ファイバー束とは|定義と例をメビウスの帯からわかりやすく
ファイバー束は、近くで見ると単純な積の形をしているのに、全体としてはねじれているかもしれない空間です。円柱とメビウスの帯を思い浮かべると、この二面性がつかめます。どちらも「円に沿って帯を並べた」ものですが、円柱はまっすぐで、メビウスの帯は一周のあいだにひとひねり入っています。近所だけを切り取れば、両者は見分けがつきません。違いは、その近所どうしをどう貼り合わせたか、という大域的な部分にだけ現れます。
この「局所的には積、大域的にはねじれうる」という構造を精密にしたものがファイバー束です。多様体論や位相幾何学のいたるところに顔を出し、ベクトル場・被覆空間・ゲージ理論といった一見ばらばらな話題を、同じ言葉で扱えるようにしてくれます。まっすぐな積空間を基準に置き、そこからどれだけずれているかを測る。この見方を軸に、たくさんの例を絵で追っていきます。
積空間という出発点
いちばんやさしいのは、二つの空間をそのまま掛け合わせた積空間です。土台になる空間 と、各点に生やすファイバー を用意し、そのすべての組 を集めたものが です。
円 に線分 を掛けた は円柱です。円のどの点にもまっすぐな線分が一本ずつ立っていて、全体はきれいな筒になります。円 に円 を掛けた はトーラス、つまり浮き輪の表面です。平面 も、直線に直線を掛けた積空間の一つといえます。
これらはどれも、底 の上に同じファイバー が「まっすぐ」並んだ形です。ファイバー束とは、この積をゆるめて、近くでは積に見えるが全体ではねじれてもよい、としたものにほかなりません。まっすぐな積を基準に置き、そこからのずれを測る、という構えでこの先を読むと迷いません。
ファイバー束の定義
ファイバー束は、四つの登場人物 からなります。
括弧の中はメビウスの帯を念頭に置いた対応です。射影 は「この点はどの底の点の真上にあるか」を答える写像で、ある底の点 の真上にある全空間の点を集めた が、その点でのファイバーになります。どのファイバーも同じ の形をしています。
決定的なのは局所自明性という条件です。どの底の点 にも、その周りの開近傍 が取れて、 の真上の部分 が積 と同相になり、しかもその同相が射影と両立します。
「射影と両立する」とは、この同相でうつしてから へ落としても、もとの で落としても同じ、という意味です。つまり同相は、ファイバーをファイバーへ、真上の点を真上の点へと、きちんと対応させます。ひとことでいえば、どの点のそばでも、その一帯だけ見れば積 とそっくり、ということです。
局所的には積、大域的にはねじれ
局所自明性は「近くでは積」としか言っていません。近所どうしをつなぎ合わせるとき、ねじりを入れずにまっすぐつなげば積になり、ひねって貼ればねじれた束になります。ねじれは、局所では見えず、大域でだけ効きます。
円柱とメビウスの帯が、まさにこの違いです。どちらも円の各点に線分が立ち、円周のごく一部を切り取れば「短冊 × 線分」の積にしか見えません。ところが円を一周ぶんつなぐと、円柱は端がそのまま合わさってまっすぐな筒になり、メビウスの帯は端を裏返してから合わさります。この一回のひねりこそ、非自明な束の正体です。
自明束:ただの積
で、射影が であるものを自明束といいます。ねじれがまったくなく、全体が一枚の積になっている、いちばん素直な束です。円柱 、トーラス 、平面 は、すべて自明束です。
自明束では、底の全体で通用する座標 が一組で取れます。あとで出てくる切断(各ファイバーから一点を選ぶ規則)も、自明束なら「つねに同じ高さ を選ぶ」だけで作れます。困るのは、世の中の束が自明とは限らないことです。
メビウスの帯:最初のねじれ
