せばよい。
の場合
をとり、 とおきます。 は奇関数。
なる点があれば です。円周は連結なので、中間値の定理から は をとります[4]。
赤道上に、気温の等しい対蹠点の組が必ずある。証明はこれだけで済みます。
の場合
奇写像 があったとします。 の赤道に制限すると の奇写像。
奇写像の次数は奇数になるので、 ではありません。ところが赤道は の中で 点に縮むので、制限は零ホモトピックのはず[4]。
次数が と奇数の両方になり、矛盾します。したがって奇写像は存在しません。
対蹠点の値がそろう様子
球面上で と を追いかけます。
2 本の目盛りが上下します。差が になる瞬間が必ずあり、それが対蹠点で値がそろう場所。
差の関数は奇関数なので、正の値と負の値の両方をとります。連結なら途中で を通る。
例:気温と気圧
を、地表の各点に気温と気圧の組を返す写像とします。
定理から、 となる が存在する[1]。気温と気圧の両方が一致する対蹠点の組。
観測は一切していません。連続性だけから出る結論です。
例:赤道上の気温
の場合が、いちばん身近な形です。赤道に沿って気温を測ると、地球の裏側と同じ温度になる点がある。
変数なら中間値の定理で済みます。 変数にすると位相の道具が要る。
次元が上がると難しさが変わる、という見本になっています。
一般次元の証明
では、ホモロジーやホモトピー群を使います。奇写像 が存在しないことを示す形。
奇写像は を誘導し、基本群の準同型を見ると矛盾が出ます。
組み合わせ的な証明もあります。タッカーの補題を使う道筋[3]。
例:奇写像の次数は奇数
の奇写像を考えます。 を満たすもの。
角度で書けば で、。半周ぶんの増分が の奇数倍になります。
一周すると増分は 2 倍になり、 の奇数倍。つまり次数が奇数で、 にはなりません[1]。
例:タッカーの補題を平面で見る
正方形の三角形分割で、境界のラベルが対蹠対称になっているものを描きます。

境界を見ると、向かい合う位置のラベルが符号だけ逆になっています。この対称性が仮定。
すると内部のどこかに、同じ数の正と負を結ぶ辺が必ず現れます[3]。避けようとしても避けられない。
タッカーの補題
次元球体の三角形分割で、境界が対蹠対称になっているものをとります。
各頂点に のラベルを付け、境界では を満たすようにする[3]。
すると、同じ数で符号だけ違う 2 頂点を結ぶ辺が必ず存在します。これが補完辺。
補題から定理へ
奇写像 が与えられたら、各頂点を「 の成分のうち絶対値が最大のもの」の番号と符号でラベル付けします。
奇性からラベルも境界で奇になり、タッカーの補題が使えます。補完辺の両端では、同じ成分が正と負をとる[3]。
三角形分割を細かくしていくと、その成分が に近づく点が出ます。極限で零点が現れる。
ホモロジーや基本群を使います。一般次元でそのまま通る。
タッカーの補題を使います。有限の手続きに落ちるので、計算機で追える。
リュステルニク・シュニレルマンの被覆版
を 個の閉集合で覆うと、そのうち少なくとも 1 つが対蹠点の組を含みます[1,4]。
ボルスク・ウラムと同値な言い換えです。被覆の言葉に翻訳した形。
なら、球面を 3 つの閉集合で覆ったとき、どれか 1 つに対蹠点の組が入る。
連続写像 について、 となる点は必ず存在するか。
- 必ず存在する
- 存在しないことがある
- が単射のときだけ存在する
- が奇写像のときだけ存在する
系: は に埋め込めない
の部分集合として に同相なものはありません[1]。
埋め込みがあれば単射な連続写像 ができ、 が単射性に反する。
円周が直線に埋め込めない、球面が平面に埋め込めない、という素朴な事実の一般化です。
系:ハム・サンドイッチ定理
の 個の有界な可測集合は、1 枚の超平面で同時に二等分できます[1,4]。
超平面を球面でパラメータ表示し、各集合の片側の量を並べて を作る。対蹠点は表裏を入れ替えた超平面に対応します。
定理から値のそろう点が出て、それが同時に二等分する超平面。
超平面が回って同時に二等分する
次元で、1 本の直線が 2 つの図形を同時に二等分する様子を描きます。
直線の向きを回すと、2 つの片寄りが同時に になる角度があります。
向きを でパラメータ表示し、2 つの片寄りを組にすると の形になります。対蹠点は同じ直線を裏返したものに当たり、片寄りの符号が反転する。ボルスク・ウラムが を保証する[4]。
同変位相幾何へ
対蹠写像は に自由な 作用を与えます。証明の中心は、この作用を保つ写像が次元を下げられないこと。
一般の群 が作用する空間へ広げたものが同変位相幾何です。ボルスク・ウラムはその出発点にあたる。
組み合わせ論への応用が多く出ています。ネックレス分割やクネーザーグラフの彩色数がその例[4]。
系:ネックレス分割
色のビーズを並べたネックレスを、 回の切断で 2 人に公平に分けられます[4]。
ビーズの並び方によらず、切断回数が色の数だけで押さえられる。
離散的な主張ですが、証明は連続版のボルスク・ウラムを通ります。
何が効いているのか
証明の中心は「奇写像が次元を下げられない」という一点です。
対蹠写像は に自由な 作用を与えます。作用を保ったまま次元を落とせない、という形に読み替えられる。
同変位相幾何と呼ばれる分野の出発点になっています。












行き先が R3 では次元が 1 つ多く、包含写像 S2↪R3 が反例になります。定理は Rn への写像についての主張です。