非自明な束のもっとも有名な例がメビウスの帯です。底は円 、ファイバーは線分で、全空間は細長い帯になります。作り方は、長方形の帯の左右の端を、上下を入れ替えてから貼り合わせるだけです。長方形 の左端と右端を、次のように同一視します。
左端の高さ の点が、右端では高さ 、つまり上下反転した位置に貼られます。射影は帯の横方向を円周上の点に対応させ、縦の線分がファイバーになります。
このねじれのため、メビウスの帯は積 とは同相になりません。帯に沿ってファイバーの「上向き」を連続的に選びながら一周すると、戻ってきたとき向きが下向きに反転してしまいます。まっすぐな円柱では、こんなことは起きません。局所的にはどこも円柱と同じなのに、大域的なつなぎ方だけが違う。これが非自明束の手ざわりです。
トーラスとクラインの壺
同じ仕掛けは、ファイバーを線分から円に取り替えても働きます。底を円 、ファイバーも円 とする束を考えましょう。ねじらずに貼ればトーラス 、ファイバーの円を裏返してから貼ればクラインの壺になります。前者は自明束、後者は非自明束です。
つまり、底とファイバーを決めても束は一つに決まらず、貼り方しだいでいくつもの束が生まれます。円柱とメビウス、トーラスとクラインは、この事情をきれいに並べて見せてくれます。
底の全体で 。どこまでも積のまま。円柱、トーラス、平面が例。
局所的には積だが、一周すると貼り目でねじれる。メビウスの帯、クラインの壺、この後の Hopf 束が例。
被覆空間:ファイバーが飛び飛び
ファイバーはつながっている必要すらありません。ファイバーが離散的な点の集まりである束は、被覆空間と呼ばれます。射影は、上に重なった何枚もの層を一枚の底へ落とす写像になります。
いちばん有名なのは、実数直線を円へ巻きつける写像です。
これは、ぐるぐる回るらせん階段を真上から見て、一つの円へ潰す絵に対応します。円の一点の真上には、整数だけずれた点が縦に並ぶので、ファイバーは整数全体 です。
もっと簡単な被覆もあります。円を二重に巻く写像 ( は の複素数)は、円の各点の真上に二点を乗せる二重被覆で、ファイバーは 2 点です。球面の対心点を同一視して射影平面をつくる写像 も、各点の真上に の二点を持つ二重被覆になります。被覆空間とは、飛び飛びのファイバーを持つファイバー束のことにほかなりません。
ベクトル束:ファイバーがベクトル空間
ファイバーがベクトル空間 である束をベクトル束といい、幾何でもっともよく使われます。各点に、ベクトルの張る平らな空間が一枚ずつ生えている、と思えば十分です。
代表例は接束です。多様体 の各点に、その点での接空間(接ベクトル全体)を生やして集めたものが接束 で、ファイバーは になります。円 の接束 は、円の各点に接線方向の直線を一本ずつ立てたもので、ねじれずにきれいに並ぶため自明束です。
いっぽう球面 の接束 は自明ではありません。この後の毛玉定理が、そのねじれを目に見える形で教えてくれます。ちなみにメビウスの帯も、ファイバーを線分ではなく直線 に広げれば、円 上の非自明な実直線束という立派なベクトル束です。円柱 が自明な直線束、メビウスが非自明な直線束、という対が、ここでも同じ構図で現れます。
切断:各ファイバーから一点を選ぶ
束を理解する鍵が切断です。ファイバー束 の切断とは、底の各点 に対して、その真上のファイバーから一点を連続的に選ぶ写像 のことです。条件は次のように書けます。
これは「 はちゃんと の真上にある」ことを言っているだけです。絵でいえば、全空間 の中を底に沿って走る、一枚の連続な面です。
ベクトル束の切断は、各点にベクトルを一本ずつ連続に割り当てたもの、つまりベクトル場です。接束の切断は、多様体の上のベクトル場そのものになります。自明束なら「つねに同じ点を選ぶ」定数の切断がいつでも作れますが、ねじれた束ではそう簡単にいきません。
毛玉定理:切断が取れないことの意味
非自明さがもっとも鮮やかに現れるのが、球面の接束です。毛玉定理は、球面 の上には、いたるところ零でない連続な接ベクトル場が存在しない、と主張します。毛の生えたボールをどうとかしても、必ずどこかにつむじができてしまう、というあの現象です。
言い換えれば、接束 には零でない切断がありません。もし が自明束 なら、「つねに同じ方向のベクトル」を選べて矛盾するので、これは が非自明であることの証拠になります。切断が取れるかどうかは束のねじれを検出する敏感な道具で、その障害は Euler 類などの特性類で測られます。
変換関数:ねじれを数値で測る
ねじれを具体的に扱うには、局所自明化どうしのつなぎ目を見ます。底を開集合 で覆うと、各 の上では束を積 と見なせます。二つの近所 と が重なる部分では、同じ点に二通りの「積としての座標」が入るので、両者を変換する写像が生じます。
これが変換関数で、重なりの各点で「ファイバーをどうつなぎ替えるか」を表します。円柱ならつなぎ替えは何もしない恒等変換、メビウスなら一周のどこかで裏返す、という具合に、ねじれの情報がここに詰まっています。三つの近所が重なるところでは、つなぎ替えのつじつまが合っていなければならず、これをコサイクル条件といいます。
ファイバー束は、突き詰めれば、この変換関数の張り合わせ方で分類されます。
Hopf 束:絡み合う円
もっとも美しい非自明束が Hopf 束です。三次元球面 を、円 をファイバーとして二次元球面 の上に乗せた束で、次のように書かれます。
を、 を満たす複素数の対 と見ると、射影は比 を取る写像です。その行き先は複素射影直線 で、これは と同じものにあたります。
底 の各点の真上にあるファイバーは一つの円で、しかも異なる二つのファイバーは、どれも輪のように絡み合っています。この絡みのため Hopf 束は自明ではなく、 は積 とは同相になりません。絵にすると、 が互いにリンクした無数の円で埋め尽くされている、という驚くほど幾何的な像が得られます。
主束:対称性そのものがファイバー
最後に、ファイバーが群である束にふれておきます。ファイバーが群 で、 がそのファイバーに右から自由かつ推移的に作用する束を、主 -束といいます。各ファイバーが群 のコピーになっていて、束全体が という対称性を帯びている、と思えば十分です。
典型例は枠束(フレーム束)で、多様体の各点に「その点での座標軸の取り方すべて」を生やしたものです。座標軸の取り替えは回転群などの作用にあたり、これがファイバーの群構造になります。主束は、物理のゲージ理論の数学的な骨格でもあります。難しく見えても、根っこは「対称性をファイバーとして束ねた」だけで、これまでと同じ構造です。
例のまとめ
ここまでの束を一覧にします。どれも「底の上に同じファイバーを並べ、まっすぐか、ねじれているか」という同じ枠でとらえられます。
| 束 | ファイバー | 自明か |
|---|---|---|
| 円柱 S^1×[0,1] | 線分 | 自明 |
| トーラス S^1×S^1 | 円 S^1 | 自明 |
| メビウスの帯 | 線分 | 非自明 |
| クラインの壺 | 円 S^1 | 非自明 |
| らせん R→S^1 | 整数 Z | 非自明 |
| 接束 TS^1 | 直線 R | 自明 |
| 接束 TS^2 | 平面 R^2 | 非自明 |
| Hopf 束 S^3→S^2 | 円 S^1 | 非自明 |
ファイバー束の要点は、たった一つの問いに集約されます。近くでは同じ積に見えるいくつもの空間が、大域的な貼り合わせだけでどう違ってくるのか。円柱とメビウス、トーラスとクライン、そして Hopf 束は、すべてその問いに対する具体的な答えでした。









